第140話 旭は大人だけの時間を堪能する

 ゴーンの後始末をガフスに押し付けた俺達はすぐに家へと帰還した。

 精神的に疲れたというのと、お昼を食べ損ねてお腹が空いていたからである。


 ちなみに本日の夕ご飯は敵の拠点に向かう際に乱獲した【バーニングベア】をふんだんに使った熊鍋。

 俺が元いた世界では食べたことがなかったが、とてつもなく美味だった。


 予想以上に甘みと旨味が強かったのでレーナ達も満足してくれたらしい。

 ……まぁ、料理を作ったのはリーアとルミアだったんだが。

 そんな楽しい時間が過ぎた夜のこと……。


「さて、今後のことについて話し合うとしようか」


 俺は日本から取り寄せた大雪渓をコップになみなみと注いでからそう話しを切り出した。

 現在の時刻は夜22時。

 起きているのは俺とルミア、ソフィアの大人組だけである。

 レーナ達幼年組は疲れていたのか……今は川の字でぐっすりと眠っている。


「また唐突ですね。……あ、私は赤ワインでお願いします」


 ルミアは俺の言葉に苦笑していた。

 ソフィアは何を話し合うのか理解しているので、特に反応は示さずにテキーラのロックを飲んでいる。

 ……後で俺ももらうとしよう。


「ルミアは赤ワインか。ならボトルで置いておくとしよう。それと唐突な話でもないと思うぞ?今回の件で俺のスキルに対する懸念事項といったその他諸々の課題ができたからな」


「…………んくっ。懸念事項ですか?……あぁ、【成長促進】について、ですね?」


「そういうこと。それ以外にもあるけどね」


 俺からもらったワインを飲んだルミアは、顔を真っ赤にして胡乱気な表情を浮かべる。

 呂律はまだ回っているが……大丈夫なのか?

 弱いとは聞いていたが、ここまで弱かったとは。


[旭、ルミアの現状よりも今は今後のことです]


「私の現状より『も』というのが若干気になりますが……ソフィアさんの言う通りです。話し合いを優先するべきでしょう」


「えぇ……。それをルミアが言うのか……?じ、じゃあ、改めて今後のことについての話し合いを始める」


 若干納得がいかなかったが、ソフィアと酔っ払い始めたルミアに催促されたので話し合いを始めることにした。

 まぁ、前にルミアと飲んだ時は甘えてきたくらいだったし問題はないだろうと思われる。


「じゃあ、まずは『強羅居組』についてだな。ゴーン亡き今、あの組織の運営をガフスに任せた。それについて2人はどう思う?」


 最初の相談案件は『強羅居組』についてだ。

 組織改善については、ゴーンの生首を保存した容器を持ったガフスに任せてあるが……話し合っておく必要はあるだろう。


「たしか……ガフスでしたっけ?あの人間であればスキルも整っていますし問題はないと思います」


[ルミア、スキルだけ見ればそう判断できるでしょう。旭、私はなんらかの対策を講じた方がいいと考えます。ルミアの言う通り、スキルだけ見ればあの男は優秀と言えるでしょう。しかし、旭の名前を用いた組織名にしようとした……という事実もあります]


 ルミアはガフスに任せても問題はない。

 ソフィアはガフスが何かしでかす前に対策をとったほうがいい。

 2人の意見は見事に食い違っている。


 たしかにスキルだけを見ればガフスは大きな組織をまとめるのに適しているし、あいつの判断に任せるのがいいと思うのが普通。

 だが、ソフィアの言い分ももっともなのである。

 あいつは俺に対して変な信仰を持ち始めたから、何をしでかすか予想がついてしまう。


「ソフィアとルミア。2人の意見ももっともなんだよなぁ……。では、『強羅居組』については明日の朝に念話でガフスにさらなる釘を指すことにする。それについて異論はあるか?」


「[ありません]」


 俺の提案にルミアとソフィアの2人が即応する。

 2人の意見は違ったが、俺の提案した意見で異論はないようだ。

 ……他にいい案があればそれにするつもりだったのだが。


「じゃあ、次の話し合いの項目に移動することにしよう。続いての検討項目はギルドマスターへの報告についてだ」


[ギルドマスターへの報告……ですか?]


 2番目に話し合う項目について発言すると、ソフィアがかわいらしく首を傾げる。

 どうやら純粋にその項目が議題に上がるのか疑問に感じているようだ。

 情報共有をオフにしてあるのも原因かもしれないが。


「そうだ。ダスクの街と戦った時など何かあった時には、所属する冒険者ギルドに報告する。……まぁ、ダスクの街との戦いはもうないと思うが。だが、『強羅居組』の件は冒険者ギルドを通さない個人的なものだ。俺個人としては報告に行かなくてもいいのでは?と思っているんだが……」


 クエストや依頼という手順を踏んでいない以上、報告の義務はないかと思います。ですが、『強羅居組』はかなり強大な組織です。組織のトップを潰したことは報告するべきでしょう]


 俺の言葉にソフィアは微妙な表情を浮かべてそう答えた。

 報告する義務はないが、相手が強大な組織だったから形式上だけでも報告したほうがいい……ということなのだろう。

 そんな中、ルミアだけは難しい表情をしているのが気になった。


「……正直、冒険者ギルドで勤めていた者としては報告はして欲しいところですね。個人的な案件とは言えど、『強羅居組』は誰も手がつけられなかった組織です。そのトップを倒したとなれば、僅かばかりの報奨金もでるでしょう。王都や帝国なら文句を言われるかもしれませんが、ここはウダルですので問題はありませんし」


「ふむ……。『強羅居組』は奴隷売買や違法な薬を取り扱っていたんだよな。そう考えるとウダルの街が被る被害を食い止めることができたと言えないこともないのか」


 そう考えると報告しに行った方がいいような気がしてくる。

 明日あたりにでも行くか……?

 でも、明日はゆっくりしたいんだよなぁ。


[ルミアの言い分はもっともですが、それは明日までに報告した方がいい……ということなのですか?]


 俺の表情から内情を察したソフィアがルミアに質問をする。

 ルミアも同じことを考えていたのか、両肩をすくめて困惑した表情を浮かべる。


当日かその翌日には報告してくださると色々な作業がスムーズに行くようになります。ですが、ダスクとの戦いの後すぐに今回のことがありましたし、少しくらい遅くなってもいいのではないでしょうか」


「遅くてもいいなら個人的には助かるんだよなぁ。さすがに連続で大きな戦闘があったから疲れたんだよなぁ……」


[大きな戦闘というよりも大規模な蹂躙だと思うのですが……。まぁ、それは今更ですね」


 俺とルミアの会話を聞いていたソフィアは呆れた表情を浮かべる。

 ……いや、俺だって好きで大規模な蹂躙をしているわけではないからな?

 なんかタチの悪いやつらが絡んでくるから撃退していたらそうなっていただけで。


「と、とにかく!ウダルのギルドマスターには今回のことについての報告は行う。だが、それは俺達の……というか俺の疲れが癒されたらということで。これで問題はないか?」


[そうですね。とりあえずはそれで大丈夫でしょう。さすがに冒険者ギルドも旭を敵に回してまで報告を急いてくることはないでしょうし。私は問題ないかと]


 ソフィアは俺の意見に異論はないようだ。

 まぁ、ウダルのギルドマスターは俺を敵に回したくないと言っていたし、妥当な判断かもしれないな。

 個人的にはそんな面倒なことはしたくないんだが。


「うーん……。旭さんが後日行くとしても向こうからこの家に来るんじゃないでしょうか?王都の冒険者ギルドからも催促が来ると思いますし」


 ルミアの意見は若干違うものだった。

 ……そういえばダスクの件も王都冒険者ギルドからの通告は使いの者をこちらによこしてきた。

 上の存在には逆らえない……それは異世界でも変わらないようだ。


「かもしれないなぁ……。だけどしばらくはのんびりしたいんだよね。……ソフィア、門にしばらく応答できない旨を書いた紙を貼っておいてくれないか?」


[わかりました。ついでに先の戦闘で使用した【聖域】を神格を付与した【聖断】に切り替えておきましょう。あれが展開されている限り強行突破を試みることはないでしょうし」


 俺の言葉にソフィアがさらなる案を提示してきた。

 というか、あの【聖域】はまだ展開していたのね。

 1枚も破れなかったゴーンの召喚獣達の力の弱さが露見しているかのようだ。


「じゃあ、それも合わせて頼んだ。……話しすぎて疲れたな。よし!少し飲みの時間としよう!大人だけというのは最近なかったしな」


 レーナ達は疲れてしまったから寝てしまったが、普段は俺達と同じ時間まで起きていることがほとんどだ。

 こんな風に大人だけでお酒を飲むというのは滅多にない。

 だからこそ大量のお酒を用意した……んだが。


「そうですね!こんなにお酒を飲むのは初めてですが……。旭さんとソフィアさんと飲むお酒は楽しいですし、今日はとことん飲みますよ!」


「いや、ルミアは酒に弱いんだからあんまり無理するなよ?今だって真っ赤な顔をしているんだから。後、この後も話し合う内容はあるからな?おーい、俺の話を聞いてくれー!」


 俺の言葉にルミアが気合を入れ直してワインを飲む。

 制止の言葉も聞かず、ワインをどんどん飲んでいく。

 というか、お酒を取り上げようとすると駄々をこねるとかどんだけ飲みたいんだよ!


[……これは話し合いにならない予感がしますね]


 そんな中、ソフィアが冷静にそう呟いた。

 俺と同じで酒に強いソフィアは二杯目のテキーラのロックを飲んでいる。

 でも、今それを言うのはやめて?

 それ絶対にフラグにしかならないから!


 〜話し合い開始から2時間後〜


「あさひしゃん!話し合いはまだ終わっていないでしゅよ!?ほらほら、もっとにょんで語り合いましょう!」


「ルミア!流石に飲みすぎだ!っていうか、ダスクのギルドマスターと飲んだ時はそこまで酔ってなかっただろう!?」


 いつの間にかルミアは2リットルほどあったワインを1人で飲み干し、度数の強いお酒をちゃんぽんきていた。

 そんなルミアは顔をリンゴのように真っ赤にしながら俺にお酒を突き出してくる。


 いや、これは明らかに異常だ!

 昔飲んだ時はせいぜい抱きついてくるだけだった。

 今は……いつの間にか全裸になり、獲物を狩るハンターの目をしている。


「あにょ時はゴミでクズで人間としても最低なギルドマスターがいたから遠慮したいたのです!今は何も遠慮することはない……にゃ!」


「言葉もおかしいからな!?襲われるのは吝かではないが……えぇい、ソフィア!」


 俺はジリジリと後退しながらソフィアの名前を叫んだ。

 こんな状態のルミアと話し合いを続行するのは無理だと判断し、ソフィアに助けを求める。


[はぁ……やはりこうなりましたか。ルミア、旭を襲うのはまた今度にしなさい。……【人魚の子守唄ララバイ】]


「……ふにゃ!?あさ……ひ……しゃん……zZZ」


 ソフィアが聞いたことのない魔法を使った。

 不意打ちでソフィアの魔法を受けたルミアは机に突っ伏して眠りにつく。

 ……まったく。

 幸せそうな顔をして眠りやがって……。


「ソフィア、助かったよ。聞いたことのない魔法だったが、その……大丈夫なのか?」


[【人魚の子守唄】は上級魔法ですし、ルミアには影響はありませんよ。……酔いが覚めた時に落ち込まないよう記憶の操作は施しましたが]


 俺がおずおずとソフィアに尋ねると、ソフィアは肩をすくめてそう答えた。

 ……たしかに先ほどまでのことを考えると記憶を操作しておいた方がルミアのためになるかもしれない。


「それならいいんだけどね。今後はルミアにアルコール度数の高いお酒は勧めないようにしよう。……じゃあ、話し合いの続きをしますかね。まだ飲めるだろ?」


[えぇ、もちろんですよ。今夜中にスキルをどうするかの検討をしてしまいましょう]


「[乾杯……!]」


 俺とソフィアはそう言うと、ジョッキに注いだワインを飲み始めた。

 ガフスにも付与された【成長促進】……どうにかして意識的に発動できるようにしなくては。

 そして、ルミアを起こさないように念話で話し合いを継続するのだった。

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