第136話 幕間の物語–夏の聖典(C96)と旭一行 偶然の出会い–

「そうか……旭の世界ではそんなことになっていたんだな……」


「いやいや、彰こそ大変だったな。だが、病院に無事転職できたようで安心したわ」


 俺と彰は8月ブースの近くの壁でお互いに近況を話し合っていた。

 客観的に見たら同じ格好の人間が向かい合って話し合っているという奇妙な光景に見えることだろう。

 スーツの背広を着て、オールバック、サングラスをかけているから仕方ないのかもしれないが。


 ちなみにイベント会場内で立ち止まっていると、スタッフさんに怒られてしまう。

 その為、俺は【遅延空間】を展開して雑談の場を設けた。

 近くではレーナ達5人が俺が買った夏◯ミセットの中身を物色している。


「俺が書いている小説ではそこまで進んでいなかったんだけどな。まさかダスクが敵対してくるとは……」


「よっぽどルミアがいなくなるのが嫌だったんだろうさ。まぁ、あれは自業自得だと思うけどな」


「それは旭が正しい。アーガスは一度痛い目にあった方がいいと思うわ」


「アーガスって誰だ?」


「……そういえば旭はダスクのギルドマスターの名前を覚えようともしていなかったな」


 彰の言葉に首をかしげると、彰はどこか遠くを見てそう呟いた。

 ダスクのギルドマスターの名前なんて覚える必要性がなかったから、どんな名前だったのか覚えていないんだよなぁ。

 ……うん、今でも覚える必要はないな。


「まぁ、ダスクのギルドマスターの話はどうでもいいんだ。彰、お前は病院に再転職したと言っていたが、いつ頃転職したんだ?」


「転職したのは6月16日頃だな。裁判が不起訴になって、家庭裁判も示談になった。父親の単身赴任解除の話もあったし、そろそろ元の職に戻ろうと思ってな」


 彰はたははと苦笑いを浮かべた。

 あの一件が解決したのは知っていたが、単身赴任が解かれる話も出ていたとは。

 たしかにパートの手取りだけでは一人暮らしなんざ到底無理だろう。

 手取り13万じゃ毎月の必要経費を払うだけでほとんどなくなるからな。


「そういう意味ではいいタイミングだったと思うわ。まさか一ヶ月で即戦力に加えられるとは思わなかったけどな」


「国家資格を持っているからこその待遇ですね。1年近くフリーターをやっていたとはいえど、今まで経験してきた技術は体に染み付いているものです。だからこそ彰さんは就職した後も安定しているのではないでしょうか」


 俺と彰が話していると、ルミアが笑みを浮かべて近づいてきた。

 周りとの時間が遅くなる【遅延空間】を展開しているからなのか、ソフィアに頼んで【偽装】を解除してもらったようだ。

 ルミアは俺達の近くにやってくると【無限収納】から飲み物を取り出して、俺と彰に手渡した。


「旭さんも彰さんも水分補給を忘れていますよ。待機列に並ぶ前にコンビニで買っておいたこれを飲んでください」


「「あぁ、ありがとうルミア」」


 俺と彰はルミアから1リットルの清涼飲料水を受け取って口にする。

 水分と同時にミネラルとアミノ酸を摂取できる大手メーカーの飲料水だ。

 俺達2人は飲み物を飲むと、ホッと一息をつく。


「……さてと、俺はそろそろ行くとするかな。そろそろSNSのフォロワーさんがこっちにくるみたいだし」


「彰……お前……。相変わらずいろんな人との付き合いがあるんだなぁ。今の俺にはできそうにないわ」


「いやいや、旭。お前はレーナ達という嫁がいるだろうが。それを他の男に聞かれたら確実に恨まれるぞ?」


「いや、そうなる前に去勢するから」


 俺と彰は互いに本音をぶつけ合う。

 それでも嫌な気分にならないのは別世界の自分だからだろう。

 俺はアマリスに転移してレーナ達と出会えた。

 逆に彰は創作活動を通じてSNSで交流の輪を広げていった。

 客観的に見ればそれは別の人生だろう。

 だが、いくつもある分岐の一つなのだと思うと感慨深くなる。


「あぁ、そうだ。旭は明日の◯ミケも参加するのか?もし参加するなら南のソにきてくれ。フォロワーさんのご好意で売り子として参加しているから」


「まじか!となると、明日も参加しないといけないな。ちなみに詳しい場所はどこなんだ?」


「あぁ、それに関してはメモを渡しておくとしよう。明日来るのを楽しみにしている。じゃあ、また明日会おう」


 彰から明日参加するというブースの詳細が書かれたメモをもらった俺は、それを一旦ルミアに手渡した。

 詳しい場所はここでは記載しないが、このメモに書かれた場所に行けば彰に会えるようだ。

 ……まさかサークル側として入場しているなんて思いもしなかったけどな。


 俺にメモを渡した彰は満足そうに頷くと、俺の展開した【遅延空間】から元の空間に戻っていった。

 彰が空間から出たのを確認した俺は【遅延空間】自体を解除する。

 もちろんルミアの【偽装】はソフィアにかけ直してもらってある。


「や、八神さん……。もしかしてあの人達は……」


「えぇ、別世界の私です。貴方が描いてくださった絵の通りかわいい嫁もいるでしょう?」


「そうですね……まさか実在するとは!後で詳しい話を聞かせてくださいね」


 彰が【遅延空間】から出た瞬間に、フォロワーさんも到着したようだ。

 俺とレーナ達5人を見てまさか……!と目を見開いてこちらを見ていた。

 その様子を見た彰はうまくごまかしてそのフォロワーさん達を連れて別の場所に向かって歩き始める。

 いや、ごまかしというか……後で説明をするのだろう。

 会話の流れ的に俺達のことを知っているみたいだったし。


「ねぇねぇ、にぃに」


 俺が徐々に遠ざかっていく彰を見送っていると、ユミが服をくいくいと引っ張ってきた。

 その後ろにはレーナとリーアの姿もあり、期待に満ちた目で俺を見つめている。

 ……なんだ?この3人は俺に何を言いたいんだ?


「どうした、ユミ」


 心の中の動揺をなんとか隠しつつ、ユミに何があったのか尋ねる。

 すると、レーナとリーア、ユミの3人は『せーのっ』と声を合わせて、俺に深々と頭を下げた。


「「「あの夏◯ミセットが欲しくなったので、買ってくださいお願いします!!」」」


 どうやら俺が購入した夏コミセットの内訳を見て自分も欲しくなったようだ。

 そんな3人に苦笑いを浮かべた俺は、【魔力分身】で分身を2体召喚する。

 周りでは手品か何かと思われているようだ。

 手品で外見が同じ人間が突如として現れるわけがないだろうと苦笑しながらも、分身2体をレーナとリーアに割振ってから再び待機列の最後尾に向かう。


「さて、今度はスムーズに買えるんかねぇ」


 俺は三箇所から見えてくる景色を見ながらそんなことを呟く。

 目の前では先ほどよりもかなりの人が並んでおり、順番が来るのを今か今かと待ちわびていた。

 レーナ達の手を離さないように握りながら、俺は順番が来るまで並ぶのだった。

 周りからの視線?そんなものはスルーしておけばいいのさ。


 ▼


「レーナ達の分も無事に買えたな。今日はもう買う予定のものもないし、そろそろ帰るとしようか」


 3人分の夏コミセットを買った俺はソフィアとルミアの2人が待っている外の一角に向かう。

 魔力で探知できるから居場所はすぐにわかるのだが……魔力が示す先は人の壁が出来上がっていた。

 まさか……!


「すみません〜!写真お願いしてもいいですか!?」


「それはなんのコスプレですか!?かなり可愛いですね!」


「目線をこっちに!こっちにお願いします!!」


 ルミア達を取り囲んでいたのはマナーのなっていないカメラ小僧達だった。

 今回、スパッツは履かせてあるがスカート姿の私服を着ているレーナ達。

 カメラ小僧達はこぞってローアングルから写真を撮っている。

 写真を撮っていいですか?と聞きながら、無断で写真を撮るとは……マナー違反もいいところである。


[写真はご遠慮願います。私達は人を待っているだけです。迷惑ですのでおやめください]


「そんなこと言わないでくださいよ〜!」


「そうだ!誰を待っているか知りませんけど、この後一緒にご飯でもどうですか!?美味しいお店知っているんですよ!」


「……旭さんと約束しましたし……殺さないように我慢しないと……でも……」


 カメラ小僧達の不躾な態度にやんわりと断り続けているソフィアと、身体を震わせて殺意をどうにか抑えているルミア。

 俺はカメラ小僧の1人が言った『一緒にご飯でもどうですか!?』に強烈な殺意を覚えた。

 ……誰の女をオフパコに誘っていやがる……と。


「運営やイベントスタッフに言ったところで対応はしてくれないだろう。……マナーがなっていない奴は何が起きようと自業自得だよな?そう思わないか?」


「うん……パパの言う通りだね……。マナーを守らない人はいると聞いていたけど、あんなにいるなんて。100人は軽く超えているんじゃないかな?」


「お兄ちゃんがいなくなった瞬間を狙ったとしか思えないよね。……お兄ちゃん、何かいい手はあるの?」


「もちろんだ。ああ言う奴らは……痛い目にあってもらわねぇとなぁ?」


 リーアの質問に俺は獰猛な表情を浮かべる。

 あいつらはやってはいけないことをやってしまった。

 今から何をされても反論は許さない。


「さぁ、殺るとしようか。【遅延空間】の対象を[ROY]以外の人間に指定」


 俺は【遅延空間】を発動し、時の流れを遅くする。

 対象の指定を変えれば【時間遅延】と似たようなことができる。

 その分多くの魔力を消費するが、膨大な魔力を有している俺には関係がない。


「【神絢解放】。ユミ、リーア。カメラ小僧が持っているカメラとスマホだけ叩っ斬ることはできるか?」


「えぇ、もちろん可能です。お兄様の期待には答えて見せましょう。【神剣小太刀】、【日向政宗】をこの手に!」


「私の剣は命を吸い取るものなんだけど……機械もいけるのかな?【吸生の死剣】!」


 俺の言葉を聞いたリーアとユミはその手に獲物である刀を装備する。

 ユミは【神絢解放】の効果で髪色が水色に変化している。

 これで準備は整った。

 俺は男達の方を指差し、作戦開始の合図を告げる。


「俺の女を狙う不躾な男どもに制裁を!頼んだぞ、2人とも!!」


「「はい!!」」


 リーアとユミは全力で男達に向かっていく。

 俺は男達に少しでも触れないように【聖断】を2人の体に纏わせる。

 これで問題はないだろう。


「ねぇ、パパ。私はどうしよう?」


「レーナはハイエンジェルを呼び出して、空中からルミア達を迎えに行ってくれ。大丈夫だとは思うが、ルミアは精神的にダメージを受けている可能性も高い。その時は回復魔法を頼む。……神霊魔法も使えたよな?」


「もちろん!……【眷属召喚:ハイエンジェル】!ルミアお姉さん達を助けに行くよ!」


『『了解しました、レーナ嬢!この命に代えても2人をお救いします!』』


 俺の言葉にレーナは大きく頷いた。

 2体のハイエンジェルを召喚したレーナは、ハイエンジェルの背中に乗って人ごみの中心に向かっていく。

 さて……と俺も行動を開始するとしようかな。

 人の女を不躾に誘う精神異常者の始末をしなければならない。


 携帯やカメラといった証拠が残りそうなものはリーアとユミに破壊させている。

 後は……二度とこんなことをしたくないように粛正するだけだ。

 日本だから殺すってことはできないんだけどな。


「レーナは無事に2人を救出したか。じゃあ、場所を入れ替わって……。【空間遅延】を解除」


 俺はソフィアとルミアを含む5人が隔離空間に避難したのを確認して、ルミア達が立っていた場所で【遅延空間】を解除する。

 解除した瞬間、男達の悲鳴が聞こえてきた。

 それもそうだろう、写真を撮っていたらカメラやスマホが壊されていたのだから。


「俺の一眼レフカメラが!!!」


「というか、お前は誰なんだよ!先ほどのかわい子ちゃんをだせ!」


「……マナーを守らずに人の女を口説いたくせに何を言っていやがる。……マナーが守れないなら◯ミケにくるんじゃねぇよ!!」


 俺は口々に文句を言う男どもに殺意を向ける。

 今している格好も相まって怯ませることはできたようだ。


「チッ……。こんなことをしてタダで済むと思うなよ!?器物破損の疑いで訴えてやる!」


「だったらこちらは人権侵害で訴えるだけだ。マナーも守れないようなクズが訴えるとか言ってんじゃねぇよ、みっともない。後、逃がさないからな?【聖断】!」


「クッ……!なんだよこの壁!ここから出しやがれ!」


「二次元じゃないんだから壁なんてあるはずが……いてぇ!?本当に壁がありやがる!」


 後ろにいた男達は我先に逃げようとしていたが、そんなことを許すはずもなく。

 俺は【聖断】で男達の退路を塞いでからゆっくりと空中に飛び上がった。

 展開した【聖断】のおかげで周りからは見えなくなっているから目立つことをしても問題はない。


「……お前達は俺の女を狙った。だが、この日本では人を殺すのは御法度だ。だから……お前達が今後女性を性的な目で見られないようにしてやろう」


「まさか……!?お、おいやめろ……!そんなことされたら30年間守り続けてきた童貞が……!」


「落ち着け!この人数でそんなことができるわけがないだろ!ただのハッタリだ!」


「それならなんであの男は空中に浮かんでいるんだよ!」


 周りにいた男達は俺の言葉を聞いてパニック状態になる。

 俺がこれから何をするつもりなのか理解したのだろう。

 ……だが、もう遅い。

 ーーーーイベントマナーもとい人間としての最低限のマナーを守れない奴は粛正しなければ。


「……男としての尊厳を完膚なきまでに失うがいい。……【全徐精】!!」


「「「「「アッーーーーーー!!!」」」」」


 俺の魔法が発動し、男達は悲鳴をあげながらその場に倒れこんだ。

 魔法による切除なので血は出ていない。

 今回は一緒にトラウマとなる映像も頭に流したので精神的ダメージによるものだろう。


「さてと……。男達に制裁を加えることもできたし、今日のところは帰るとしよう。ソフィア、隔離空間を出してくれ。秋葉原上空まで行って、空中で隔離空間を維持するぞ」


(Yes,My Master。隔離空間をそちらに向かわせますので、【遅延空間】を再度展開してお待ちください)


 俺の言葉にソフィアが念話で答えてくれる。

 空間を再度展開していると、数分でソフィア達が乗り込んでいる隔離空間が現れた。

 俺はその空間の中に入り、外の魔法を全部解除する。


「じゃあ、今日は疲れただろうし。隔離空間の中でゆっくりしてくれ。必要なものがあったら創造するから」


[では、移動を開始します。……隔離空間の形状を飛行モードに。では、旭。行きましょう」


 ソフィアの言葉を聞いた俺達は大きく頷く。

 買うものが終わったこの場所に今日はもういる必要はない。

 そんなことを考えながら秋葉原の上空に向かうのだった。


 その後、ニュースで大勢の男が倒れているのが報道されていたようだ。

 だが、全員熱中症として判断されて病院に搬送されたらしい。

 ……室外でよかったわ。

 これに懲りたらマナー違反なことはしないでもらいたいものだ。

 オカマになったから無理だとは思うけどな。

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