第138話 幕間の物語–夏の聖典(C96)と旭一行 終幕–

「ねぇ、にぃに。ユミ達は今どこに向かっているの?」


 俺に肩車をされているユミが俺の頭を軽く叩きながらそう尋ねてきた。

 その姿を見た女性の一般参加客が微笑ましい視線でユミと俺を見ている。

 ……正直ユミの能力も上がってきているから、チート級の防御を持ってしても少し痛いのだが。

 ちなみに今はイベント会場に入り、南館に向かって歩いているところだ。


「ん〜?昨日、彰が売り子しているという情報を聞いたし、まずはそこに行こうと思う。えっと、たしか南館の……。ソフィア、場所はどこだったっけ」


[南ソの2◯–aですよ、旭。詳しい場所のメモをもらったのではなかったのですか?]


 俺の質問にソフィアが若干呆れたような声で答えてくれる。

 なんでメモを見ないのか……そんな感じの声色だ。

 いや、メモはもらったけどこの状態じゃ出せるわけがないって。

 そんな俺の心の声が聞こえているソフィアは小さく肩をすくめる。


「まぁまぁ、ソフィアさん。旭さんをあんまり責めないであげてくださいな。ところで、旭さん。南館の即売会場に向かうのはいいのですが、この人混みの中で目的の場所にたどり着けるのでしょうか?」


 肩をすくめるソフィアに苦笑していたルミアは、げんなりとした表情を浮かべて前方を眺めた。

 俺達の前方と後方には、南館の連絡通路を埋め尽くさんばかりの人が南館に向かって歩いている。

 どうやら途中で南1・2ホールと南3・4ホールに分かれるみたいだが、目的別の列に移動するだけでも大変そうだ。

 ルミアは周りに男が多いことから俺にくっついて歩きたいのかもしれない。


「そうだなぁ……。南館でのイベントが初めてと言うこともあるのか、人混みがすごいんだよなぁ……。最悪の場合、時間を止めて転移魔法で行くとしよう」


「いや、お兄ちゃん。そんなことしたらまた警備の人がやってきちゃうからね?前回みたいに警察に追われながらアマリスに帰るのは嫌だよ?」


「リーアの言う通りだよ、旭お兄ちゃん。前回は近づけないようにハイエンジェル達が守ってくれていたから手を出さなかったけど、今回は間違って手を出してしまうかもしれないし」


 俺の意見を聞いたレーナとリーアは即座にその意見を否定してきた。

 レーナに至っては瞳の光を消して、僅かな殺気を周囲に振りまいている。

 2人とも前回の時に警察に囲まれたことが嫌な思い出になっているようだ。

 ……まぁ、最後はゆっくりすらできなかったからそう思ってしまうのは仕方のないことかもしれないが。


「2人がそう言うのであれば転移はやめておこうか。だが、きつくなったらすぐに言えよ?俺としてはイベントも大事だが、レーナ達の方が大切なんだから」


 俺はそう言うと、繋いでいた手を一瞬だけ離してレーナとリーアの頭を軽く撫でた。

 頭を撫でられたレーナとリーアは気持ちよさそうに目を細めている。

 殺気を振りまいていたレーナも落ち着いたようだ。


「列も少しずつではあるけど動き出している。前方の守りはルミアとソフィアに引き続き任せるよ。ルミア、もし周りの男が気になるようなら、ソフィアに【聖断】を展開してもらうようにな」


「はい、わかりました」


[こんな狭い場所での【聖断】はとても目立つと思うのですが……。いえ、それも旭の要望に応えてみせろという試練なのでしょう。ルミア、何かあったら念話でもいいのですぐに言ってください]


「えぇ、その時はお願いしますね」


 俺の言葉を聞いたソフィアとルミアは、決意を新たに前方に視線を戻す。

 男の視線が気になっていたルミアだったが、今の会話で自信を取り戻したようだ。

 ソフィアに任せておけば、何かあってもすぐに対処できるだろう。


「さてと……。彰はどこにいるのかなぁっと」


 俺は【遠視】の魔法を使用しながら、彰のいるサークルがどこにあるのかを探しながら歩く。

 ……他の人は危険なので真似しないようにお願いしたい。


 ▼


「おぉ、ここか。……彰、お前1人だけ浮いていないか?今日もその姿なのか?」


「……この姿の方がフォロワーさんに認知してもらえると思ったんだよ。周りから浮いているのは……言うな」


 俺達は彰のいるブースにたどり着いた。

 その場所は8月作品関連の同人誌が集まっている。

 俺が今はまっているゲームのキャラ達の同人誌もその場所(島というらしいが)で売られているようだった。


 ちなみに、彰は昨日と同じ背広にオールバック、サングラスという姿で椅子に座っている。

 流石にサングラスは現在かけていないが、それでも周りから浮いているから刺激の強い服装だと思う。

 ……俺も昨日この格好していたと思うと思うところがあるんだが……。

 それはまるっとスルーを決め込むことにした。


「彰さん、この方は……もしかして……」


「初めまして、私は響谷旭と言います。そちらにいる彰さんの知り合いです」


「む〜……。にぃに、なんでかた車をやめちゃうの」


 彰の隣にいたダンディーな雰囲気を醸し出している男性が、こちらをみて驚いた表情を浮かべた。

 俺はユミを肩から降ろして、丁寧に自己紹介をおこなう。

 肩から降ろされたユミは不満そうな表情をしていたが、すぐにレーナとリーアに慰められている。

 ……いやいや、肩車したまま挨拶するのは相手に失礼だろうに。


「これはこれはご丁寧にどうも。私はこのサークルで活動している夏麗祭といいます。貴方のことは彰さんからお話は伺っていますよ。……まさか、あの小説のキャラを実際に見ることができるとは思っていなかったですけれども」


 夏麗祭と名乗った男性はそう言いながら感慨深そうにレーナ達を見つめていた。

 彰は小説を書き始めたことでクリエイターの方々との交流の輪を広げたようだ。

 俺も異世界転移していなかったらこんな感じになっていたのだろうか。


「並行世界だからこそ……かもしれませんね。あ、新刊と既刊を一部ずつください」


「ありがとうございます。2冊で500円ですね」


 俺は彰が売り子をしているサークルの本を購入した。

 夏麗祭さんに500円玉を渡して、【無限収納】に本をしまう。

 俺のことを知っているならスキルである【無限収納】を見せても問題はないだろう……。

 と思ったんだが、どうやら驚かせてしまったようだ。

 ……なんかごめんなさい。


「ねぇ、レーナ。お兄ちゃんが敬語を使っているのってかなり久しぶりじゃない?」


「うーん、言われてみればたしかにそうかも。旭お兄ちゃんが敬語を使っていたのって、ルミアお姉さんと初めて会った時が最後だった気がする」


「冒険者が敬語を使うと相手に舐められてしまいますからね。それが逆手になることもありますから、敬語を使わないのは仕方のないことかもしれません。こちらの世界では目上の人や初対面の人には敬語を使うのがマナー見たいですが」


 俺と夏麗祭さんの会話を聞いたレーナとリーア、ルミアは敬語について話し合っている。

 そんなに変だったかなぁ?

 異世界転移する前は年上だろうが年下だろうが敬語で話していた。

 というか、仲良くなっても敬語を外す機会がわからなくて敬語を使っていた……というのもあるんだが。


「あぁ、今回はそちらのレーナさんを描かせていただきました。もし時間があったらご覧ください」


「ありがとうございます。向こうの世界に戻ったらゆっくり拝読しますね」


 俺は夏麗祭さんにお礼を言って彰の方に向き直った。

 彰はソフィアと何かを話しているようだ。

 話している……というよりもアドバイスをもらっているという感じか?


「おい、彰。お前……まさかソフィアを俺から奪うつもりか……?」


「違うわ!せっかくだから小説のネタを提供してもらっていたんだよ。魔法名とか考えるのが苦手だからな。ソフィアやレーナ達が創造した魔法とか教えてもらったんだ。というか、今朝俺は寝取り属性はないって説明しただろうが……」


「……それもそうか。それならいいんだが……。妙な真似をしたら許さないからな?」


 どうやら彰はソフィアから魔法名について情報を収集していたようだ。

 オリジナル小説を書いている人間としては、魔法のネーミングセンスに悩むところがあるのだろう。

 俺は彰の少し慌てたような声に溜飲を下げたが、念のために牽制する。

 そんな俺を見たソフィアが俺に近づき、背伸びして俺の頭を撫でた。


[大丈夫ですよ、旭。たしかに彰は並行世界における旭と同じ人物です。ですが、私達が好きになったのは旭という1人の男性なのですよ?いくら別世界の同じ人間だとしても、旭以外の男に靡くことは未来永劫ありません。催眠やら媚薬やら使われたところで、今の私達には状態異常無効の加護もあります。そんなに心配する必要はないのですよ]


「……なぁ、旭。なんで俺がフラれたみたいな雰囲気になってんの?俺何か悪いことしたか?してないよな?」


 ソフィアの言葉にレーナ達がうんうんと頷いている。

 どうやら俺の杞憂だったようで少し安心した。

 状態異常無効の加護については今初めて知ったが、ステータスカードに反映されない項目なのかもしれない。

 そんなソフィア達の言葉を聞いた彰はショックを受けているようだが。

 まぁ、お前はこっちの世界でいい女と結婚してくれ。


「じゃあ、彰。俺達は他のサークルも見て回るよ。ほい、これは俺からの差し入れだ」


「ん?旭が俺に差し入れ?……っていうか、これはなんなんだ?」


 俺は彰にとあるものを手渡した。

 それは彰が始発の電車に乗り込んだ後に創造したものだ。

 受け取った彰は訝しげな表情を浮かべているが。


「これはだな……。俺が【クリエイト】で創造したエリクサーだ。エリクサーといっても不老不死になる効果はないただの万能薬なんだがな。再転職できた祝いの品だと思ってくれ。あぁ、ちなみに飲み干しても補充されるようにされてある。だからといって他の人間にあげないようにしろよ?確実に問題になるからな」


「そんなもの俺に手渡すなよ!確実にいろんなところから狙われる代物だろうが!いや、エリクサーそのものはうれしいけれども!」


「ここにいる人間の記憶は操作しておくから気にするな。あ、もしよければ夏麗祭さんもこれをどうぞ。恐らく昨日、彰と一緒にいた人ともお知り合いですよね?その方にも渡しておいてください」


 俺は驚く彰を無視して夏麗祭さんにもエリクサーを手渡す。

 昨日彰と一緒にいた男性の分も合わせて2本分だ。

 彰のと違って自動的に補充される機能は制限しているが。


「こんな貴重な品を……ありがとうございます。もう1人にも他の人に言わないようにしっかり伝えておきますので」


「はい、そうしていただけるとありがたいです。この世界でも指名手配されると流石に面倒ですし」


 俺は夏麗祭さんがエリクサーを受け取ったのを確認し、【神威解放】を発動する。

 そして……【マルチロック】をビックサイトに来ている人を対象にする。


「今俺が話した言葉、スマホで撮った写真……その全てを抹消させてもらうとしよう。……【情報混濁空間】」


 俺が放った魔法によってエリクサーの情報は全て消し去られる。

 実際には確認できないが、ソフィアが念話で効果があったことを教えてくれた。


「では、私はこれで。彰、俺がいう資格はないが無理はするなよ?」


「はい、旭さんもお気をつけて」


「俺よりお前の方が無理するなよ?チートだって万能じゃないんだからな」


 俺は夏麗祭さんと彰の言葉を聞いて、他のサークルに向かうべくブースを離れた。

 周りにある同人誌はレーナ達が買っておいてくれたようだ。


「じゃあ、別のところも見て回るとするかな。今日は豪遊しよう」


「「「「[はーい!]」」」」


 俺はレーナ達に声をかけて会場内を歩いていく。

 今回のイベントでは様々なことがあった。

 彰に会えたこともそうだし、俺達のことを知っている人にも会えた。

 向こうに戻ってからも今日の出会いは忘れないだろう。


 ユミとソフィアも含める全員で参加した夏のイベントは前回と違って実りのあるものだったと考える俺なのであった。


 ーーーーその後ーーーー


「彰さん……これ……売ったらどれくらいの価値になるんでしょうね……」


「……それを考えるのはやめておきましょう。出所を説明できるとは思えませんし、これは私達3人が墓場まで持っていったほうがいいかと」


「やはりそうなりますか……。では、絶対に他言無用という事で……」


「そうしましょう……」


 彰と夏麗祭の2人は真剣な表情を浮かべてそう決意を新たにしていた。

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