第141話 ユミととある少女の物語

 ーーーー(第三者視点)ーーーー


「ねぇ、にぃに〜。もう朝だよー?」


 旭が『強羅居組』のゴーンを殺した翌日。

 ユミは未だ寝ている旭を起こそうとゆさゆさと身体を揺らしていた。


「ん……んん……。すまん、ユミ。今日は気持ち悪くてな……。今日はのんびりさせてくれ……。昨日の夜話し合いをしていて、寝たのがついさっきなんだよ……」


「えぇ〜……。朝まで話し合いしてるなんて……。ソフィアお姉ちゃんも寝てるし……」


 旭の言葉を聞いたユミは呆れた表情を浮かべる。

 旭とソフィアが寝るのが遅くなったのは、今後のことについて話し合っていたからだ。

 その際にお酒も飲んでいたから、軽い二日酔いになっていたのである。


「ん〜……。疲れているならしかたないかー。リーアお姉ちゃんとレーナお姉ちゃんにきいてこよーっと」


 ぐったりとしている旭を見たユミはとててーと部屋を後にした。

 疲れているのであれば休ませてあげようと思ったようだ。


「リーアお姉ちゃん。レーナお姉ちゃん〜。どこかに遊びに行こうよ〜」


 次に向かったのは台所だ。

 そこにはレーナとリーアが朝食の準備をしている。

 ……ルミアはソフィアが放った【人魚の子守唄】の影響で寝ているので、今日のご飯当番はレーナとリーアになった……という背景があった。

 今家の家で起きているのは幼年組だけである。


「あー……。ユミちゃん、ごめんね?今日はエルフの里に手紙を出さなくちゃいけなくて……」


「私は食材の買い出しがあるんだよね……。買い物終わった後なら遊びに行けるんだけど……」


 ユミの言葉を聞いたレーナとリーアは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 遊んであげたいが用事があるから難しいようだ。


「むぅ〜……。レーナお姉ちゃんとリーアお姉ちゃんはいそがしい……。大丈夫だよ、お姉ちゃん達!ユミ、1人でも遊べるから!」


「「ユミ(ちゃん)……」」


 ーーーーユミだって成長しているんだから!


 心の中でそう宣言するユミである。

 ユミの中には【時間遡行】する前の女神の意思が出現し始めてきている。

 意識を乗っ取ろうとしているが、今のところユミの方が優勢だ。

 なので、1人でも問題ないと判断したのだろう。


「じゃあ、ユミは今日出かけてくるね!夕飯までには帰ります!」


 レーナとリーアはユミの言葉を聞いて、不安そうな表情を浮かべる。

 普通の子供よりも強いとはいっても、ユミはまだ6歳の女の子だ。

 そんな幼い子が1人で出かけることに心配しないお姉ちゃん達ではない。


「じゃあ、お姉ちゃん達。朝ごはん食べよ〜?ユミ、お腹空いちゃった〜」


 ユミは不安そうな表情をうかべるレーナとリーアを横目にリビングに向かって走っていった。

 自分のタイミングで行動する。

 それがユミという存在だった。

 そんな中、レーナとリーアは顔を見合わせている。


「ねぇ、レーナ……」


「わかっているよ、リーア。……【眷属召喚:ハイエンジェル】。ユミちゃんにバレないように見守ってくれる?何かあったらわたしかパパにすぐに報告して」


『畏まりました。ユミ嬢が安全に出かけられるようにしっかり見守ります』


 リーアの言葉を聞いたレーナは阿吽の呼吸でハイエンジェルを召喚した。

 ハイエンジェルはレーナのお願いに答えて、【透明化】を発動させて家の門に向かって飛んで行った。

 これで大丈夫だ……と、レーナとリーアは安堵する。

 そして、ユミが待つリビングに向かうのだった。


 ▼


「じゃあ、行ってきま〜す!」


「門が開いたぞ!旭に事の顛末を確認するチャンスだ!」


「旭さん!ギルドマスターがお待ちです!どうかすぐに冒険者ギルドにきてください!」


 朝食を食べ終わったユミは元気に家の門から外に向かって歩き出す。

 どこに向かうのかは本人にしかわからない。

 ……もしかすると当てもなくぶらつくだけかもしれないが。


 その瞬間を狙って冒険者ギルドの職員やパパラッチの男達が空いた門に向かって駆け出していく。

 だが、男達は敷地に入った瞬間にどこかに転移されていった。

 ……旭は人権を無視したマスコミもどきを許しはしない。

 生きているだけマシなのかもしれないが。

 ちなみに冒険者ギルドの職員はただのとばっちりである。


「いつまでも子供じゃないからね!ユミだって一人でお出かけくらいできるもん!」


 ユミはそんなことを呟きながら軽快なステップで街を歩いていく。

 途中、冒険者ギルドの職員がお菓子でユミを釣ろうとしたが、ハイエンジェル達に追い返されていた。

 ユミ自身はそのことに全く気がついていなかったが。


「るーらら〜♬……あれ?」


 ユミがよくわからない歌を口ずさんでいると、少し先にベンチに座っている女の子が見えた。

 身長はユミと同じくらいだが、見た感じユミよりも幼く見える。


「ねぇねぇ。あなたはここで何をしているの?」


 ユミはその女の子に近づいていく。

 声をかけられた女の子は一瞬身体をビクッとさせたが、同じ歳くらいの女の子だとわかるとポソポソと話し始めた。


「……ィね?……王さまを探しているの」


「……王様?王様を探しているの?」


「王様は王様だけど、……王さまだよ?」


「?????」


 女の子は必死に誰を待っているのか伝えようとしているが、言葉の途中途中でノイズが紛れてしっかりと聞き取れない。


(言葉が聞き取れないなんて今まであったかな……?ねぇ、元女神さん。この現象を調べて欲しいな)


(ーーーーそう言うなら早く私に身体を返してよ!そうしたら今度は旭君にだって負けないんだから!)


(……やっぱりいいや。。じゃあね)


(ーーーーッ!?ッッッッ!!!?)


 ユミは心の対話を強制終了させてから女の子に向き直った。

 今の出来事はなかったことにするらしい。


「まぁ、むつかしいことはいいや!ユミは響谷ユミって言うの!あなたは……名前が全部聞こえないからリィちゃんね!」


「……ィはリィ……。うん、よろしくね!ユミちゃん!」


 女の子はユミに言われた名前を反芻してから満面の笑みを浮かべる。

 どうやら自分の本来の名前と似通っていたようだ。


「ねぇ、リィちゃんはこの近くに住んでいるの?」


「うぅん。リィは遠い場所から来たんだ。今は……王さま達がはぐれちゃったから1人だけど」


(それ……多分リィちゃんが迷子になったパターンじゃないかな)


 リィはそう言うとやれやれと肩をすくめた。

 そんなリィを見たユミは逆なんじゃないかと思ったが、口には出さないでウンウンと頷いている。

 なぜならユミはお姉さんだから!


「じゃあ、リィちゃんはこの街に来たことがないんだね……。その王様を探すのはユミに任せて!この街のことは結構詳しいんだ!」


 ユミはそう言ってリィの手を握って歩き出す。

 この時、ユミは必ずこの子を送り届けるという決意に満ち溢れていた。

 リィは少し戸惑っていたが、ユミの手をしっかりと握ってユミについていくのだった。


 ▼


 ユミがリィの手を引いて連れてきたのは噴水広場だった。

 そこには様々な屋台が並んでおり、その近くでは住民が思い思いに屋台の食べ物を食べている。


「ここはねぇ……ウダルの街で美味しいものが安く売っている場所なんだ!ユミもよくお姉ちゃん達と一緒に遊びに来るの!」


「そうなんだ!リィが暮らしている場所に負けないくらい美味しそうなものがたくさん揃ってるね!」


 ユミの言葉にキラキラした瞳を浮かべるリィ。

 だが、リィはすぐに暗い表情になってしまう。


「……でも、リィはお金持ってないよ?美味しそうだけどお金がないと買えないのは知ってるもん」


 リィはスカートのポケットをひっくり返してお金がないことをアピールする。

 どこの世界でもお金がないと食べ物は買えない。

 一文無しの自分はこの美味しそうなものを食べられないのではないか……と思ったようだ。


「安心して!えっと……たしか【無限収納】にユミのお小遣いが……」


 悲しそうな表情を浮かべるリィを見たユミは虚空に手を突っ込んで、ごそごそと何かを探し始めた。

 そして、数分後。


「あった!リィちゃん。今日はお姉さんがおごってあげるからね!」


 パパーン!という効果音と共にユミが取り出したのはガマ口財布だった。

 その中には金貨や銀貨が大量に入っているらしく、ジャラジャラと音を立てている。


「ユミちゃん、そのお財布どこから出したの?」


 ユミが何もない場所から財布を取り出したのを見たリィは驚いた顔をしている。

 なにそれなにそれ!と目を輝かせてユミに詰め寄った。


「これ?にぃにが使用している【無限収納】っていうスキルだよ。にぃにのお嫁さんであるユミも使うことができるんだ」


「ユミちゃんのお兄ちゃんって……ロリk……ムグ!?」


 リィが何かを言う前にユミは人差し指をリィの唇に当てる。

 まるでその言葉をここで言うのはよろしくないとでも言うかのように。

 だが、そんなユミの顔はイタズラが成功したようなものだった。


「リィちゃん!そんなことよりも早くご飯を食べよう?ユミもお腹すいてきたし」


 ユミはそう言って屋台が並ぶ場所にリィを連れて行く。

 リィは若干納得がいかないようだったが、食欲の方が優ったようだ。


「うわぁぁぁ……!ありがとう、ユミちゃん!!リィね、あれが気になっていたんだ!」


「……あれだね!じゃあ、レッツゴー!」


 はしゃぐ2人を見てほっこりした表情になる屋台の店主達だった。


 ▼


 リィとユミが一緒に遊び始めてから数時間後。

 2人は最初にあったベンチまで戻ってきていた。

 最初の頃は俯いてベンチに座っていたリィも、今は楽しそうに笑っている。


「ーーーー……ィ!おーい、……ィ!」


 そんな時リィを呼ぶ男の声が聞こえてきた。

 男の声の後に様々な女の子の声も聞こえてくる。


「あ、……王さま!!」


 その声を聞いたリィは手をブンブンと振り始めた。

 男と女達はすぐにこちらの方に向かってやってきた。

 探したんだぞとか怪我はない?とかもみくちゃにされているリィ。


「……うんうん、よかったね」


 そんなリィを見て、ユミは満足そうに頷いた。

 途中から当初の目的を忘れて遊んでしまったが、楽しかったからそれもいいよね!と思っているようだ。


「……王さま!……ィね?ユミちゃんと仲良くなったの!とってもとっても楽しかったんだよ!」


「そうかそうか……。それはよかったなぁ。この近くに祠を作ってもらえることになったから今度からは好きな時に来ることができるぞ」


「ほんとう!?やったーーーー!」


 男の言葉に身体全体を使って喜びを表すリィ。

 どうやらリィとはまた遊べるようだ。


「じゃあ、またね!ユミちゃん!」


「うん!また遊ぼうね、リィちゃん!」


 ユミはリィを元気よく手を振って見送った後に、家に帰ることにした。

 その表情はとても楽しそうなものだった。


 これはとある少女とユミの思い出話である。

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