2-7

 考えているうちに距離を縮められ、駅の側に追いつめられる。

 焦燥の中、機神の体節の横にある穴が次々に開く。そこから爆発音がする。何事とか、と慌てる間もなく、ミサイルが打ち出される。修は飛んでくるそれらから逃れようとしたが、身体のすぐそばに着弾するので転げてしまう。爆発で視界が白く消し飛ぶ。目を開けると宮益坂のビルが消え、建物の基礎がむき出しになっている。スクランブル交差点にまで煙が流れ込む。火山灰のようなものが降下する。駅の上の高層ビルが蠢動している。緑の電車が駅の西側に弾き飛ばされる。

「装甲損傷率、四十パーセント」

「皮下組織に軽度の熱傷」

「興奮により体液過剰」

「了解、鎮静剤として粘液を分泌させます」

 宮下公園を踏みしめて原宿側に逃げようとするが、機神からは次々にミサイルが飛んでくる。修は段差ともつれた車両に脚を取られないようにしながら、線路をまたいで西の方に逃げる。

 機人の横隔膜と心臓を駆り立てて走るが、機神はその動きを予知してミサイルを放つ。宇田川町、道玄坂、と視界の隅に地名が流れていく。速度や向きを変えて攪乱しようとしても、こちらの意図を読み容赦なく追う。首を重そうに左右に振りながら、ひたすらに弾倉から打ち出す。修は運動が得意でないことをこれほど悔しく思ったことはなかった。

 建物に構わず逃げ回っているのでシーシュポスは傷だらけだった。まるで鱗をはがれた魚のように無防備だと感じる。さらにまた至近距離で着弾。爆風で目が見えず、焦点が合わない。全身が焼ける。

 ミサイルが目の前で炸裂する。思わず両腕でかばうが火ぶくれができる。頭上で何かのきしむ音。それは、ビルの倒壊が間近であることを示す徴。飛びのくが瓦礫が全身を打つ。それが火ぶくれを破り、機人は体液と血を流す。

「シーシュポス、深部にまでに熱傷」

「骨格にまで達しています」

「両腕の損傷が許容値の限界です」

痛みに思わず声をあげた。黒江は早急に指示を飛ばす。

「神経からのフィードバックを最小限に。できれば感覚質をマスキングして」

 体は傷ついているのに、痛みから具体性が取り除かれた。それでも自分の肉体を損傷したという生々しい事実を打ち消すことはできない。銃弾で撃たれて血まみれになった人間が、自分がそんな目にあったとはとても信じられず、想定していたほどの痛みを感じるいとまがないようだった。

腕を抑えながら逃げ回っていると、さらに着弾して吹き飛ばされる。百貨店に頭から倒れこみ、全身に様々な物が突き刺さる。ガラスであり、コンクリートの破片であり、鉄骨だ。ビルからは水道水があふれる。けれど体を冷やすには足りない。

「体液流出、臨界値に接近」

「粘液と血液が失われていきます」

「黒胆汁比率上昇、このままではシーシュポスは憂鬱質に陥ります」

 倒れたままでいると、気分がひどく冷静に、しかも虚無的になる。自分はこの戦いを続けられるのか、こんなことをしても意味があるのか。そんな自分のものではない考えが忍び込む。このままやられてしまってもいい、と一瞬でも考えたことに気づいてぞっとする。沈鬱で、暗澹たる無への欲望。

 体がひどく傷ついたからだろうか。両足まも火傷していて、立ち上がろうとするたびにひりひりする。自分の体ではない、機人の感覚と繋がっているだけだ。そう自分に言い聞かせてもつらさは変わらない。マスキングされていてもこれほどまでに現実感があるとは。

「これ以上憂鬱質になったら戦えないぞ」

 遠くから霧島の声がする。

「このままでは防戦一方だ。シーシュポスに自我を与えたい」

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