3-13


 修はそこから目を背け、画面に注目する。モニタには黒江、ティテュオスが第三位格に飛びついているのが映し出されている。

 黒江が飛びかかるたびに機神は力を失っている。敵の身体の組織の最もやわらかいところを襲っている。人間離れした存在であるにもかかわらず、その弱点を見出している。それは、機神がどれほど異なった姿をしていようとも、進化の系統樹をさかのぼり共通点を探り当てているみたいだった。

 触手から産卵管のようなものを無数に生やして暴れまわる機神から逃れ、舞い、えぐっている。修には真似のできないやりかたでダメージを与えている。機神の生理を知悉したものでないとできないほど巧みに敵の望みを打ち砕く。修との実力の差は歴然としていた。修は、なぜ自分をシーシュポスに乗せたのか理解に苦しんだ。最初から彼女一人でやっていれば、何の問題もなかったはずだ。特に人間の形をしていた第一位格など、一分もせずに倒せただろう。

 敵の足は絡み、これ以上は立っていられなくなる。そこに彼女は渾身の拳を打ち込む。修は彼女に助けられた悔しさもあるが、同時にこれほど強力な味方がいることに喜びも感じた。もしかしたら自分は、多くを抱え込みすぎていたのではないか、と。

 黒江は残忍に、しかし修よりも冷静に機神の肉体を傷つける。その眼球を潰し、口を無理やり開き、液体窒素製造器官にできた傷跡をさらに引き裂く。体液が流れ、もはや冷気を流すことはなかった。辺りは徐々にもとの気温を回復し始めたようだった。

 だが、その思いを裏切るかのように、機神は顔がないにもかかわらず、無邪気な笑みを見せた。無数の眼が細められ、いびつな口がゆがんだ。そして、隠れていた背の嚢がこれ以上ないほど膨れ上がり、一気に体液を噴出した。いや、体液ではない。あまりにも冷たいそれは、周囲の大気を液化させ、相転移させ、金属を超電導にした。

 画面には、流れ出た液体が数ケルビンという低温であることが表示される。霧島は、泣き笑いのような顔を作る。

「液体ヘリウムか。……タカマガハラ族も無茶をするなあ」

 液体が気化すると、あたりの静寂が聞こえるほどだった。あるいは、大気中の水蒸気が凍結する音も響きそうだった。タルタロスの気温もさらに落ちる。

 ティテュオスの下半身は凍り付く。上半身をむなしく動かしているが、機神は冷徹に接近する。先ほどまでの余裕はどこへやら、霧島は固唾をのんで見守っている。修も目を離せない。

麻痺させた獲物を蜘蛛が楽しむかのように、産卵管が近づいていく。あるいは、ジガバチが芋虫に産卵しようとするようだ。体内に無数の卵を仕込み、内部から食い荒らされてしまうのではないか。そんな連想が浮かぶ。脚の下にティテュオスを抱え込み、消化液を滴らせている。

「黒江!」

 その程度でやられてしまう君ではないはずだ。そう望むものの、それは願いに過ぎない。

 機神は獲物を抱えたまま触手をからませ、学院の方へ走る。

タカマガハラ族に尋ねたくなる。どうしてそこを狙うのか。まるで修を苦しめようとしているようだ。それとも、単にタルタロスの中核の一つがあると推測しているのか。

 だが、考える間も余計に思われる。力がほしい、そう思った瞬間に、修はシーシュポスに乗り込んでいた。口の中の一瞬の吐瀉物に似たにおいなど、すぐに忘れてしまう。頭痛はとっくの昔に収まっている。僕は君のところに向かわないといけない。修は意識の消失の瞬間をなんの恐怖も感じることなく迎える。眠りに落ちるのと違いはなかった。

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