第7章
第125話 旭の嫁は付け狙われる
ウダルの冒険者ギルドでの出来事から2日が過ぎた。
冒険者ギルドから【長距離転移】で帰宅した俺とルミアは、その場所で起きたことをレーナ達に報告してから襲われないように細心の注意を払うように警告した。
まさかこの短い期間で動きがあるとは思えなかったが、万が一を考えての発言だった。
「ただいま〜」
「お兄ちゃん、聞いて聞いて!!」
一昨日までのことを思い出していると、レーナとリーアの声が聞こえてきた。
2人は街で買い物に出かけたのだが、帰ってくるのが予想以上に早い。
それにレーナはいつも通りだが、リーアは若干慌てているようにも思える。
……何かあったのか?
「お帰りなさい、レーナにリーア。……で、なんでリーアはそんなに慌てているんだ?」
「それはわたしも気になっていたんだよね。街で買い物をしていたら、いきなり『早く帰ろう』って言われたんだよ」
俺の言葉にレーナも首を傾げている。
普段のリーアであれば買い物をしている途中で『早く帰ろう?』なんてことは言わないはずだ。
俺は嫌な予感がしつつも、リーアを抱き上げる。
「リーア。怒ったりしないから何があったのか話してごらん?」
「うん……。あれはレーナと夕飯の食材を買いに行くために八百屋に向かおうとしていたときだったのーーー」
リーアは俺の首に抱きつきながら、その時の現状を話し始めた。
レーナが羨ましそうに見ているが、今は状況の確認が優先だから我慢してほしい。
ーーーー遡ること1時間前(リーア視点)ーーーー
「ねぇ、リーア。パパから頼まれたものってこれで全部だっけ?」
「えっと……。うん、必要なものは全部揃ってるね。まだ時間あるし……服とか見ていこうよ」
「いいね!パパが喜んでくれそうな服を探そう!」
お兄ちゃんから頼まれた買い物が早く終わった私とレーナは、服飾屋に向かって歩き始めた。
レーナの言うようにお兄ちゃんが喜んでくれそうな服を新調するのは嫁の務めだと思うし。
本来なら自分たちの買い物で時間を潰してから家に帰ろうとしていたんだけど……。
…………ジーーーーー。
「……!?」
不意にどこかから見られているような視線を感じた。
その視線はどこかねちっこくて……私とレーナに隙ができるのを待っているかのように思える。
……レーナはその視線に気がついていないのか、呑気にステップをしているんだけど。
(……離れようとしても付きまとってくる……か。狙いが私とレーナなのは確実。でも、ウダルの人達は私達の実力を知っているからストーカーまがいのことはしないはず……。となると、お兄ちゃんが冒険者ギルドで遭遇したって言うヤクザの関係者と見るのが妥当かな)
私はレーナと他愛のない話をしながら、この後どうするか思考を回転させる。
今のままでは何かの拍子に襲われるかもしれない。
正直襲われたところで負けるとは思えないけど、万が一誘拐されたとしてお兄ちゃんに何かを要求するつもりなら……この場でどうにかして追っ手を撒かないといけない。
「……【百鬼夜行:イシカネプ、アイヌカイセイ】。……私達をストーカーしている人達の気を逸らしてくれる?でも、殺生はしないこと。それをしたら私も貴方達もお兄ちゃんに怒られるからね?」
『『……(コクコク)』』
私はレーナにバレないように、影の中に【百鬼夜行】を発動した。
今回召喚したのはお兄ちゃんがいた世界の妖怪【イシカネプ】と【アイヌカイセイ】の2人。
イシカネプは動物が人間に化けた妖怪。
アイヌカイセイはボロボロの衣服をまとった妖怪だ。
2人とも北海道?のアイヌ民話というお話に出てくる妖怪みたい。
「じゃあ……頼んだよ。終わったら適当に帰っていいからね?……Go!!」
『『…………ッ!!』』
私の指示を受けた2人はストーカーしている人間の元に向かって音もなく走り出した。
2人には【透明化】をかけておいたから近くにいくまでは何も問題はないと思う。
「……?リーア、どうしたの?」
「なんでもないよ、レーナ。それよりも……早く帰ろう?さっきは服飾屋に行こうと思ったけど、お兄ちゃんも帰りが遅いと心配するだろうし」
レーナの問いかけになんでもないと答えて、早く帰ろうと催促した。
私がいきなり『早く帰ろう』と言ったことが不思議に思ったのか、しきりに首を傾げているのが少しおかしかった。
やっぱりレーナはあの視線に気がついていなかったみたいね。
「ほら、レーナ。早く帰りたいからユニコーンを召喚して?ほらほら」
「わ、わかったから!いきなり早く帰ろうって言うなんて……変なリーア。……来て、【ユニコーン】!」
レーナは疑問に思いながらもユニコーンを召喚してくれた。
妖怪も向かわせたし、これで尾行してくるのは難しくなるはず。
そう思いながら、私はお兄ちゃんが待つ家に向かうのだった。
ーーーーーーーー
「……簡単にだけど、大まかな内容はこんな感じ……」
「……リーア、ごめんね。まさかわたし達の後をついてきている人がいたなんて……。全く気がつかなかったよ……」
「大丈夫だよ、レーナ。あの人間は気配を限りなく小さくしていたから、気がつかないのも無理はないと思う」
いつのまにか俺の肩に登ってきていたレーナは、リーアに謝罪をしている。
そんなレーナの言葉を聞いたリーアも気にするなと言わんばかりにレーナの頭を撫でていた。
しかし、リーアから事情を聞いた俺は言葉を発することなく黙っている。
「……お兄ちゃん?どうしたの?」
「パパ、リーアの報告で何かおかしいことがあった?」
レーナとリーアが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
……覗き込んでくるのはいいんだが、これみよがしにキスをしてくるのはちょっと勘弁願いたい。
シリアスな空気が壊れていくじゃないか。
レーナとリーアにされるがままにキスをされていた俺はとある人物の名前を呼んだ。
「……ソフィア」
[My,Master。何かありましたか?]
俺が呼んだのはソフィアだった。
困った時は【叡智のサポート】であるソフィアに頼るのが恒例となっている気もするが、本人も乗り気なので気にしない。
まさか呼んですぐに音もなく目の前に現れるとは思いもしなかったが。
「レーナとリーアが付け狙われた。黒幕はなんとなく予想がつくが……すぐに詳細を調べてきてくれ。ソフィアなら家にいながらでも可能だろう?」
[……先程リーアが言っていた件についてですね?それでしたらすぐに衛星から確認をしましょう。夕飯までには全て調べますので、夕飯の準備をしておいてくださると助かります]
「ソフィアも図太くなったなぁ。じゃあ、夕飯を作ってくるから調べ物については任せたぞ」
[マスターのご命令通りに]
俺の言葉を聞いたソフィアは、音もなく姿を消した。
と言っても、自分の部屋に戻っただけだと思うんだが。
衛星をいつのまに打ち上げたんだとかそんなことは気にしてはいけない。
「パパ……珍しいね。すぐに報復しに行かないなんて」
「レーナ、お前は俺をなんだと思っているんだ?今回はヤクザの組長が相手だ。王都や帝国にも莫大な出費をしているとルミアも言っていたし、簡単に手を下すのは良くないだろう。正直今すぐにでも組織を壊滅させたいんだが……」
「ひょっと、ふぁふぁ!?頬を引っ張るのはひゃめて……!」
俺は苦笑いを浮かべて、レーナの頬をムニムニと引っ張った。
決してレーナが俺に対するイメージにダメージを受けたからではない。
頬をムニムニされているレーナも口では嫌がっているが、俺に構われるのが好きなのでその表情には笑みが浮かんでいる。
「お、お兄ちゃん……!私のほっぺたもムニムニしてもいいんだよ……!?」
レーナのもちもち肌を堪能していると、リーアも自分の頬も構えとレーナに張り合ってきた。
俺は順番にレーナとリーアの頬をムニムニと弄りつつ、今後のことについて考える。
(まさかレーナとリーアの2人を付け狙ってくるとは思わなかったな。……いや、冒険者ギルドに行った時点でレーナとリーアのことは知っていたから当然のことか?……くそっ!こんなことなら一緒に買い物について行けばよかった!……だが、今更後悔してももう遅い。ソフィアが調べた結果に応じて動くとしよう。組長とやらは俺の家の所在地を知りたがっていた。今回の黒幕がそいつなら……それを餌にしておびき寄せるのもいいかもしれないな)
ソフィアに調べ物を依頼した時点で賽は投げられた。
誰がレーナとリーアを狙ったのかは確定しているし、確信たる証拠が欲しいだけなのだが。
俺はレーナとリーアをいじりながら、夕飯の準備のために台所に向かう。
そろそろ夕飯の準備を開始しないとルミアに怒られてしまうからな。
▼
夕飯を食べ終わってみんなでのんびりと話していた時、ソフィアが咳払いを1つして話題を切り替えた。
恐らくは夕飯前に頼んだ調べ物の結果についてだろう。
一同の視線を受けたソフィアは、俺の方に歩いてきて話を切り出した。
[マスター、夕飯前に頼まれた件について調べがつきました。レーナ達も一緒に聞いてください]
ソフィアはそう言うと、ある資料を配り始めた。
俺達全員がその資料を手にしたところで、ソフィアからの説明が開始される。
[皆さん資料は手に渡りましたね?では、報告を開始します。まず最初に、昼間レーナとリーアを尾行していた人間は冒険者ギルドに来ていたヤクザの関係者であることが判明しました。リーアの【百鬼夜行】によってその男達は怪我もなく組織に帰投しています。ヤクザの目的はレーナとリーアを誘拐して、旭を仲間に引き入れること。圧倒的な力を持つ旭を味方に取り入れることで、各所に自らの影響力を誇示したかったんだと思われます]
「……やっていることが姑息すぎるね……。わたしとリーアもパパほどではないにしろ実力があることを知らなかったのかな?」
[恐らくはそうかと。旭の説明では仲間になっているのはレーナとリーアのみだと認識していたみたいですから。ちなみに、件のヤクザはウダルの隣町であるブレイズの街を活動の拠点に置いている『強羅居組』。主に奴隷売買の方で有名らしいですね。他にも麻薬といった危ない薬関係にも手を出しているようです。ウダルにはあまり影響はありませんが、帝国ではその薬物を違法売買しているとか]
レーナの質問に答えつつ、ソフィアは『強羅居組』なる組織について事細かに説明していく。
日本と同じ技術が使われているのは知っていたが、まさか麻薬まであるとはな……。
ウダルに麻薬の影響がなかったのは、冒険者ギルドが監視しているからではないだろうかと俺は考えている。
「それで、その『強羅居組』とやらの組長は今回の件を受けて何かしてくるのか?」
俺が質問を投げかけると、ソフィアは手を壁に向けた。
ヴンッと壁にとある映像が映し出される。
[これを見てください。今回のレーナとリーアを誘拐する企みが失敗したことにより、私達の家を【キマイラ】に襲わせる算段のようです。家の所在地は……現在住民にお金を握らせて情報収集しようとしているみたいですね。……今のところ全部失敗に終わっていますが]
「「「「……ぶふっ」」」」
ソフィアの言葉にレーナ達4人が思わず吹き出した。
賄賂を渡してまで家を調べようとしているのに、それが全て失敗しているから面白かったのだろう。
レーナ達が笑っているのを微笑ましく見守る中、俺はソフィアに気になっていたことを尋ねる。
「ソフィア。今は失敗しているようだが、『強羅居組』の奴らが家に来るのはいつ頃になると思う?」
[そうですね……。賄賂が効かないとなれば強硬手段をとると思うので……遅くても2日後には攻めてくるかと]
やはりそうかというのが第1印象だった。
賄賂が失敗してすんなりと身を引くようなやつらではない。
うまくいかないことに業を煮やして、強硬手段をとってくるのは当然かと思われた。
俺は机をバンと叩いて立ち上がる。
「だよな。なら明日の昼までに迎撃準備を整える!レーナとリーアにも協力をお願いするからその時はよろしく」
「「わかった!!」」
「旭さん、私とユミはどうしますか?」
「ルミアとユミはギリギリまで戦力を温存しておいてくれ。今のところ全員で仕掛ける必要はないからな」
「わかりました」
ルミアは俺の言葉に仰々しく頷いた。
ユミだけは首を傾げているが、俺達が真剣な表情を浮かべているので何か起こっていることはわかっていると思う。
俺は全員が理解したのを確認して、家の外に出た。
これから迎撃に備えて準備をしなくてはならない。
……【キマイラ】がどの程度の存在かはわからないが、油断は大敵だ。
「最悪の場合、また枯れない桜を増やすことになるかもしれないなぁ……」
俺は家の周りに咲き乱れている大量の桜を眺めてそう呟くのだった。
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