3-9

 広告を映した巨大スクリーン、店内の有線端末、それからあらゆる放送が一斉に同じ色に塗り替えられる。びくり、とほたるが身をすくめた。

「非常事態宣言発令。東京湾に未確認兵器を確認」

「未確認兵器、川崎より上陸、西に向かっています」

「市民の皆さんは、最寄りの避難所か自宅まで退避してください」

 しらじらしい、と思う。事故に見せかけて、機人を葬ろうというのだ。機人という反政府勢力がある事実から目を背け、不信仰の時代の兵器が暴走したのだ、と片付けようとする。たとえ、この戦いでどれほどの被害が出ようとも、悪しき時代の残響だと批判してしまえる。

 機神と機人、どちらがタカマガハラ族側であるのかも隠して報道している。自分たちが負けていることを知られないようにするためにだ。何て卑怯なのだろう。

 人々は喫茶店から駆け出す。店員も緊張しながら誘導している。まずいことになった。もしもほたるを連れて逃げるのなら、それだけシーシュポスのところにたどり着くのに時間がかかる。だが、彼女を置いてまっすぐに機人に向かえば、彼女を危険の渦中に置き去りにすることになる。それはだめだ。誰かがみすみす危ない目に合うことはあってはならない。いっそのこと、彼女と一緒に機人のところに向かおうか、とも考える。彼女に僕が戦うところを見せるのはどうか。迫る脅威をねじ伏せる姿を。つまり、彼女を仲間に引き入れる。

 修は頭の中で首を横に振る。彼女を怯えさせないほうがいいだろう。それに、黒江と話し合いもせずにそんなことができる権限もない。

 修は、ほたるの手を取った。

「ちょっと、庵地君?」

 慌てる彼女に構わず修は手を引く。

「逃げよう。学校が一番いい。近いし、勝手がわかってるから」

 修は、手を握ることは破滅へつながるという恐れを完全に捨てきることはできなかったが、心を装甲で覆っていれば、こちらから触れられると気づいた。それは黒江の手を握った日以来で、誰かを助けたいという思いの芽生えだった。もう助けることのできない姉のことを忘れたのではない。ただ、目の前で苦しんでいる誰かがいるのに、何もしないでいることが嫌だった。走りにくいからまた手を放してしまったが、修にとっては無意味ではなかった。

 街中の放送は、走らないでください、慌てないでください、と繰り返している。しかし、既に機神が迫っていることが明らかだった。それは、機神があまりにも巨大であったからだけではない。強烈な発光が認められたからだ。光はあたりを貫き、敵を探査する。

 シーシュポスは普段、機神から見つからないように情報を攪乱していると言うけれど、機神には大まかな場所がわかるのではないか、という予感がする。ということは、次に狙われるのは修のいるところだ。つまり、この繁華街や学校の近く、港北ニュータウンに向かっているはずだ。それは聖蓮の記憶が奪われることを意味する。聖蓮のキーホルダー、物質世界に残った最後の彼女の痕跡までなくしたくない。だから、シーシュポスに早く乗って、もっと海沿いの土地で迎え討たねばならない。

 高校の敷地に近づくと避難してきた人々でいっぱいだった。校門で人々を迎えているのは教員たちで、そこで指揮を執っていたのは和田だった。彼はなれなれしく駆け寄ってくる。

「おお、無事だったか。それにしてもどうして一緒に」

 どこか満足げに尋ねるのは、修が自分の目論見の通りに槻をデートに誘ったと思ったからだろうか。

 修はそれに反論するのも面倒で、そんなことよりも間近に迫る戦いが胸を占めている。思わず遠くの光を一瞥する。すると和田の手が修の目を覆った。

「直視してはだめだ。目がつぶれるぞ」

 何のつもりかわからなかった。抵抗しようとすると、声を潜めて呟かれた。

「あれこそ、まさに神々の光なのだ。我々の前に顕現なさっている。最近暴れまわっている旧時代の兵器を倒すためにあらわれたのだ。間もなく聖なる予言のように、十二の星を身にまとった女性が現れるに違いない」

 つまり、和田は機神のことを、文字通り神の姿だと受け取っているのだ。修は馬鹿馬鹿しくて呆れたが、しかしほたるが怯えているのにも根拠がないわけではなかった。文字通りの神ではないにせよ、少なくともタカマガハラ族の技術に基づいているからだ。それに偶然だが、どちらが神と呼ばれているのかは言い当てている。

「わかりましたから。僕らは寮に戻ります」

「うん。それがよいだろうね。おとなしくしていれば、何も悪いことは起きない。神はすべてをみそなわす」

 まったくのでたらめだ。和田は、修がいつ度を失うかを試しているのではないか。そんな疑いまで修の頭にきざした。

 修は、無実の者が傷つけられる世界を終わらせる戦いに向かう。ほたるが友人たちと落ち合うのを見届けると、裏口から立ち去ろうとする。ほたるはそれを見とがめる。

「どこに行くの」

「別の寮の様子だとか、いろいろ見にいく」

「私も」

「槻を危ない目に合わせるわけにはいかない」

 修は彼女を押しとどめる。不安げな彼女に言い聞かせる。

「大丈夫。海原を探すだけだ。さっきから端末で呼び出しても返事がないから」

 そして彼女の返事を待たずに走りだす。海原の名前を出したのは、あまりうまいごまかしかたではなかった、と後悔した。

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