第135話 幕間の物語–夏の聖典(C96)と旭一行 2日目–


「うわぁ……。ねぇ、お兄ちゃん。あれ全部イベントに参加する人なの?」


「前来た時はそんなに多くは無いと思っていたけど、こう見るとかなりの人数が来ているんだね。旭お兄ちゃん、この人達は何が目的なの?」


 待機列に並ぶ沢山の人を見たレーナとリーアがどんよりとした声をあげる。

 朝8時過ぎの東京テレポート駅には、企業ブースに向かう人が列をなして最後尾を目指している姿があった。

 俺は懐かしい気分に浸りながらレーナとリーアの頭を撫でて、目の前の現状を説明する。


「そうだな。今回のイベントの企業ブースとサークルブースは会場が離れているから、ここに集まっている人達は企業ブースが目的の人だ。今ネットで見たらサークルブースに向かっている人はこの数倍はいるらしいぞ?」


「「この数倍……!?」」


 俺の言葉にレーナとリーアはさらに驚いた声を上げる。

 ちなみにユミはよくわかっていないのか、物珍しそうに企業ブースの待機列に並ぶ人達を眺めていた。

 ユミはこんな多くの人間を見たことがないから興味があるのだろう。


「旭さん、流石にこの人数は予想外でしたね……。私達もあの行列に並ぶのでしょうか?」


 レーナとリーアと同じで驚いた表情を浮かべているルミアが俺に尋ねてくる。

 表情は変わっていないが猫耳と尻尾はショボンとしており、あの人混みに混ざりたくないと思っているようだ。

 ……ルミアは【男嫌いの女王】と呼ばれていた。

 以前よりは改善してきたんだが、未だにこれには慣れないみたいだな。


「そんな悲しげな目をするなって……。列には並ぶけど、薄く【聖域】を展開するから必要以上に近づいてくるということはないと思うぞ?」


「本当ですか……?汚らわしい男達に触られたりしませんよね……?」


 ルミアはおずおずと俺の腕に抱きついてくる。

 冬のイベントの時も俺の背中から離れなかったよなぁ。

 それはそれで可愛らしいものがあるんだけど。


「ルミアお姉さん、大丈夫だよ。今の旭お兄ちゃんならどんな攻撃からも守ってくれるから!」


「レーナの言う通りだよ、ルミアさん。今のお兄ちゃんは【神威解放】で神にも等しい能力を保有しているし、その点は問題はないと思う」


 俺の背中に張り付いているルミアの背中を撫でるレーナとリーア。

 2人とも俺の実力を認めてくれるのはいいんだが、周りを見て言って欲しかった。

 周囲にいる人達から「え……?神……?厨二病……?」という声が聞こえてくるんだよ。


 ーーーーちゅ、厨二病じゃないし!

 異世界に転移したら最強のチートに目覚めただけだし!


[まぁまぁ、レーナもリーアもその辺にしておきましょう。このまま立ち止まっていると言うのは他の人の迷惑になりますよ]


「「はーい」」


 ソフィアがレーナとリーアをたしなめて、俺達は待機列の最後尾に向かった。


 ▼


 待機列の最後尾に辿り着き、列が仮固定される。

 俺は全員に【聖域】を再展開しながら、近づいてくるイベントスタッフの言葉に耳を傾ける。


「はい、私の声が聞こえますかーー!?」


「「「「はーーーーい!!!!」」」」


「…………ッ!!」


 イベントスタッフの掛け声に周りにいた人達の返事が響いた。

 いきなり響いた歓声にルミアがビクッとして俺の身体に抱きついてくる。

 今は【偽装】で見えていないが、猫耳と尻尾が逆立っているのが眼に浮かぶようだ。

 そんなルミアを横目にスタッフは満足そうに頷き、次の言葉を発するべく口にメガホンをつけた。


「はい、いい返事ありがとうございまーーーす!!現段階でこの列は仮固定とさせていただきます。9時に動き始めますので、9時になる前にこちらの方に戻ってきてください。場所を離れる際は近くの人に一声かけてからでお願いします!また、戻る場所がわからなくる方もいますので、しっかり現在の場所を覚えておいてください!では、ご静聴ありがとうございました!!」


 ーーーーパチパチパチパチ。


 スタッフの言葉が終わると同時に随所から拍手喝采が聞こえてくる。

 こういうのはこのイベントの醍醐味だよなぁと俺はしみじみと思う。

 注意事項を聞いた他の人達はそれぞれ思い思いにその場に座り始めた。

 これから9時になるまでは待機時間になるからだ。


「よし、じゃあ俺達も座るとしようか。ソフィア、人数分の椅子は用意してきているな?」


[はい、もちろんです。言われたときは何かと思いましたが、今理解しました。時間まで炎天下の中で待機するからこその椅子なのですね]


 俺の言葉にソフィアが【無限収納】から人数分の小さな椅子を取り出して設置していく。

 ちゃんとバッグから取り出したかのように偽装しているから、周りの人間もおかしいと思わなかったようだ。

 ……一つのカバンから六つも椅子が出てきたらおかしいと思うはずなのだが。


「そういうことだ。まぁ、俺は今まで椅子なんか使ったことはなかったんだけど、今回はレーナ達もいるからな。女性を地べたに座らせるわけにはいかないだろ。後は……空間の気温を調整して……。うん、これで暑さは気にならないはずだが……どうだ?」


 ソフィアが取り出した椅子に座って、【聖域】内の気温を調節する。

 調節というか……エアコンみたいな感じの冷風が循環するようにしただけなんだけどな。

 今年の夏は朝の時点でかなり暑い。

 初日は熱中症で倒れた人もいるというし、環境は整えておかないといけない。

 ……え?そんなのずるいって?

 使えるものはなんでも使うのが俺だからそういう苦情は受け付けません。


「すずしい〜……。にぃに、ありがとう〜!ユミ、こっちの世界がこんなに暑かったなんて知らなかったから……」


「いや、それは仕方ないと思うぞ?時間が遡ってるわけだし。ほら、これも舐めなさい」


「うん〜……って、なにこれ!?にぃに、この飴すっぱいよ!?」


「塩分補給ができる梅塩飴だ。ここにくるまでの短い間で汗をかいたと思うから、塩分を補給しておきな?熱中症になってからでは遅いからね」


「はーい」


 ユミは俺があげた梅塩飴の味にびっくりしていたが、理由を聞いて納得したようだった。

 酸っぱそうな表情を浮かべながらも、飴を舐めて水分補給をしっかり行なっている。

 夏場のイベントはこれが怖いんだよな……。

 塩分、水分補給は大切……これは他の人にも守ってもらいたい要項の一つだな。


「さて……と。時間まで後1時間くらいあるな。どこかに行きたいとかあるか?もしあるならついていくが」


「んー……わたしは大丈夫かな。特に行きたい場所もないしね」


「私もレーナと同じかなぁ。出かけるにしても他の人に言い寄られるのは面倒だし」


 レーナとリーアはこの場で待機するようだ。

 個人では特に行きたい場所がないというのは寂しいとも思うが、慣れない日本の地だからそれも仕方ないのかもしれない。

 リーアの理由は至極もっともなもの。

 今でさえこちらを……というか俺の嫁をチラチラと見てくる人が多いからな。


「レーナさんとリーアさんがいかないなら私もやめておきましょうか。……というよりも、今でさえ他の男の視線が気になるのです。……ねぇ、旭さん。この男達を去勢しちゃダメですか?命は取りませんから」


「いや、去勢はしちゃダメだからな?それは男の二番目の命だからな?襲いかかってきたらその限りではないが」


「「「「「…………ヒッ!!」」」」」


 ルミアは瞳の光を消して、その手に【神剣】を取り出した。

 首を傾げて男達を睨みつけるその姿は鬼といっても過言ではないだろう。

 俺は苦笑を浮かべて【神剣】を取り上げた。

 今の一言でドM以外の男はわかりやすい態度を取っていたから問題はないだろう。


「ユミもいいかなぁ……。周りを見ているだけでも面白いし、にぃにやお姉ちゃん達と一緒にいたいなぁ」


[旭、このメンバーの中で周りに興味を持つ者はいませんよ。もし行くとなったら全員でということになるでしょう。この世界ではハイエンジェルやデススネークに荷物番をさせるわけにも行きません。この場所で時間まで待機することをお勧めします]


 ユミは俺達と一緒に居たいからその場から動きたくない。

 ソフィアはレーナ達が動かないならその場にいた方がいいという思いのようだ。

 まぁ、5人が動きたくないなら無理に動く必要もないか。


「じゃあ、時間まで待機するとしよう。あ、充電がなくなりそうなら教えてくれよ?炎天下の下でのスマホ操作はすぐに電池無くなるからな」


[旭、貴方も疲れたでしょう?少しの間仮眠を取ってください]


「あぁ、すまんなソフィア。お言葉に甘えるとするよ」


 俺はレーナ達にスマホの注意点だけ伝える。

 そんな俺を見たソフィアは自らの膝をポンポンと叩きながら、仮眠をとるように催促してきた。

 眠気が酷かった俺はその言葉に甘えて、ソフィアの膝の上に頭を置く。

 その瞬間、レーナ達や周りの男達から嫉妬の声が上がったが……今は無視だ。

 周りにいる男が暴力で解決しようものなら頭上に展開した【勲章を無くす病:透明化、自動追尾型ミサイル】が発動する。

 それが発動しないことを心の奥底で願いつつ、列が動くまでの間仮眠をとることにするのだった。


 ▼


「それでは!これよりC96の2日目を開催します!!」


 ーーーーパチパチパチパチ!!!


 会場からイベントの開始のアナウンスがなり、周りから拍手が巻き起こる。

 仮眠を取ってから2時間後の10時。

 イベントは開催された。


 俺達は動き出す列に合わせて、会場に向かっていく。

 会場に入るまでは規則正しく歩いていたが、会場に入った瞬間に走り出す人がちらほらいた。


「ねぇ、にぃに。あの人達はなんで走るなと言われているのに走っているの?」


「……あれは確実に物品を手に入れるという欲望に負けた人間の姿だ。ユミはああいう自分勝手な人間になってはダメだぞ?」


「さすがにあんなことはしないよ〜。にぃにも欲しいものがあると言っていたのに、のんびり歩いているからなんでだろうと思って」


 俺の言葉にユミは心外だと言わんばかりに首を横に振った。

 その上で俺が急いでいない理由が気になったようだ。


「俺の行きたい企業は在庫をかなり用意しているからなぁ。別段急がなくてもいいんだよ。……っと、見えてきたな。俺は商品を買ってくるから、ソフィアは4人を守るように」


[Yes,My Master。旭がいない間の【聖域】維持はお任せください]


 俺はソフィアに後を任せて目的である企業ブースに向かった。

 今回の目的は夏◯ミセットなる商品だ。

 Tシャツやタペストリーなどが入って3000円という心配になるレベルでお買い得な商品を買うためだけに参加したと言ってもいいだろう。


「……やっぱりスマホ版のアプリが配信開始されたから人が多いな。……ん?目の前にいる人って……」


「……ん?後ろに懐かしい気配を感じる」


 その男はオールバックにして、スーツの背広を着ている……ってどこかで見たことがあるような姿だな。

 俺の目の前にいた背広を着ている人がこちらを振り返った。

 サングラスをかけているその人物は俺を見ると驚いたような声をあげた。


「……え!?なんで旭がここに!?」


「お前……彰か!?」


 俺の目の前にいたのは、パラレルワールドの俺である八神彰だった。

 彰も俺と同じ格好をしている。

 周りの人間も瓜二つな人間がいることに動揺しているようだ。


「なんか見たことがある女の子がいると思ったら、旭が来ていたのかよ。そりゃレーナ達もいるわなぁ」


「ソフィアが転移する世界は任せてくださいと言っていたが……彰のいる世界だったのか」


 俺と彰は互いにここにいることを納得した。

 積もる話は沢山ある。

 フリーターからどんな仕事に転職したのかとかどうしてそんな格好をしているのかとか……。

 彰も俺と話したいことがあったようだが、こちらを見て一つ頷いた。

 俺もそんな彰に頷きを返す。


「正直こんな場所で会えるとは思わなかった」


「だが、今は雑談をしている場合じゃない」


「「夏◯ミセットを購入しなければ!!」」


 俺と彰は力強く腕を交差させた。

 並行世界の俺ではあるが、考え方は一緒だ。

 そうなると、何を考えているのかも自然とわかるというもの。


 俺と彰は腕を交差させた後、大人しく順番を待つことにした。

 待機列の外から「「「「[尊い……!]」」」」という声が聞こえてきたが、それは完全にスルーを決め込む。

 そうして俺と彰は無事に夏◯ミセットを手に入れるのであった。

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