第130話 旭は怒りに身を任せる

「……で?お前達は俺の敵なのか……?」


 俺は絶句している男達と相手の召喚獣を眺めながらそう呟いた。

 先程レーナとリーアに飛びつこうとした変態不審者軍団ロリーパーは、剣として振るった【高位主天使】によって一体残らず送還している。


 というか……あれって絶対に〇リーパーだよな?

 なんで日本で有名なゲーム世界のモンスターが召喚獣として召喚されているんだか。

 俺はユミが人間に下賜した神器に内心でツッコミを入れる。


『おい……なんなんだよ!データでは禁忌魔法が使用できる程度の能力だっただろうが!それが俺のロリーパー達を一撃で葬り去ることができる!!』


「……ん?『強羅居組』組長の声が聞こえるな?でも、あの肥えたデブがいない……?近くにいるならすぐに殺そうと思ったんだが……」


 俺が男達を見ていると近くからヤクザの組長の声が聞こえてくる。

 殺気を全開にして周りを眺めるが、どこにも組長肥えた豚の姿は見当たらない。

 首を傾げていると、近くにいたサソリ(ただしその大きさはかなり大きい)がビクッとその巨体を震わせた。

 ……もしかして。


「おい、そこのお前。このサソリは……あの豚の通信役か?」


「ヒッ……!?あ、あのサソリは組長が召喚した【ジャイアントデススコーピオ】です!組長は拠点から召喚獣を介して通信しているのです!」


『お、おい!なに敵に情報をばらしているんだ!』


 男の声に組長の声を出すデカイサソリが狼狽える。

 ほうほう……召喚獣を介して通信機としても使えるのか……。

 でも、俺が召喚する召喚獣達は……みんな普通に話せるからなぁ。

 念話も使えるし、俺には必要ない機能だな。


「……それにしてもサソリ……か」


 俺は組長が召喚したという【ジャイアントデススコーピオ】を見つめる。

 体長は2mくらいか?

 あの大きな鋏に挟まれたらひとたまりもないだろう。

 だが、今の俺は別のことが気になっていた。

 それは殺気以上に内側からあふれ出してくる。


「……あの巨体を唐揚げにしたら……何食分になるだろうか……ジュルリ」


 その内側から溢れてくるのは食欲だ。

 俺は以前『珍獣屋』でサソリの唐揚げを食べたことがある。

 あの時食べた以上のサイズがある大きなサソリ……。

 絶対うまいに決まっている……!


『な……なんだ!?この殺気とは違う言いようのない恐怖は……!』


 俺はそんな組長の声を完全に無視して、『大和』で待機しているソフィアに念話を送る。

 ソフィアに尋ねることはもちろん一つだ。


(ソフィア、召喚獣を送還させずに調理する方法はあるか?)


(……そう言うと思っていました。本来なら召喚獣を調理するのは厳しいでしょう。しかし、旭ほどの実力者であれば話は別です。召喚に使用された魔力を書き換え、ただの魔物に変換すれば問題ありません)


(なるほどな……。魔力を置き換えるっていうのは盲点だった。よし、【翡翠の鎧】の出力を最大まで引き上げて……)


 ソフィアの言葉を聞いた俺は【翡翠の鎧】を全開にする。

 俺の体は翡翠色に輝き、巨大サソリをただの魔物に戻すべく片手に魔力を集中させていく。

 片手に集まった魔力はゴゴゴ……と地響きをあげるほどに圧縮されているが、そんなことは些細な問題だろう。


 ははは……!

 ここには活きのいいサソリが沢山いる!

 サソリは「サソリの神経毒は口から入ると薬になる」と言われる薬膳食材!

 それに滋養強壮の効果も期待できる!


『……なんなんだよ、この身の毛がよだつ感覚は!……こんなところで【ジャイアントデススコーピオ】を失ってたまるか!』


 巨大サソリはズズズ……と後ずさる。

 どうやら組長とやらはサソリを温存したいみたいだ。

 だが……逃してなるものか!


「俺を前にしてサソリの召喚獣を出した己の不甲斐なさを恨むがいい……!……【魔力剥奪】!!」


『や、やめ……!』


 俺は頭の中に思い浮かんだ魔法を放つ。

【魔力剥奪】は召喚に使用された魔力を奪い取る魔法……ってそのままだな。

 組長が何やら叫んでいるようだが、時はすでに遅し。

 俺が放った魔法によって【ジャイアントデススコーピオ】はただの魔物に成り果てた。


 ーーーーガァァァァァァァァ!!!


 召喚獣からただの魔物になった巨大サソリは味方だったものにも鋏を振り上げる。

 近くにいた『強羅居組』の部下達は悲鳴をあげながら逃げ始めた。

 だが、俺の方には一匹もやってこない。

 ……殺気を放ちすぎたか?


「逃げるな、俺の食材!【マルチロック】の指定を巨大サソリに固定!……本来は脱糞させないといけないんだが……この魔法ならそれすら焼き尽くしてくれよう!」


 俺を一向に狙わないサソリに怒鳴りながら、【マルチロック】を使用する。

 魔法を使用した瞬間、巨大サソリ全てにターゲットマーカーが浮かび上がった。

 この魔法を使用された相手は逃げる事は叶わない。


「……【神威解放】は正常に作動しているな。いくぞ……?狩りの時間だ……!!【自動散乱光オータムコロナ】!!」


 俺は片手に圧縮させた魔力を頭上に持ち上げ、ソフィアから指示のあった魔法を使用した。

 魔法を唱えた事で頭上にあった魔力の塊はいくつもの槍に分裂する。

 その槍はグングニルの槍に類似しており、その表面からは灼熱の炎が吹き出している。

 灼熱の炎を纏った槍は……巨大サソリに向かって勢いよく飛び出していく。


「……お前ら!巨大サソリから今すぐに離れろ!あの槍の炎に少しでも触れたら死ぬぞ!!」


 俺が放った【自動散乱光】を見た男は近くにいる仲間に叫んだ。

 どうやらどれだけの熱量を保有しているか一瞬で判断したらしい。

 叫んだ男の言葉に従い、他の男達も慌てて巨大サソリから逃げ始める。


 ……攻撃対象は巨大サソリだけだから炎に触れてもダメージはないんだが。

 まぁ、そんな事は言わなくてもいいだろう。

 少しでも獲物から離れてくれるならそれに越した事はない。


 ーーーーギィヤァァァァァァ!!!


 逃げ惑う男達を横目に炎の槍は巨大サソリの体をどんどん貫き、サソリの断末魔が辺り一帯に響き渡る。

 その姿を見た瞬間、魔力を込めすぎたか?とも思ったが、うまい具合に調理してくれているようだ。

 巨大サソリは万歳をした格好で内部からカラッカラになっていく。


「うんうん、これだけしっかり揚がっていれば問題ないだろう。……【魔力分身】!分身達よ、あの美味しそうに揚がったサソリを回収してくるんだ!」


 俺の掛け声と同時に分身達がサソリの回収に向かう。

 今回の分身は意識共有をしていない為、俺の命令通りにしか動かない。

 分身も【無限収納】を使えるようにしてあるので、保管場所には困らない。


「……おい……あの【ジャイアントデススコーピオ】が一瞬のうちに回収されていったぞ……」


「たしかあの召喚獣って……禁忌級を軽く凌駕していたよな……?それを一瞬で仕留めるってやばくないか……?」


 分身達がサソリを回収する傍らでそんなつぶやきが聞こえてきた。

 あぁ、近くには『強羅居組』の人間がいたんだっけ?

 巨大サソリというボーナスステージに忘れていたよ。


「……さて、と。仕切り直すとしようか。お前達は俺に敵対する者か?」


 俺は咳払いを一つして男達に向き直る。

 食欲に押し負けていた殺気を戻すのも忘れない。

 ……なんとなく今更な気もしなくもないが……気にしてはいけない。


「……ふ、ふざけるな!お前のような人間がなんで存在しているんだよ!俺達は泣く子も黙る『強羅居組』!お前みたいな存在がいたらうちの組の影響力がなくなるだろうが!お前はおとなしく組長に自分の女を差し出しておけばいいんだよ!」


「お、おい!ついにトチ狂ったのか!?」


「うるせぇ!!俺達は組長が飽きた女を廻してもらっていただろうが!コイツがいるとそのおこぼれすらもらえなくなるんだぞ!?そんなの許されるか!」


「いや、俺は拒否していたからそんな事はどうでもいいんだが」


 俺の前では2人の男が言い争っていた。

 1人は発言を取り消せと促しているようだが、もう1人は俺の存在自体を否定したいらしい。

 あのヤクザそんなことしていたのかよ。と考えざるを得ない。

 ……という事は、レーナとリーアに飽きたらそこで叫んでいるチンピラに廻されるってことか?


 ーーーーヴンッ。


 俺は【遅延空間】を駆使して、俺を誹謗中傷している男に近づいた。

 少しの間だけ発動したので、上空にいる【高位主天使】が吹き飛ばされる。

 まぁ、吹き飛ばされた【高位主天使】は『大和』に対処してもらうとしよう。


(……旭。宇宙空間に飛ばすなら事前に連絡してください。一応対処はしておきますが……)


『大和』にいるソフィアからそんな呆れた声が聞こえてきた。

 ごめんて。

 まさかそこまで吹き飛ぶとは思わなかったんだよ。


 ソフィアは呆れながらも『大和』の【三連装ショックカノン】で一つ残さず撃ち落としたらしい。

 上空で【高位主天使】が瞬く間に送還されていく。

 うん。【三連装ショックカノン】は【魔導砲】よりも使い勝手が良さそうだ。


「……お前が言ったセリフは人間として最低な部類に入ることに気がついているか?」


「くそッ!離せよ!俺はまだヤり足りないんだよ!さっさとあのエルフ共を差し出しやがれ!!」


 殺気を向けられているというのに、俺に向かって拳を向けてくるチンピラ風な男。

 ……俺の殺気に耐えられる奴は珍しいからもったいないんだが。

 だが、レーナとリーアを犯そうとしているのはとても気にくわない。

 あぁ、許してはいけないとも。


「そうかそうか。お前は生かす価値はないようだ。……なら死ね」


「俺はこんなところで死ぬような人間じゃないんだy……ガハッ!?」


 俺は最後まで叫んでいる男の首を胴体から引き剥がした。

 鮮血が噴水のように噴き上がるが、【聖域】を薄く展開していたおかげで返り血を浴びる事はなかった。

 多分この男の魂はリーアの【百鬼夜行】に吸収される事だろう。

 ダマスクと同じような境遇になるんじゃないかと俺は考えている。


「……はぁ。あの性格じゃなければなぁ……」


 正直発言を取り消すとか失礼なことを謝罪すれば命を奪わなかった。

 だが、あの男の瞳はドロドロに歪んでいた。

 ああなった男は……何を言っても変わる事はできない。


「で?逃げずにその場にいたお前はどうする?俺の敵としてその命を散らすか?」


 俺は殺した男を分解してから、もう1人の男に問いかける。

 その男の瞳には明らかな恐怖が浮かんでいるが、身体の震えは止まっている。

 どうやら今後の自分の立ち位置を冷静に分析しているようだ。

 その男はゆっくりと俺に近づいてきて、その場で土下座をした。


「どうか私めを貴方の配下に。できることならなんでもしますので、何卒……!もちろん、貴方様の奥様方に対して何もするつもりはございません……!」


「その言葉をすぐに信じろと?たしかにお前はもう1人の男と違って敵対の意思は見せなかった。だが、レーナとリーアを俺から寝取ろうとした組織の一員だ。そんな奴の言葉が信じられると思うか?」


 土下座する男に対して俺は静かに告げる。

 先程の言葉からこの男は『強羅居組』の組長からのおこぼれを拒否してきた事はわかっていた。

 だが、そうだとしても敵対していた人間がいきなり寝返るなど普段はあり得ない。

 ……まぁ、嘘をついていないのは【鑑定眼】で判明しているんだけどな。


「貴方様が疑うのも無理はありません。……それでも!私は自らの意思を曲げるつもりはありません!お役に立てるのであれば、馬車馬の如くこき使われてもいいと思うくらいです!」


 その男の瞳にもはや恐怖はなかった。

 信用してもらうためには自分の全てをさらけ出す必要がある……そう覚悟した瞳だった。

 俺は満足げに頷き、男の手を取る。


「お前の想いは確かに伝わった。だが、裏切ったら魂に呪いをかけて殺すから覚悟しておけよ?」


「勿論です……!この身は全て貴方様に捧げます……!」


 俺の殺すという言葉に怯むことなく男はそう宣言した。

 ……組長を殺しにきたはずなのに思いがけない人材が手に入ったな。

 男の顔を見ながらそう思う俺なのだった。

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