第124話 特別編-異世界の夏祭りは地球よりも規模が大きかった–

本日から夏コミまで毎日更新となります。

11日以降は2日おきの更新に戻りますのでご了承下さい。

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[ふぅ……いい運動になりましたね。旭に勝てなかったのは悔しいですが]


 ソフィアは背伸びをしてそんなことを呟いた。

 食後の運動と称して隔離空間で行われた俺とソフィアの対決。

 勝負にはなんとか勝てたが、空間から出た瞬間に大歓声が聞こえてきたのには驚いた。

 どうやらルミアが観客からお金を集金していたらしい。

 ルミアはお金の入った袋を大事そうに俺の【無限収納】にいれていた。


「なんか色々と疲れたが……さっきの戦闘を見てレーナ達をナンパしようとする輩がいなくなったのはよしとするか……」


[それも込みでも対決だったのです。ふふん。マスター、私のこの素晴らしい機転を褒めてくれてもいいんですよ?]


「よしよーし。ソフィアはよく頑張ったな〜」


[……えへへ]


 ソフィアが褒めて欲しそうに頭を寄せてきたので、お望み通り頭を撫でてあげる。

 ……喜んでくれるのはいいんだが、人格変わってないか?

 日に日に甘えん坊になってきている気がしなくもない。


「お兄ちゃん、ソフィアさん。いちゃつくのはその辺にして屋台に行こうよ!私、お腹空いちゃった」


 俺とソフィアのじゃれあいを見たリーアが、服をくいくいと引っ張って屋台に行こうと催促してきた。

 リーアを見たソフィアは[ゴホンッ]と咳払いをすると、毅然とした表情を浮かべて俺から離れる。


[さ、さぁ、旭!レーナとリーアが見つけたという屋台に行くとしましょう!時間は有限ですからね!]


 さっきまでのことをなかったことにしたいのか、ソフィアはリーアの手を引いて屋台に向かって歩き始める。

 俺とレーナ、ユミ、ルミアの4人はそんなソフィアを見て思わず吹き出してしまう。


「じゃあ、俺達も行くとしようか。ソフィアに置いていかれる前にね」


「「「はい!!」」」


 俺はユミを肩車し、レーナとルミアの手を繋いでソフィアを追いかけるのだった。

 変な屋台……どんな屋台があるのか楽しみだな。


 ▼


「お兄ちゃん、ここだよ!なんか見たことがない屋台が並んでいたのは!」


 リーアの案内で道を進むこと五分。

 俺達はとある一角の屋台のエリアにやってきた。

 ……このエリアはスラム街みたいな雰囲気を醸し出していたが、屋台の周りにはたくさんの人が集まっている。


「えっと……なになに?爆弾アイスにえびすくい……拉麺バーガー、それに……魔獣ショップ!?ほ、本当に変な屋台が多いんだな……」


 そこには日本にいた頃には聞いたことがない屋台ばっかり並んでいた。

 いや、聞いたことがあるのもあるな。

 爆弾アイスはゴムみたいだとSNSで流れてきた記憶がある。

 変な屋台だけじゃなくて箸巻きとかたこせんとか普通の屋台もあるんだが。


「このエリアは治安が悪そうだな……。ウダルの住民じゃない奴が多いし、俺からあまり離れないようにしてくれよ?」


「旭さん……。すでにレーナさんとリーアさんが屋台に突撃しています」


「…………俺の話を聞いてなかったのか……」


 俺の言葉にルミアが苦笑を浮かべて、屋台の方を指差した。

 そこにはレーナとリーアがそれぞれ目当ての屋台に突撃している姿があった。

 俺は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。


「ねぇ、おじさん。この拉麺バーガー?っていうの1つちょうだい!」


「お、エルフのお客さんとは珍しい。うちの拉麺バーガーは1つ銅貨6枚だ。……もし、お嬢ちゃんがこの後相手をしてくれるなら無料でもいいけどな……?」


「ほら言わんことかぁ!!」


 俺は【紅き鎧】を発動させて、レーナがいる拉麺バーガーの屋台に猛ダッシュした。

 おっちゃんの言葉の意味を理解する前に、俺はレーナを後ろから抱きしめて殺気を全開にする。


「おっさん……人の女を口説くとか……よほど死にたいようだなぁ、おい?」


「な、なんだお前は!こんな可愛い子を狙うのは男として当然d……ムググググググ」


 俺の言葉に屋台のおっちゃんは文句を言おうとしていたが、全ての言葉を言う前にガチムチのおっさんに口を塞がれ、もう1人のガチムチのおっさんが前からおっちゃんを抱きしめた。

 個人的にはおっちゃんを正面から抱きしめたガチムチのおっさんが、光悦とした表情を浮かべているのが気になるんだが。


 あれ……絶対にそういう人種だよな……?

 スラム街に生息しているとは思いもしなかったんだが……。

 俺は無意識にレーナを強く抱きしめる。

 ……おかしいな。鳥肌がまったくきえない。


「あなた……なんてことを言っているの!?そんな悪い子には……お仕置きしちゃうわよ……!」


「そうよそうよ!旭きゅんを敵に回すとかバカのすることよ!……でも、そんな無鉄砲なところもス・テ・キ!」


「というか旭を敵に回すとかどこのバカだよ!」


「今すぐその男に謝罪させろ!!こんな場所で旭に暴れられたらスラム街がなくなるぞ!」


「おい、他にもウダル以外から来ている奴もいるんだろう!?よく聞け!ここにいる響谷旭とその嫁に手を出すことは断じて許さん!これはウダルに住む人間の総意だ!仮に旭の嫁を攫おうとか考えてみろ……?王都から指名手配されるどころか地獄に叩き落されるぞ!!」


「「「「……何者なんだよ……響谷旭……!!」」」」


 ……なんか大事になってきていないか?

 たしかにレーナに対して色目を使ったことはめちゃくちゃイラついたが……。

 それだけでスラム街を破壊するなんて……そんなことあるはずないジャナイカ。


「旭!こいつらはお前達の実力を知らないだけなんだ!俺達が全力を持って教育し直すから、どうか命だけは!!」


「いや、別にどうこうするつもりはないんだが……。レーナも無事だったし」


「パパ、さすがに大丈夫だよ。おじさんが何か仕掛けてきても……去勢するだけですませるから」


 ウダルの住民の言葉に事の流れを理解したレーナがドス黒いオーラを解き放つ。

 レーナに去勢されると言われた男達は股間を抑えて内股になった。

 どうやら祭りの日にアッーーーー!はしたくないらしい。

 当然といえば当然だが。


「まぁ、いいや。おじさん、とりあえず拉麺バーガーをちょうだい。はい、銅貨6枚」


「あ……あぁ。ま、毎度あり……」


 ガチムチのおっさんに両脇を固められた状態で、おっちゃんはレーナに拉麺バーガーを手渡した。

 レーナが放っていたオーラはすでに消え去っており、今は美味しそうに拉麺バーガーを食べている。


「旭さん、大丈夫でしたか?」


「レーナお姉様。お兄様の言葉はちゃんと聞いたほうがいいかと。リーアお姉様にも注意しなくてはなりませんね」


[旭も旭です。あれくらいの男ならレーナ1人でも対処できたでしょうに]


 俺も殺気を抑えて、美味しそうに拉麺バーガーを食べるレーナを見ていると、リーアを除いた面々が合流してきた。

 ルミア以外は説教モードに入っている。

 ……うぇ、俺はレーナを救出しに行っただけなのに怒られるのか……。


「……ごめんなさい」


 俺と同じことを思ったのか、レーナはしょぼんと俯いてルミア達に謝罪した。

 ユミとソフィアも本気で怒ったわけではなかったのか、俯いたレーナの頭をぽんぽんと撫でている。

 そんな中リーアはどこに行ったんだろうと俺は周りを見た。


「あ、お兄ちゃん!みてみて!!この爆弾アイスって商品……◯ン◯ームみたいな形してる!!」


 リーアが爆弾アイスを置いている屋台から満面の笑みで駆け寄ってきた。

 その手にはゴムを膨らませたような商品を6つもっている。

 いや……数ある屋台の中でそれをもってくるのか……。

 屋台の方を見ると、屋台のおっさんがこの世の絶望を見たかのような表情を浮かべていた。

 ……レーナと同じことが起きていたらしい。


「あら、ちょうどいいタイミングでリーアお姉様が帰ってきましたね。ソフィアお姉様、次のターゲットはリーアお姉様です。いきましょう」


[えぇ。少しばかりお灸を据えましょうか]


 ユミとソフィアはリーアの姿を確認すると、笑みを浮かべてリーアのところに向かった。

 レーナと違ってリーアは面白半分の表情を浮かべているから……結構お説教するんじゃないだろうか。


 その後、スラム街に「うにゃーーーーーー!!」というリーアの悲鳴が響き渡るのだった。


 ▼


「うぅ……酷い目にあった……」


「リーア、仕方ないよ……。今回はパパの説明を聞かずに飛び出したわたし達が悪いもの……」


 レーナとリーアは2人で肩を抱き合っていた。

 リーアの目には涙が滲んでおり、先ほどまでの説教がよほど堪えたのだろうということが伺える。

 俺はそんな2人を抱き上げた。


「たしかにいきなり飛び出していったのは感心しないが……。しっかり反省したんだろう?次からは気をつければ問題ないさ」


「パパ……」


「お兄ちゃん……」


 俺の言葉にレーナとリーアの2人が熱のこもった視線を送ってくる。

 2人からしたら俺の言葉は甘やかしている言葉に聞こえたに違いない。

 その証拠にユミとソフィアは呆れた表情を俺に向けているからな。


「ところで……旭さん。屋台のある一角から離れてだいぶ歩きましたが……どこに行くのですか?」


 そんな中、ルミアが俺が向かっている場所が気になったのか、俺の横に並んでそう尋ねてきた。

 ルミアの言葉を聞いたレーナとユミ、リーアも同じように首を傾げている。

 ソフィアだけは涼しい顔をしてついてきているが、それは俺と情報共有をしているからだろう。


「……ん?そういえば言っていなかったな。この後に花火が打ち上がるらしいから一番綺麗に見える場所に移動しているんだよ。転移で行くよりも楽しみがあっていいだろ?」


 そう、俺達が向かっているのは花火をベストポジションで見れる場所だ。

 昨日下見で走り回った時に花火を打ち上げる企画を知ったので、一番いいところで見れる場所を探していたのだ。

 ……結局見つからなかったからことにしたんだが。


「そういえばウダルの夏祭りでは花火の打ち上げがありましたね……。ですが、街から離れているようにも思えるのですが……」


「すぐにわかるさ。ソフィア、花火が打ち上がる場所は把握しているな?」


[Yes,My Master。打ち上がる時間、場所、高度……全て把握しています]


 俺はソフィアの言葉を聞いて満足気に頷いた。

 そして……1つの隔離空間を【無限収納】から取り出し、空中に放り投げる。


「……これが俺達限定の特等席だ!……出でよ、『大和』!!」


 俺が取り出したのは『大和』が格納されている隔離空間だった。

 レーナ達が息を飲んでいる間に、転移で『大和』の艦橋に移動する。

 花火が打ち上がるまで残り数分……。

 ここからは時間との勝負だ。


「……【眷属召喚:ハイエンジェル】。ハイエンジェル隊は『大和』の操作席に移動してくれ。魔物が近づいてきたら適当に処理しておくように」


『『『『了解しました!!』』』』


 俺の命令を受けたハイエンジェル達はテキパキと自分たちの役割をこなしていく。

 ハイエンジェル達によって『大和』は空中で停滞し、花火を鑑賞する準備が整った。

 俺はレーナ達に飲み物を渡していく。

 しかし、ソフィアを除くレーナ達はぽかーんとした表情を浮かべていた。


「……え?パパ、『大和』から花火をみるの?」


「たしかにここなら誰にも邪魔されずに見れるだろうけど……危なくない?」


「まさか空中から花火を見ることになるとは思いませんでしたよ……」


「お兄様、こういうサプライズは心臓に良くありませんよ……?」


 おやおや?

 いいサプライズかなと思ったんだが、あんまりいい評価ではないな。

 だが……それも花火が打ち上がるまでの間だけだ。


[花火が打ち上がるまで残り10秒……。9……8……7……]


 レーナ達の困惑した言葉を他所にソフィアがカウントを開始した。

 ソフィアの言葉を聞いたレーナ達はウダルの方に視線を移す。


[3……2……1……]


 ーーーーヒュルルルルルル…………ドォォォォン!!


 ソフィアが0のカウントを言う前に花火が打ち上がった。

 1つ目が上がったと同時に多数の花火が打ち上がっていく。

 ウダルの上空を色取り取りの花火が染めていく様は圧巻だった。

 たしか……『ワイドスターマイン』とかいう速射連発花火だったはずだ。


「……綺麗」


「お兄ちゃん、これを私達に見せたかったんだね……」


 花火を見たレーナとリーアがうっとりとした表情を浮かべて花火を眺めている。

 ユミとルミアも言葉を発してこそいないが、連続で打ち上げられる花火に見入っているようだ。


「それにしても……街の上空で花火を打ち上げるなんてな。結界魔法がある異世界だからこそできる芸当か……」


[そうですね。日本だと危険が多くてこんな打ち上げ方はできないでしょう]


 俺の独り言にソフィアが同意した。

 花火を見たのはだいぶ昔だ。

 諏訪の花火大会が最後だった記憶がある。

 だが、今目の前で打ち上がっている花火はそれ以上の規模だ。


[では、私はレーナ達に毛布を渡してきますね。夏とはいえ……夜はまだ寒いですから]


 そう言ったソフィアは【クリエイト】で創造した毛布をレーナ達に手渡しに行った。

 どうやら気を利かせて1人にしてくれたらしい。

 俺はそんなソフィアのさりげない気遣いに感謝しながら、ポツリと呟いた。


「……異世界の夏祭りは地球よりも規模が大きいな。だが、それ故に楽しめると言うことか……。この瞬間を大好きな人たちを眺めることができることにそれと同時に……この世界に転移させてくれた人物に最大の感謝を」


 それは異世界転移する前には持ち得なかった感情。

 俺はレーナ達を見ながらいまだに打ち上げられている花火を眺めた。

 この世界に俺を異世界転移させたまだ見ぬ人物に感謝の言葉を述べて……。

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