4-3

 四人で列車に揺られるのは奇妙な感じがした。修は、シーシュポスから身体が徐々に離れて行くのを感じる。また不安が強くなる。機人と常に繋がりを求める感覚は気のせいだろうか。

考えてみれば、この四人で行動したことはないはずだった。四人。黒江と霧島に加えて春香がいる。

「どうして連れてきたんですか」

 霧島を非難がましい目で見つめると、なぜか彼女が頭を下げた。

「……申し訳ありません。作業には私が必要なのです」

「なぜ」

「今、タルタロスを維持しているアンドロイドたちは、現在すべて私の管理下にあります。権限を付与してくださったのは、安吾さんです」

 なんだか、ひいきにしている女性に権力を与えて喜んでいるような、悪趣味さを感じさせられる。

「……なんのために」

「私が、ひいては安吾さんが、一斉に私たちを動員するためです。それだけ大変な作業となります。私たちの仲間が別ルートで現場に向かっています。そこにイクシオンが横たえられています」

 たどり着いた空間は他の機人が収容されていた空間とそれほど変わらなかったが、機人がどこにいるのかは一目では見わけられなかった。辺りをよく見ると横たわる姿があり、その周囲には数えきれない生き物が群がっていた。思わず身構えて胸がきゅっとなる。

 それは、ある種のサルのようだった。大きさはヒトの子供くらい、サルにしては大きいのだが、ひどく虚弱に見える。うつむき気味で、色素のない体毛に覆われた全身も弱々しい。そして、毛の間からのぞいている顔の大半を眼球が占めている。不気味でありながらも、どこか憐憫の情を催させる。力ある一族の生き残り、哀れな末裔といった雰囲気をまとっていた。

 そして、そのサル類が群がっていたのが、藍色というか濃い紫色の機人だった。まるで機人の手入れをするように、サルたちはその身体の上を右往左往し、巨体を登ったり下りたりしていた。実際その様子は真剣そのもので、戯れているのとは程遠かった。もしかしたら、ある種の知性の萌芽を備えているのかもしれない。

 樹上から野生動物の声の降ってくる熱帯に紛れ込んだみたいに騒々しい。太陽の光こそないものの、この地下世界で栄えている生き物の群れであった。遠くにかすむライトの周囲には別の小動物が群がっているし、そこから離れて暗がりを好む者もいる。それらが、このサル類の常食なのだろうか。

「どうしてこんな生き物がいるって教えてくれなかったんだ」

 誰も答えない。それは暗黙の裡に、尋ねることを断られているのにも似ている。だが、修はそれに構わない。自分だけが知らされていない状況は耐えられなかった。

「もしかして、廊下の陰でときどき見かけたのはこいつらじゃなかったのか」

 黒江は重々しく口を開く。

「……実はそうなの」

「なんで黙ってたんだ」

 責めるつもりはなかったが、つい声のトーンは高くなる。

「ごめんなさい。修を不安にさせたくなかった」

 よく言うよ、という顔をした霧島に構わず彼女は続ける。

「私たちは、彼らをダナイデスと呼称している。安心してほしいのは、彼らは基本的におとなしくて無害だってこと。群れから離れればとても寂しそうで、無力な印象を与える。ほら、あそこにいる、寂しそうな個体なんて特にそう」

 確かに、誰とも親しくなることもできず、一人で何かネズミのような生き物と戯れている個体がいる。まるで友人たちにすべて先立たれ、寂しく鯉か鳩に餌をやっている老人のようだった。

「だが、これほどいろんな生き物がいるとは。図鑑でも見たことがない」

「覚えていてほしいのは、私たちは旧世界からは何世代も隔てられているという事実。独自の生物が進化するだけの時間は十分にあった。それに地上でも洞窟では他では見られない生態系が発達する。ましてや平野全体に広がった地下空間なのだから、様々な生き物が栄えていたとしても、それほど驚くことではない」

「……そろそろいいかい?」

 二人の会話に耳をそばだて、タイミングを見計らっていた霧島は問う。

「ええ」

「わかった。では、これから第三の機人の回収作業に入る」

「了解。……私たちはこれから、アンドロイドたちを使ってダナイデスたちを追い払う」

 だが、アンドロイドたちが武器を手に取るところなど見たことがない。

「シーシュポスは使わなくてもいいのか。その方が早そうだが」

「機人は大きすぎて彼らを踏みつぶしてしまう。彼らを傷つけるのは避けたい」

 春香は車両を下り、ホームの階段をくだっていく。それは不安を催させる光景だった。小さいとはいえ、数えきれない獣の群れに、か弱い少女が進んでいくのだから。だが、あたりの暗がりからひとつふたつと、似たようなアンドロイドの群れが出現した。

 気づけば無数のアンドロイドの群れが行進していた。一糸乱れぬ動きで前進している。その先導をしているのが春香であった。

 ダナイデスたちは恐れをなして逃げ惑った。こちらからは何もしていないのに哀れなほど怯えていた。まるで過去にひどく打ちすえられた記憶が群れ全体で共有されているみたいだった。もっとも、これだけの規格化された工業製品の群れが立錐の余地もないほど密集して迫ってきたら、敵意が見られないとしても怯えるのは当然であっただろう。それはメロディのない行進曲であり、無音の楽隊であった。沈黙の中に恐怖があった。しかし、彼らを一切傷つけることなく追い払ったという意味では、平和的でもあった。

 アンドロイドたちが散開すると、修は息を吐いた。

「いなくなったな。でも、どこに行ってしまったんだ」

「地下空間は広大。彼らのための居場所は十分にある」

 しかし、機人という馴染んでいたものを奪われた彼らの行く末は、それほど明るいとは思われなかった。

 一人残された機人は冷たい岩に横たわっている。それは、巨大な力が封じ込まれているというより、無力な肉体が横臥しているようだった。人が乗っていないときのシーシュポスやティテュオスに見られた肉体だけの力強さもない。それは、単に下から見上げていないという事実によるものとは思えなかった。現に、戦いが終わって横たえられた機人には、戦士の休息といった趣があった。だが、これはただヒトの形をしているだけだった。魂としての搭乗者がいないだけでは、その理由としては不十分に思えた。その理由を問うと、黒江は淡々と答える。

「まだ、搭乗者の遺伝情報がない。いわば、肉体と魂を結ぶへその緒がない。だから魂の宿る余地がなく、どうあっても無力な肉体でしかない」

「じゃあ、僕がシーシュポスに乗ったときには」

「……あらかじめ修の遺伝子の一部をインストールさせてもらった」

「でも、どうして僕が」

 君が僕を選んだ理由は何なのか。僕があの場で拒絶していたとしたらどうなっていたのか。それに黒江は不合理に答える。

「修は運命というものを信じる? めぐり合わせみたいなもの」

 修は口を閉ざした。はぐらかされたように感じたからだ。だが、黒江からそれを言われると、そのまま素直に受け取っていいと思われた。他人の考えという気がしないのだ。それとも、これは機人の感情の流入のせいだろうか。それでも、安心してしまう自分がいる。

「あとは彼女の遺伝子を入手するだけ」

「だが、どうやって」

「しょうがないから、私が何とかする」

 修は、先ほどまで反対していた黒江が骨を折ってくれると知り、頭を下げる。黒江は、そっぽを向きながら続ける。

「修が女子寮に忍び込んだ変態だって言われるのは、私だって嫌だから」

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