第149話 旭は王都への旅路を満喫する

「……ソフィア。今はどのあたりを飛んでいるんだ?」


 俺はぼんやりとソフィアに尋ねる。

 ここは空中戦艦『大和』の艦内にある娯楽室だ。

 家を出てからまだ1日しか経っていないが、すでに俺の集中力はゼロに近かった。


[今はダスク付近です。今回の航行はかなりゆっくりですからね。王都までは後5日ばかりかかります。全速力を出せば明日には到着しますが……それは望んでいないのでしょう?]


「そうだな。早めに着きすぎても面倒ごとが起きる気しかしないから、このままのんびり進んでくれ」


[そう言うと思っていました。では、私は夕飯の準備をしてきますね]


 俺の言葉にソフィアが肩を竦める。

 王都までは馬車で1週間はかかるらしいから、少し早いくらいがちょうどいい。

 全速力だと2日弱で着くのは……さすがというべきなのだろうか?

 ……ニトロとかは積んでいないはずなんだがな。


「ねぇ、パパー。暇なんだけど、何かすることないー?」


「にぃに。昨日かしてくれたゲーム、全部クリアしちゃったよ!もっとむずかしいゲームないー?」


 ソフィアと入れ違いで来たのはレーナとユミだった。

 2人は別々のことをしていたみたいだが、タイミングが重なったようだ。


 レーナは『大和』の中ですることがないから遊び道具が欲しい。

 ユミは昨日渡したゲームをクリアしてしまったから違うゲームをやりたい。

 2人の要望をまとめるとこんな形だった。


 ユミに貸し出したゲームは個人的に結構難しいものだった気がするのだが、ユミからしたら簡単だったようだ。


「王都までは結構距離があるから、二人で対戦でしてきたらどうだ?レーナもそのゲームはやっていただろう?」


「ん〜?あぁ、ユミちゃんが持っていたのってそれだったんだ。……ユミちゃん、どうする?わたし、そのゲームはかなりやり込んでいるけど」


 俺の言葉にレーナがユミの方に向き直る。

 その表情は「1日しかやってないユミちゃんがわたしに勝てるわけがない!」と言わんばかりのドヤ顔だった。

 ……というか、レーナに長い時間このゲームを貸したことはない気がしたんだが……。


「にぃに。これ対戦できるの!?」


「うぉっ!?……あ、あぁ、できるぞ。というよりも、対戦がメインだな。最大で8人までできたはずだ」


 レーナが1日にどれくらいゲームをやっているのか考えていると、ユミが身を乗り出して俺に質問してきた。

 いきなり目の前にユミの幼い顔が現れたから驚いたわ。

 しかし、ユミはそんなことを気にすることもなく、レーナに人差し指を指している。


「レーナお姉ちゃん!いざじんじょーに勝負だよ!ユミのパ◯テナが絶対に勝つんだから!」


「リーアとやり込んだ私の勇者に勝てるかな!?じゃあ、今から対戦開始だよ!」


「おぉーーー!」


「ユミ、人に向けて指を指しちゃ……ってもういないし」


 俺がユミに注意する前に2人は元気よく走り去ってしまった。

 というか……ユミは◯ルテナを使ってるのか。

 元は女神だし同じ女神つながりで使用している……のかもしれない。


 それはそうと……。

 俺には確認しないといけないことがあるんだよな。


「……リーア?近くにいるんだろう?」


「……うん」


 俺は誰もいない空間で名前を呼ぶ。

 すると、俺の影の中からスッとリーアが現れた。

 だが、リーアの表情は泣きそうなものになっている。

 これから何を言われるのか理解しているのだろう。


「リーア。さっきのレーナの言葉だけどさ。俺、そんなに長い日数貸してなかったと思うんだけど……。1日に何時間くらいやってたの?」


「…………うぅ」


 俺の問いかけに身体を小さく震わせるリーア。

 瞳が潤み始めて……ってやばいやばい。

 別にリーアを泣かせたいわけではないんだよ!


「リーア、別に怒るわけじゃない。ただ何時間くらいやったのか気になっているだけさ。正直に教えてくれないか?」


「……ほんとぅ?怒ったりしなぃ……?」


 リーアは泣き出しそうな表情で俺に問いかけてきた。

 ……くっ、そんな表情をされると嗜虐心が刺激されてしまうじゃないか……!

 俺はなんとか己の欲望を抑えてリーアの頭を撫でる。


「大丈夫、怒ったりはしないよ。個人的に気になっているだけさ」


 その言葉に安心したのか、頭を撫でられて安心したのかはわからないが、リーアは指をツンツンとさせながらぽつぽつと喋り始めた。


「お兄ちゃんからあのゲームを借りた時はそんなにやっていなかったんだ……。やっても2時間くらい……。ゲームを進めるごとにキャラクターごとの特徴がわかってきて、どのキャラが一番使いやすいかっていう話になったの」


 ふむ……。

 確かにあのゲームはプレイアブルキャラがかなり多い。

 しかも新キャラクターが順次追加配信されるから、その都度面白味が増す……らしい。

 俺はやったことがないからわからないが。


「それでね……?自分が一番使いやすいキャラを見つけたのはいいんだけど……。どちらがそのキャラを上手く使いこなせるかって話になって……」


 自分に使いやすいキャラが見つけるとコンボとか研究したくなるよな。

 2人だから競い合うこともできるし。

 やりこむ人はコンボの発生速度とか、技のリーチとかいろいろ研究すると聞いたことがある。


「で、レーナと研究してたら時間が足りなくなってきて……。ソフィアさんに【遅延空間】をかけてもらってひたすらやり込んだの……。……黙ってて本当にごめんなさい!」


「なるほど……。ソフィアも共犯だったか」


 リーアの説明を聞いて、なんでレーナがあんなに自信満々だったのか理解できた。

 まさか【遅延空間】を使ってまでやりこむとは思っていなかったけど。


「…………(ぷるぷる)」


 俺がレーナの態度について考えてると、リーアが小刻みに震えてはじめた。

 リーアの話を聞いてから黙っていたので、怒られると思ってしまったのかもしれない。


 そんなリーアを俺は優しく抱きしめる。

 小ぶりながらも柔らかい感触に理性を奪われそうになるが……今はその時ではない。


「リーア、さっきも言ったが怒ったりはしないよ。まぁ、ちょっとやり過ぎかなぁとは思うが、俺も人のことは言えないし。【遅延空間】にいる時もちゃんと睡眠はとっていたんだろ?」


「……うん、うん!それはしっかり取っていたよ!睡眠不足だと技術が目に見えて低下するし、お互いに嫌な気分になるから……!レーナは寝ないでやろうとしていたけど……」


 俺の言葉にバッと顔を上げてそう宣言してくるリーア。

 レーナ1人だと寝ないでやる可能性もあるから、姉貴分としてしっかりしないといけないって思ったのかもしれない。

 実はリーアが顔を上げた時に顎を打ったのだが、別段ダメージは受けなかったから特に気にしないことにする。


「そうかそうか。睡眠をしっかり取っていただけでも偉いぞ。でも、今度からはちゃんと俺にも話してくれよ?心配になるからな」


「…………うん!ありがとう、お兄ちゃん!」


 リーアはそう言うと俺に強く抱きついてきた。

 俺に怒られなかったというのが一番安心したのかもしれない。

 抱きついた時に唇を塞がれたが、それは愛情表現として受け止めることにする。


「…………ぷはっ!」


 リーアに熱烈なキスをされてから数十分。

 ようやくリーアから解放された。

 さっきまで不安気な表情を浮かべていたリーアだったが、今はとてもつやつやした表情を浮かべている。

 ……精気を吸い取るサキュバスとして覚醒したのかな?

 まぁ、俺も気持ちよかったからよしとしよう。


「じゃあ、リーア。さっきも言ったが、今度からはちゃんと俺に話すようにな?隠し事される方が辛いからさ」


「うん!次からはちゃんとお兄ちゃんの許可を取ってから【遅延空間】を展開してもらう!」


 俺の言葉に満面の笑みを浮かべるリーア。

 多分この子達は嘘をつかないから信じてもいいだろう。

 それに睡眠時間を削ってゲームするわけでもないし。

 やりこむことは別に悪いことではないと思うしな。


「……よし!リーアもレーナとユミの2人と合流して遊んでおいで。王都に着くまでは時間があるし、リーアも暇だったんだろう?」


「……わかった!もし何かあったら呼んでね!すぐに向かうから!」


 リーアは最後に俺に抱きついてからレーナ達のいる部屋に向かった。

 その姿はとても元気な女の子そのもので。

 リーアもユミやレーナと一緒にゲームがしたかったんだろう。


「……リーアにだけ事情を聞いたのは悪かったかな」


「いいんじゃないですかね?リーアさんからレーナさんに注意してくれるでしょうし、たまには姉として振舞ってもらいましょう」


 リーアの次に来たのはルミアだった。

 その手にはお盆を持っている。

 どうやら飲み物と軽食を持ってきてくれたようだ。

 2つあるのは……ルミアも一緒にということなのだろう。


「そうなんかなぁ?たまに俺が間違っているんじゃないかと思う時があるんだよ。俺は子供を育てた経験なんてないからな」


「それは私も同じですよ。普通に考えたらリーアさんほどの大きさだと、旭さんが16歳の時に産んだ子供ってことになりますし」


 俺の言葉にルミアは苦笑しながら、手に持っているものを近くのテーブルに置いた。

 軽食は……サンドイッチか。

 夕飯までの時間でつまむならベストだな。

 飲み物は……りんごジュースっぽい。


「それを言われたらもう何も反論できないけどね。レーナとリーアは育ってきた環境も違う。今の素直なまま成長してくれることを願うよ……ゴホッ!ゲホッ!?」


「旭さん!?その中身はウヰスキーですからそんなに一気に飲んではダメです!」


 俺はそう言ってルミアが持ってきた飲み物を口に含んだ。

 ……りんごジュースかと思ったらウヰスキーだったしく、盛大にむせてしまう。

 というか、ウヰスキーならそう言ってくれよ……完全に色合いとかりんごジュースじゃん……。


「ゲホッ……!る、ルミア……これ……りんごジュースじゃないのか……!?」


「い、いえ、ウヰスキーです。ウダルのギルドマスターの机からリンゴの形をしたウヰスキーが出てきたのでしてきたんですよ……。そう言えば中身についての説明はしてませんでしたね……すみません」


 盛大にむせた俺を見たルミアは猫耳をペタンと倒してこちらにタオルを手渡してきた。

 ルミアにはかからなかったようで少し安心する。


 それとルミアは拝借と言っていたが……少し脅したんじゃないかと思う。

 この間の迷惑料だとか言っていそうだが、まぁ、それは横に置いておく。

 ブランダルにはこれを機に反省してもらうとしよう。


「いや、詳細を聞かなかった俺も悪い。それにしてもりんごジュースみたいな色合いのウヰスキーなんて珍しいな」


「そうなんですよ。確か旭さんのいた世界では売っていなかったと思いまして、


 ルミアは瞳のハイライトを消してそう答えた。

 ……やっぱりブランダルと一悶着あったんだな。

 ブランダルが死んでなければいいけど。


「まぁ、せっかくルミアが手に入れてきてくれたんだ。夕飯まで付き合ってくれないか?今日の夕飯当番はソフィアだろ?」


「えぇ、もちろんですよ。というか、自分の当番の日にお酒を持ってきたりはしませんよ」


 俺とルミアはそう笑い合い、グラスを空中に掲げる。

 ……その時のことだった。


 ーーーー『ご主人!前方に敵影反応ありました!問題はないと思いますが、相手の規模はこちらよりも上です!確認のため操舵室までお越しください!』


 艦内にハイエンジェルの声が響き渡る。

 この『大和』を前にして敵影反応……?


「……ルミア、酒は敵を叩きのめしてから乾杯しようか」


「……そうですね。私と旭さんの私服の時を邪魔する輩は……コロサナイト」


 おっと、邪魔をされたルミアが本気でキレてるぞ?

 まぁ、俺も盛り上がってきた気分を台無しにされたから気持ちは分からなくもないが。


「……ったく、俺達の邪魔をするのはどこのどいつだよ……」


 俺はそう愚痴りながらルミアの手を取り、操舵室に向けて転移装置を起動する。

 さてさて……どんな奴が邪魔をしにきたのかしっかり確認してやらないとな。

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