第8章

第146話 旭は重い腰を上げて冒険者ギルドに向かう

『強羅居組』を半壊させてから1週間が経った。

 未だに冒険者ギルドやパパラッチの張り込みは続いているが。

 最初は無視して出かけていたレーナ達もさすがにうんざりしてきたようだ。


 3日目が過ぎたあたりからお昼近くまで寝ていることが多くなった。

 夜遅くまでゲームしているから、それが原因なのかもしれないが……。


「ルミア、ちょっといいか?」


「はい、どうしましたか旭さん」


 俺は夕飯の仕込みをしていたルミアを呼んだ。

 ルミアは調理していた手を止めて俺の方にやってくる。

 ふむ……今夜の夕飯はスッポンを使うのか……精がつきそうだなってそんなことは横に置いておいて。


「今更かと思われるかもしれないけど……。明日あたり冒険者ギルドに行こうと思う」


「……そうですね。そろそろ行った方がいいのかもしれません。レーナさんやリーアさんも家にいることが退屈になってきたみたいですし」


 俺は今更こんなこと言ってルミアに怒られるかなと思ったんだが……。

 ルミアも俺と同じ意見だったようだ。

 俺とルミアはリビングでゲームをしているレーナとリーアに視線を送る。

 その先にあったのは……。


「あーー!レーナ、そのコンボはズルくない!?私、無抵抗のままやられちゃったんだけど!?」


「ふっふ〜ん。たとえわたしよりも年が上だからって遠慮はしないのがわたしの美徳!というか、リーアは動きが単調すぎるよ?そんなんじゃ攻撃してくれーって言っているようなものじゃない?」


「むきーーー!もう怒ったわよ!?レーナ、次はアイテムありで勝負!」


「アイテムありでも結果は変わらないと思うけどね〜?でも、その勝負受けて立つ!」


 俺とルミアの視線の先には、レーナとリーアの2人が仲睦まじく(?)任◯堂から出ているス◯ブラSPをプレイしている姿があった。


 いや、仲良くゲームをするのはいいと思うよ?

 俺も休みの日は一人でモン◯ンとかひたすらやっていたから。

 でもさ……2人の瞳から光が完全に消えているんだよ。

 まるでやることがなさ過ぎて精神が崩壊してしまったかのように。


「……さすがにあの状況はやばいと思うんだよな」


「……ですね。【狂愛】とは別の意味で病んできてます。明日のお昼にでも行くとしましょう。冒険者ギルドに報告をすれば職員は来なくなるでしょうし。パパラッチ達は……ギルドマスターになんとかしてもらいましょう」


「……そうだな。おーい。レーナ、リーアー」


 俺はゲームがひと段落したレーナとリーアを呼ぶ。

 まだ対戦キャラを選んでないし、呼ぶタイミングとしてはちょうどいいだろう。


「なぁにぃ……お兄ちゃん……。これからレーナと109回戦目をやろうとしていたんだけどー……」


「パパ、それにルミアお姉さんまでどうしたの?まだリーアとの勝負がついていないんだけど……。まだ108戦54勝54敗だから、次で最後にしようと思っていたんだけど……」


 レーナとリーアはぶうたれながら俺とルミアの方に近づいてきた。

 いや、それにしても108戦はやりすぎだろう……。

 しかも五分五分の勝負になっているのがなんとも言えない。


「多分ゲームの勝敗がどうでもよくなるような事だぞ?」


「「……?どういうこと?」」


 俺の言葉にレーナとリーアが左右対称に首を傾げた。

 銀髪と金髪が綺麗な弧を描いて揺れ動く。

 その綺麗な光景を目に焼き付けつつ、俺は2人に先ほど話していた内容を伝える。


「実は明日の昼あたりに冒険者ギルドに行こうと思ってな。ここ1週間でかなり英気を養えたし、そろそろ『強羅居組』の件について報告しようと考えているんだが……一緒に行くか?」


「「いく!絶対に行く!!」」


 レーナ達は門の前にいる輩のしつこさを知っているから留守番しているものだと思ったんだが。

 2人は目を輝かせて何がなんでも付いていくと意気込んでいた。

 よほどあの人間達に質問のラッシュを浴びせられたのだろう。


「あ、でもパパ。ギルドマスターさんのところには全員で行くの?誰か1人残っていないと危ないんじゃないかな」


「……ん?危ない?何か危ないことなんかあったっけ?」


 俺はレーナの言葉に首を傾げる。

 家に誰か残っていないと何か不便なことでもあるのだろうか。

 そんな俺を見たレーナは窓から門の方を眺めた。


「全員で行ったら今展開している【聖断】の効果が半減しちゃうんじゃないかな?多分帰ってくるまで効果はあると思うけど、ソフィアお姉ちゃんには残ってもらったほうがいいと思う」


「あー……、そういう事か。レーナの言葉で理解した。ソフィア、今のレーナの話は聞いていたな?」


[えぇ、ちゃんと聞いていましたとも]


 レーナの意見は一考の価値がある。

 あの人数では破られないとは思うが、万が一という事あり得るのだ。


 そう思った俺はソフィアを呼び出した。

 呼んですぐに現れる姿は忍者の如くである。

 現れたソフィアはユミを抱きかかえていた。

 どうやら部屋で一緒にいたようだ。


[旭は今回の報告になくてはならない存在です。なので、私が留守番をするとしましょう。ユミ、貴女はどうしますか?]


「ん〜……。行くのはぼうけん者ギルドのおじそんのところなんでしょ?ユミはソフィアお姉ちゃんとおるすばんしてる〜」


 ソフィアとユミの2人は留守番するという判断のようだ。

 ユミが行かないことには驚いたが、ギルドマスターはユミを孫娘のように可愛がっている。

 精神的に成長した今、ギルドマスターのかわいがりをウザがっているのかもしれない。

 ギルドマスター、ドンマイ。


「となると、明日冒険者ギルドに行くのはユミとソフィアを除いた4人だな。じゃあ、今日のところはゆっくり過ごすとしよう。レーナとリーアはゲームをほどほどにしておけよ?明日昼近くまで寝ているのは勘弁だからな?」


「「は、はーい……。気をつけまーす……」」


 レーナとリーアは俺の言葉にすすすと視線を逸らしながら答えた。

 ……あれは後もう少しだけだから!と言って深夜までゲームをやるパターンだな?

 最悪、ソフィアに頼んで【人魚の子守唄】をかけてもらうとしよう。


「それでは私は料理の続きをしてきますね」


「あぁ、呼び止めて悪かったな」


 ルミアはそう言うといそいそと台所に戻っていった。

 さて、俺も明日に備えて準備をするとしよう……。


 ▼


「たーのーもー!響谷旭だがー!」


 翌日の13時。

 俺とレーナ、リーア、ルミアの4人は冒険者ギルドのギルドマスター室の前にいた。

 俺の声に中からドタバタという音が聞こえてくる。

 どうやら相当慌てているようだ。


『旭君!?すぐに中に入ってくれ!』


「はいよー。じゃあ、みんな行こうか」


「「「はーい」」」


 俺達はそう言うとギルドマスター室の中に入っていく。

 そこにいたのはお馴染みのギルドマスターと……厳つい顔をしたおっさんだった。


「ギルドマスター……。このおっさんは誰だ?」


「ちょっ!?旭君、そんな失礼な態度をとってはダメだぞ!?この方は……!」


「よいよい。変に萎縮されるよりかは話しやすいだろうて」


 途端に慌てるギルドマスターに向かってそう笑う厳ついおじさん。

 ……ギルドマスターが恐縮するほどの人物なのか?

 たしかに表情筋の威圧力は半端ないが。

 ……ルミアも苦笑の表情を浮かべているから、冒険者ギルドの関係者か?


「さて、紹介がまだだったな。私の名前はアルケミスト。王都の冒険者ギルドのギルドマスターをやっている」


「……なるほど。王都冒険者ギルドのトップだったのか。それで?ここにいるってことは俺達絡み……ということでいいのか?」


 俺は若干警戒しつつ、アルケミストやらに話しかける。

 恐れることは何もないが……冒険者ギルドのトップ中のトップが目の前にいるのだ。

 警戒しておいて損はない。


「そう警戒しなさんな。私如きが君に勝てるとは到底思っておらんよ。 旭君絡み……というのは間違いないがね」


 アルケミストはそう言うと額の冷や汗を拭った。

 どうやら俺の殺気に当てられたようだ。

 俺は殺気を抑え込み、アルケミストに向き直る。


「俺絡み……というのは『強羅居組』の件だろう?休暇もバッチリもらったから今日はその報告に来たんだ」


「そうなのか?私としてもそろそろ事の顛末を聞きたかったからちょうど良かったわい。早馬を飛ばしてきた甲斐があるというものよ!」


 アルケミストは俺の言葉にガハハと笑い始めた。

 ギルドマスターはひたすら恐縮しているが……。

 それにしても冒険者ギルドのトップがわざわざ来るなんてな。

 それほど『強羅居組』が半壊した件は大きな案件だったらしい。


「では、冒険者ギルドのまとめる者として此度の件について報告を聞くとしようじゃないか。ブランダル、お主もそれで良いな?」


「えぇ、私はそれで問題ありません。旭君の報告であればアルケミスト様も満足なさる事でしょう」


 アルケミストとギルドマスターが話し合っている。

 ギルドマスターとしても自分が報告するよりも俺が直接報告した方がいいと考えたのだろう。

 いや、それについては別にいいんだ。

 だが……。


「……ギルドマスター。お前ブランダルなんて名前だったんだな……」


「いまさらかい!?……いや、たしかに名乗っていなかったような気がしたが……。そ、そうだとしてもルミア君やソフィア君から聞いていたのではないのか!?」


 俺が感心した言葉を発すると、ギルドマスター……いやブランダルは泣きそうな声をあげた。

 うん、名乗られてはいないし、ルミア達からも名前は聞いていなかったな。

 聞かなくても問題ないと思ったし。


「……?どうして私から貴方の名前を教えなくてはならないのですか?ギルドマスターで通じるのであれば教える必要もないと思うのですが。第一旭さんはダスクのギルドマスターの名前すら覚えていないのですよ?貴方はまだマシな方ですが、名前を覚えてもらいたいなら他人に頼るのではなく、自分から名乗るべきなのでは?」


「うぐっ……!た、たしかにそうかもしれないが……」


 ブランダルの言葉にルミアが過敏に反応した。

【狂愛】を全開にしつつ、尻尾の毛を逆立てている。

 その手には【神剣】が握られており、今にも一触即発という空気だ。


 ルミアは他人任せな行動を嫌う節がある。

 愛されている俺達ですらそれで怒られることがあるのだ。

 ギルドマスターなのに他人任せな発言をしたのだから、今のように怒るのも仕方ないかもしれない。

 蘇生が面倒だから殺さないで欲しいところではあるが。


「ルミア君、気持ちはわかるがここは私の顔に免じて許してやってはくれないか?このままではいつまで経っても報告が聞けないのでな」


「……大ギルドマスターがそう言うのであれば……。ですが、ギルドマスター。次に同じような発言をしたら……覚悟してくださいね?」


「…………っ!(コクコクコクコク)」


 アルケミストの言葉にルミアは殺気を霧散させた。

【神剣】を仕舞う前にブランダルに脅しをかけるのを忘れないのはさすがと言うべきか。

 そのブランダルは真っ青な表情を浮かべて、赤べこのように必死に首を振っている。


「さて、場も一息ついたところで報告をしてもらおうか。今回の『強羅居組』の件はどのようにして起こったのか。そしてどのように解決したのか……細かく報告を頼むぞ?」


「あぁ、その為に準備はしてきた。じゃあ、報告を開始するとしよう」


 俺はアルケミストの言葉に頷き、事の顛末を報告するのだった。

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