第131話 旭は男とともに敵の拠点に向かう
「……そういえば、お前の名前はなんて言うんだ?」
俺はゆっくりと組長のいる拠点に向かって歩きながら、隣を歩いている男にそう尋ねた。
その男の髪型はオールバック、スーツみたいな服を着ている。
俺よりも少し小さい事から身長は170cm程はあるのだろう。
その腰には拳銃ではなく長身の剣が携えられていた。
組長とやらを殺しに行こうとした時に偶然仲間になった男だ。
俺に忠誠を誓い、馬車馬の如くこき使われてもいいと宣言するほどの覚悟を見せたことに感心したのは内緒。
仲間になったのに名前を知らないのは失礼だろうと思ったのである。
「私ですか?ゴーンからは部下Bと呼ばれていましたが、本名はガフスと言います。あ、ゴーンというのは『強羅居組』の現組長です」
男は先ほどまで仕えていたはずの組長を呼び捨てにして自分の本名を俺に明かした。
というか、組長の名前ってゴーンだったんだな。
除夜の鐘の効果音にしか聞こえないのは……俺が日本人だからだろうか。
「では改めてこれからよろしく頼むな、ガフス。……で?この後はどうするんだ?今はのんびり歩いているだけだが」
「ゴーンが設営している拠点までは結構距離があります。距離に表すと10km程でしょうか。ご主人様であればこのくらいの距離は問題ないと思いますが、今後のことも踏まえて話しておきたいと思いまして」
俺の言葉に苦笑を浮かべて答えるガフス。
時間稼ぎするつもりか?とも思ったが、どうやら本当に今後のことについて話しあいたいらしい。
だが、ご主人様というのはやめてもらえないだろうか。
ご主人様呼びするのは四神やゼウス達で十分なんだよ。
「ご主人様と呼ぶな、気持ち悪い。どこに配備するか決めていないが、お前は俺の仲間になったんだ。名前で呼んでくれ」
「では、旭様とお呼びさせていただきます。私のような者が旭様のお仲間になれるなど……至極恐悦です……!」
ガフスはご主人様呼びから旭様に呼び方を変えてきた。
正直、どっちもどっちだとは思うのだが……ご主人様よりはましなので好きにさせることにする。
俺は本気で俺の仲間になれたことを喜んでいるガフスに若干恐怖した。
「そんなに喜ぶことでもないと思うが。裏切ったら魂に呪いをかけて殺すと脅されてるのに変わった奴だよ、お前は」
「ゴーンが旭様の奥様方にしようとしていたことは到底許されることではありませんから。それに……ゴーンが今までやってきていた事は正直気に食わなかったですからね。いい機会です」
「……逞しいというか図太いというか……」
俺はガフスの言葉を聞いて呆れ顔を浮かべる。
この状況を判断し、どうすれば状況が好転するか考えていたのだろう。
思っていた以上に策士なのかもしれない。
「……話を戻そう。ガフスは今後のことを踏まえて話したいとのことだったが、具体的にはどういうことなんだ?」
「……今後のことというのはゴーンを殺した後のことです。旭様はダマスクの組織を僅かな期間で壊滅させましたよね?今回、ゴーンがやったことはダマスクと似ています。旭様のことですからゴーンを殺すのは確定事項でしょう。しかし、『強羅居組』は王都や帝国に莫大な出費をしている巨大な組織です。それが壊滅したら資金の流れが乱れ、王都と帝国の戦争が始まりかねません。ゴーンを殺した後、組織をどうするかは重要になってくると思うのです」
ルミアやウダルのギルドマスターから『強羅居組』の組織についてはある程度聞いている。
だが、組織が潰れる事で王都と帝国が戦争状態になる可能性があるとは思っていなかった。
そうなると、ゴーンを殺しただけでは意味がない。
ダマスクの組織を壊滅させた時は、寝返った男達が組織を維持していたが……。
……というかゴーンが殺されるのは確定事項なのね。
確かに生かしておく理由もないし、レーナ達を寝取ろうとしたことは万死に値するので殺すのだが。
殺したことを前提に話すのは流石にどうかと思うんだ。
「となると、ダマスクの組織みたいに支える人間が必要ということか。ちなみに『強羅居組』にはどれくらいの構成員がいるんだ?」
「そうですね……。私が把握しているだけの情報になりますが……おそらく10万は超えているかと。『強羅居組』は世界に展開する組織です。その活動は奴隷売買などグレーな物が多いですが……」
ガフスが知る限りでも10万を超える構成員。
それを一人で管理できるわけがないから、各地に点在する下部組織にそれぞれリーダー的な立場の人間がいるのだろう。
その数多くの組織をまとめ上げてきたのがゴーンというわけだ。
だからこそ大々的に悪どいことができるのかもしれない。
「10万人か……。正直相手にできないこともないが、面倒なんだよなぁ……。なぁ、ガフス」
「はい、なんですか旭様」
俺の声かけにガフスは歩くのを止めて俺に振り返る。
ガフスは何かいい案を思いついたのだろうか?と期待したような表情を浮かべている。
俺はそんなガフスに対して、とある意見を提言した。
「…… 俺は組織の運営なんてやったことがない。そこで、だ。ゴーンを殺した後の『強羅居組』の組織運営はガフスに任せようと思う」
ーーーーピシッ。
俺の言葉を聞いたガフスはその身体を硬直させた。
硬直というか……石化していないか?
石化の魔法は使っていないよな?とソフィアに念話を送る。
ーーーー[安心してください、旭。その男に旭の魔法が暴発した経緯は見受けられません。ただ驚愕しているだけでしょう]
ソフィアはいつの間にか俺の体内に入っていたらしく、俺の近くから声が聞こえてきた。
ということは、今『大和』にいるのはソフィアの【魔力分身】か。
戦闘が暇になったから『大和』は分身に任せて、【叡智のサポート】のスキルとして俺のサポートを行うつもりらしい。
「ソフィアは俺の魔法の効果ではないと言っていたが、大丈夫かこれ。【静穏空間】でも展開したほうがいいか?」
ソフィアから今のガフスの状況を聞いた俺は、いまだに動かないガフスに回復魔法をかけようと片手をガフスに向ける。
俺の魔法が影響していないにしてもこのまま硬直されるのは困る。
すると、ガフスは小刻みに震えだした。
「……な……な……」
「なな?」
ナナ……?
俺の実家で飼っていた犬の名前がナナだったなぁと見当違いのことを考えていると、ガフスがいきなり俺の前に土下座をした。
【神威解放】をしている俺が認識できないほど速い土下座だった。
「……何を言っているのですかーーーーーーッ!!!」
瞬間土下座をしたガフスは頭を地面に擦り付けながら雄叫びをあげた。
雄叫びは地面に吸収されていくが、近くの木から鳥がバサバサと飛び立っていく。
……なんなんだこれは。
「いやいや、何を言っているのですか旭様!私みたいな一般構成員が『強羅居組』の組織運営!?そんなのできるわけがないでしょう!?もしまとめる立場になったとしても他の地域にいる人間に暗殺されて終わりですよ!!」
「いや、お前……。お役に立てるのであれば馬車馬の如くこき使われてもいいと言っていたじゃねぇか」
「うぐ……ッ!し、しかし、これは私の許容量を超えております!」
俺の言葉を聞いても地面に向かって叫び続けるガフス。
……いや、普通は土下座じゃなくて俺に掴みかかってくるんじゃないの?
そう考えたが、掴みかかったら裏切りと認定されるのが嫌だったのかもしれない。
かといって土下座で反論するのもおかしいと思うんだが。
「うーん……。それならダマスクの組織と吸収してその男達もこき使えばいいんじゃないの?あいつらはダマスクが死んだ後、俺への忠誠だけで組織を立て直したし」
「……そうだとしても組織としての規模が違いすぎます。それに私は知識こそありますが、戦闘能力はほぼないです。そんな人間が『強羅居組』をまとめ上げられるとは思えません!」
……ガフスが言いたいこともわかるが、俺が組織を運営するのはダメだと思うんだよね。
特に俺の嫁達からの反感が強いと思うし。
組織を運営するということは仕事がかなり増えるということだ。
俺は嫁達とのんびり暮らしたい。
「……【鑑定眼:スキル一覧】」
俺はいまだに叫び続けるガフスにスキル確認用の【鑑定眼】を使用する。
そこに浮かび上がってきたのは……。
ーーーー
ガフス Lv.25
称号【響谷旭の僕】
種族:人間(♂)
スキル
【算術Lv.X】
【カリスマ】
【思考加速】
【炎魔法】
【恐怖耐性】
【成長促進(Lv.III)】
ーーーー
「……カリスマがあるから問題なくね?」
ーーーー[ですね。この男は組織をまとめ上げるだけの素質は持っているかと。戦闘能力に関しても【成長促進】が付与されたことで解決するでしょう]
「だよなぁ……。むしろなんでこれほどまでの人材が一般構成員だったんだか……」
ーーーー[それはゴーンなる豚が低能だっただけでしょう]
俺の呟きにソフィアが同意する。
ソフィアの声はガフスには聞こえていないから、ガフスから見たら俺が独り言を呟いているように見えているはずだ。
その証拠にガフスは土下座をやめて俺の方を訝しげに見ていた。
「あ、あの……旭様?一体誰と話しているのですか……?」
「ん?あぁ、俺の嫁の一人であるソフィアだよ。その話は後でゆっくりするとしよう。それよりも今は『強羅居組』の県についてだ」
俺は不思議そうに首をかしげるガフスを立ち上がらせ、今ソフィアと話した内容をガフスに伝える。
「ガフス、お前は俺の仲間になったことで【成長促進】の加護を得た。それだけじゃない。お前は【カリスマ】や【算術Lv.X】を所持しているな?この事から組織運営を任せられるほどの人材だと俺と【叡智のサポート】は判断した。……今から俺がいうのはガフスという人間の素質を評価した上でのお願いだ」
ーーーーゴクッ。
ガフスは大きく息を飲み込んだ。
今から俺が言うことに緊張しているのだろう。
おそらく自分にそんなスキルが備わっていることも知らなかったに違いない。
「俺達の安穏な生活を送るために、『強羅居組』を管理してくれないか?もちろん組織の名称は変えても構わない。……任せてもいいか?」
俺の言葉を聞いたガフスは身体をぴーんと伸ばした。
……やはりダメか?
そう考えた俺は別の方法を検討しようとした……その時だった。
「……わ、私やります!旭様にそこまで評価していただけるとは思っていませんでした……!あぁ、先ほど前の私を殴ってやりたい!……このガフス!旭様のご命令に従い、命をかけて任務を全うします!」
ガフスは力強くそう宣言した。
さっきまで土下座しながら泣け叫んでいたとは思えないほど、その姿は自信に満ち溢れている。
「命令じゃなくてお願いなんだがな。まぁ、いいか。とりあえず今後の方針も決まったし、ゴーンのところに行くとしようか」
「はい!では、旭様。僭越ながら私がゴーンのところまでご案内します!」
そう言ったガフスは急かすように先を歩き始めた。
俺はどんどん先を歩いていくガフスを眺めながらソフィアに問う。
「ソフィア……この判断は間違っていないよな?」
ーーーー[えぇ、いい判断だったと思いますよ。先程と打って違って自信に満ち溢れています。今の彼なら問題なく任務を全うすることでしょう]
「だから任務じゃないんだけどなぁ」
「旭様!どうされたのですか!?早くゴーンのところに行ってさっさとケリをつけましょう!」
ソフィアと話していた俺を見かねたのか、ガフスが俺の背中を押して催促してきた。
俺は苦笑いしながら、ゴーンがいる拠点に向かって歩き始める。
「わかったわかった。ちゃんと歩くから押すな。ちょっとは落ち着け」
「では、早く行きましょう!」
俺とガフスは歩き始める。
ガフスはすでにゴーンを殺した後のことを考えているようだ。
さて、現段階で殺されることが確定しているゴーンはどんな手を使ってくることやら。
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