4-2

 寮の管理人には図書館に出かける、とだけ告げてタルタロスに向かった。学院近くの入り口が塞がれてアクセスが面倒になってしまったが、話を聞いてもらいたかった。それは、事情を知っている二人以外にはありえない。ほたるに頼ろうかとも思ったが、そうすれば何もかも打ち明けねばならない。それは修の一存で決めるわけにはいかなかった。それに彼女に修と同じ重荷を背負わせることになる。第三位格との戦いの直前には気づかなかったが、軽率な判断をしなくてよかった。身体の痛みが落ち着いている今ならそう感じられる。徐々に自分の一部であるシーシュポスのそばに向かっていることで、修は不思議な安堵も覚えている。

 車両に揺られているうちに、ほたるの特進クラスのほうが差し迫った問題だ、と思い至った。僕のことはどうでもいい。聞いてもらって解決するわけでもない。それよりもほたるが心配だ。だから修は黒江と霧島に彼女のことを持ち掛けた。たちまち黒江の表情が曇った。そこにはこの間抱き合ったときの高揚はなかった。

「タカマガハラ族は槻さんを取り込むつもりだと思う」

「間違いないね。僕の時と同じパターンだ」

「どういうことですか」

 答えたのは黒江だった。

「タカマガハラ族はこの世界で進歩がなされることを歓迎しない。つまり、わずかでも世界を変えてしまう可能性のある聡明な人間を刈り取らねばならない。タカマガハラ族に生まれ変わらせるか、消してしまうか。どちらかであることは間違いない。タカマガハラ族は、それくらいのことなど平気でやってみせる」

「なんてことだ」

 修は青ざめる。霧島は後を受ける。

「現に僕のときにも、教師から特進クラスの話が出たんだ。標準的な物理学の教科書の内容に飽き足らず、もっと高度なものを次々に求めていたら網に引っかかってしまったわけだよ。あの頃の僕は、教師を疑ってかかることなんて思いつきもしなかったんだけれど」

「ヒトという種には、良しにつけ悪しきにつけ現状を維持しようとする傾向がある。けれど、同時に常に周囲の環境を変えてしまうだけの力を秘めている。修は、生まれてから新しいデバイスや、世の中がすっかり変わるような機器が社会に急速に広がっていくのを見たことがないでしょう。でも、以前はそういったものが世間をにぎわせるのが当然だった。若い世代は常に理解できないものを作りだし、上の世代をいら立たせてきた。その循環が終わることがないのが本来の社会のありよう。この世界にはそれがない」

「でも、どうしたら。槻には何がされるんだ」

「残念ながら、私にも正確なところはわからない」

あらゆる恐ろしい空想が浮かぶ。なんとか助け出さねば。だが、二人は沈黙している。その手段はないのだ、と言われているようで重苦しい。修は口を開いた。

「彼女をかくまうとか」

「どこに?」

 懐疑的な彼女の声に負けず修は続ける。

「僕らの仲間にしてしまうのはどうだ」

 黒江は苦しい顔をする。

「そんなことをしたら私たちは仲間を際限なく増やさないといけない。タカマガハラ族の監視対象になった人間がどれほどいるか考えてみて」

「しかし、槻を見殺しにするわけにはいかない。それに霧島さんがここにいるのだって引き入れられたわけだし」

 いくら黒江のほうが機人に詳しいからと言って、この判断を受け入れるわけにはいかない。

「あのときは技術者が必要だったし、霧島さんが機人を見てもパニックを起こさないだけの人材だと判断したから」

「あいつは機人を見て味方だと感じてくれている」

「その判断には根拠がない」

「現にこの間の戦闘で、そんなことを言っていた」

「それは希望的観測に過ぎない。結局のところ、私たちは人数を増やすメリットがない」

 いつになく厳しい彼女に、思わず修も感情的になる。

「他には機人は埋まってないのか」

「……?」

「シーシュポス、ティテュオスと発見したんだろう。もう一体くらい埋まっていることもあるかもしれないじゃないか。三体もあれば、残る機神との差は一体だけだ。一斉に攻撃してきたとしても対抗できる。戦力にするのなら、引き込む十分な理由じゃないか」

 それは勢いに任せて口にしたことだった。そもそも彼女に戦う意志があるのかもわからないのだ。

 だが、霧島は眉を上げた。そろそろ話すべき時が来た、と言いたげだった。彼は黒江に話すように促し、彼女は目で応える。

「隠してもしょうがないから言うけれど、確かにもう一体の機人の目星はつけてある。この辺りに埋まっている最後の機神。だいぶ北に行くけれど、地下の鉄道網でアクセス可能」

「だったら」

「でも、機人の回収は若干の危険を伴う。それに、機人を入手しても使えるようになるまで整備が必要。私が参戦するのが遅れたのもそのせい。確かに、タカマガハラ族から危険な目に合わせられかけた彼女なら、戦う理由は十分にある。私の見立てでも、あの子は見た目に反して勇気がある。今回はあまりにも想定外で怯えているけれど、修を力づけようとしたときの行動から判断して、芯が強いのは確か。

でも、彼女を乗せるためには彼女の遺伝情報が必要になってくる。髪の毛とか、口の粘膜とか、どこからでもいいのだけれど」

「彼女に事情を話せばいくらでも手に入れられるじゃないか。どうしても巻き込みたくない理由でもあるのか」

「一般人を巻き込みたくない」

「すでに巻き込まれてる」

「……」

「彼女を助けられないのなら、僕はこの戦いを抜け出してしまうかもしれない」

「お姉さんのかたきはどうなるの」

 黒江は強い調子で尋ねる。修の聖蓮への忠誠が減じたのではないかと非難しているみたいだった。修はそのせいか、いつもよりも声が高くなる。

「……だが、助けられる誰かを見放してしまうのは、聖蓮を見殺しにした連中と何も変わらない」

 二人の声が上がっていくのを、少しだけ面白がっているような霧島。彼は黙って成り行きを見ている。

「槻さんは、修にとって何なの」

「恩を感じている人間の一人だ。少なくとも、学校に戻れたのは彼女のおかげだ」

「……」

「もちろん、黒江が一番の理由だ。黒江が僕を連れ出してくれて、第一位格を倒す機会を与えてくれなければ、僕はずっとすねたままだったはずだから」

 二人の間に沈黙が積もっていく。黒江は判断を留保している。

「黒江」

「わかった」

 彼女は振り返る。制服の裾を翻して後ろを向く。

「……ついてきて。第三の機人、イクシオンがどこにいるか、見せてあげるから」

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