第126話 旭は自宅に罠を張る

 ーーーー(第三者視点)ーーーー

「おい、旭の家の調査はどうなっている?」


 ウダルにある豪邸の中で恰幅のいい男が部下にそう尋ねた。

 その男の名前は『強羅居組』の組長であるゴーン。

 金色の服を着ており、椅子の上でのんびりと葉巻を吸っている。

 ゴーンの言葉を聞いた部下は冷や汗を流しながら、ゴーンに街中での活動報告を開始した。


「そ、それが……。住民に賄賂を渡して情報を集めようとしたのですが……全て拒否されてしまいまして……」


「なんだと!?普通の人間なら大量の金貨を目にすればすぐに飛びつくはずだ!貧民街の人間にも声をかけてきたのか!?あいつらなら金に目が眩んで情報を吐くはずだろう!?」


 部下の報告を聞いた男は、机をバンと叩いて立ち上がる。

 ゴーンの脳内では、住民に贅沢しなければ一生を暮らせるほどの金を渡せばすぐに情報を吐くだろうと考えていた。

 だが、その目論見はうまくいかなかったらしい。

 自分の目論見通りにいかなかったことに苛立ちを覚えたゴーンは、部下の襟首を掴んで睨みつけた。

 その視線には強い殺気が込められており、部下は殺気に満ちた視線に震えながらも報告を続ける。


「も、もちろん貧民街にも声をかけました!!しかし、結果は同じだったんです!!声をかけた住民は『はぁ!?あの旭に敵対してまで協力したくなんかねぇよ!』の一点張りだったんですよ!!」


 部下は冷や汗をかきながらも、殺気に押し潰されないように大きな声でゴーンに訴える。

 正直に報告しているのに殺されるなんてたまったもんじゃないとでも叫ぶかのように。


 部下が必死に訴える姿に嘘はついてないだろうと考えたゴーンは、掴んでいた手を離して静かに椅子に座りなおす。

 深呼吸をした後、ゴーンは別のアイデアが思いついたらしい。

 睨みつけながら部下に己が考えた命令を下す。


「……ならば、貧民街の奴らを数人誘拐してこい。穏便に事を済ませようと思ったが……やめだやめ。情報を吐かない場合は片方を目の前で殺してもいい。どんな手段を使ってでも旭の家の所在地を明らかにするぞ!」


「……は、はい!わかりました!!」


 ゴーンの言葉を聞いた部下は、急いで部屋を後にした。

 どうやら誘拐するための準備に取り掛かるらしい。

 部下が速やかに行動に移したのを見たゴーンはニタリと厭らしい表情を浮かべた。


「……旭の野郎、部下の命を奪った落とし前は絶対につけてやるからな……!そして、あいつの目の前で女達を犯してやる。ふふ……はははははは!!」


 ゴーンはそう言うと高らかに笑い声をあげた。

 旭が自分に絶望した表情を向ける姿を思い浮かべるのがよほど愉快なようである。

 そんな未来はほぼゼロに等しいということに、ゴーンが気がつくことはない。


 ーーーーーーーー


「準備は進んでいるか?」


 俺は近くにいるソフィアに尋ねた。

 現在、俺達は『強羅居組』の面々が家を襲撃してきたときに備えて、様々な準備をしている。

 家の周りの担当はソフィアであり、眼下ではハイエンジェルやデススネーク達が所狭しと動き回っているのが見えていた。


[はい、今のところ順調に準備は進んでおります]


 俺の言葉に力強くソフィアが頷いた。

 そして、ソフィアはこれまでに準備した内容について説明を始める。


[まず、家の周りは【聖域】を三重に展開しました。【聖断】でもよかったのですが、あれは虹色に輝く為、罠として展開するには適さないかと思ったが故です。【聖域】にはそれぞれ【物理衝撃緩和】、【魔法攻撃反射】、【魔法吸収】の3種類の効果を付与してあります。三枚全部を突破しなければ家に進入できないでしょう。……家の内部には【聖断】を展開しているので、突破したところで進入できないのですが]


「【聖域】と【聖断】の持続時間は大丈夫なのか?魔力が切れたらその都度張り直さなければならないんじゃなかったっけ?」


[それについても問題ありません。枯れない桜の下に大きな魔力の流れができており、そこから魔力供給を行なっております。任意に解除しない限りは半永久的に魔法の効果が残るでしょう]


 ソフィアは自信満々にそう答えた。

 まさか枯れない桜の下にそんな魔力の流れができているとは……。

 いや、永遠に咲き誇る桜なのだから何があってもおかしくはないのかもしれない。


[続いて家の周りについての状況を報告します。現在、家から門までの距離にはデススネークによる神経毒の罠を準備しています。これは遅効性の神経毒で、家に辿り着く頃に効果が現れるようです。神経毒の効果は滑舌の低下と魔法を発動させる魔力回路の閉鎖、それに加えて若干の麻痺を与えるといったものです。【キマイラ】には効果がないと思われますが、ただの人間になら効果は絶大でしょう。あ、安心してください。この神経毒には命を脅かすものではないみたいですから]


「命を脅かすものではないにしろ……普通の人間なら発狂したくなるような効果だな。ちなみに展開している罠は神経毒だけなのか?」


 デススネークによる神経毒の罠を張り巡らせていたのは知らなかったが、それだけだと簡単に家にやってくることも可能ではないだろうか?

 例えば、【キマイラ】以外にも物理よりの召喚獣を用いて罠を突破する……とか色々と抜け道はありそうな気がする。

 ……というか、なんで俺はこんなに神経質になっているんだろう?


[その可能性はなきにしもあらずですね。ですが、今回の目的は家の近くまでおびき寄せること。交渉が失敗したときには、組長の男を除いた全員を桜の養分にすれば問題ありません]


 俺の心配事に対して、ソフィアは目の光を消してそう答えた。

 ソフィアを含む俺の嫁達は、俺に敵対する人間に対して容赦はしないし情けもかけない。

 交渉が失敗するようなことがあれば、本当に桜の養分にするのだろう。

 ……そうなったとしても自業自得かと考えてしまう俺も神経が麻痺しているのかもしれないが。


「ソフィアさ〜ん。【百鬼夜行】達の配置終わったよ〜」


「ソフィアお姉ちゃん、ユニコーンの配備もできたよ〜」


 ソフィアとそんなことを話していると、レーナとリーアがトテテーとこちらに向かって走ってきた。

 その勢いのまま2人して俺のお腹に飛びついてくる。

 油断していた俺は身構えることができずに、勢いのついたレーナとリーアをその身で受け止めた。


「…………ウグッ!ど、どうしてレーナとリーアがここに……?」


 胃にダイレクトダメージを受けて食事を戻しそうになったが、どうにか飲み込んで2人にここにいる理由を尋ねた。

 俺とソフィアがいるのは3階にあるバルコニーだ。

 2人が言っている配備を下で行っていたのだと想定しても、ここにくるまでは時間がかかるはずなのだが……。


「ソフィアさんに家に向かう道中に【百鬼夜行】を配置してほしいと頼まれたんだ。家の周り全部に配置してきたから疲れちゃったよ。……で、その配置が終わってソフィアさんを探していたらお兄ちゃんの気配があったから急いで来たと言うわけ」


「わたしもリーアと同じ理由かな。わたしは上空に【透明化】をかけたユニコーンを配置してきたんだよ〜。ソフィアお姉ちゃんから上空からの敵襲に備えて配備しておいてくださいって頼まれたの」


 レーナとリーアは上目遣いで俺の方を見て、楽しそうにそう報告をしてきた。

 報告するのはいいんだけどさ、2人とも俺の胸板に頭を擦り付けすぎだからね?

 金色と銀色のサラサラとした髪が妙にくすぐったい。

 同じシャンプーを使っているのになんでこんなにサラサラになるんだろうな。


 俺はそんなレーナとリーアの頭を撫でながら、ソフィアの方を見た。

 ……ソフィアさん?

 そんなに羨ましそうにレーナとリーアを見ている場合ではないのでは?


[……ハッ!すみません。あまりにもレーナとリーアが羨ましくて見入ってしまいました]


「いや、それはいいんだけどさ。後で甘えさせてあげるから今はレーナとリーアに頼んだ件について報告してくれ」


 俺の言葉を聞いたソフィアは、パァァァと表情を明るくした。

 そんなに羨ましかったのね……。

 後でたくさん甘やかしてあげよう。


[言質、取りましたからね?さて、レーナとリーアに頼んだ件についてでしたか。まずはレーナに頼んだ件について報告するとしましょう]


 ソフィアはなにやら不敵な笑みを浮かべてからレーナとリーアの件の報告を始めた。


[本人も言っていましたが、レーナには上空にユニコーンを配備してもらいました。後程、ハイエンジェルも配備する予定ではありますが。ユニコーンとハイエンジェルに【透明化】をかけて配備することで、上空からの奇襲にも対応できるようになります。ユニコーンとハイエンジェルに私と旭が【眷属強化】をかければ、禁忌級に匹敵する能力を得ることができます。そうなれば【キマイラ】相手でも問題はないでしょう]


 なるほど、上空からの奇襲を考えての提案だったのか。

 ソフィアがユニコーンの【眷属強化】をかけるのは、ユニコーンという種族が男をあんまり好んでいないのが要因だろう。

 ……レーナのユニコーンは俺のことをマスターと呼んでいるから問題はないと思うんだが……。


[次はリーアについてですね。リーアには【百鬼夜行】の中から主に日本の妖怪を召喚してもらいました。妖怪達は家の近くに配備してあります。そして家の目の前にはダマスクを配置してもらいました。『強羅居組』はダマスクが経営していた組織とも繋がりがあったようですから、なにかしらの足止めにはなるでしょう。万が一【聖域】のところまで来た際、ダマスクに気を取られている間に【キマイラ】を含む召喚獣を『大和』の【三連装ショックカノン】で一掃する予定でいます]


「ダマスクを囮にするわけか。それはいつも通りとして、『大和』はどこに配置するんだ?相手にバレてしまったら意味がないだろう?」


『大和』は召喚獣を殲滅するには適しているかもしれないが、いかんせんサイズが大きすぎる。

 仮に空中へハイエンジェルやユニコーンを配置して、その上に『大和』を配置するとしよう。

 地上からは見えなくなるかもしれないが、遠目から見たらバレバレである。

 後は【三連装ショックカノン】が味方に当たる可能性も考えられる。


[ふふふ……。今日の旭は心配性ですね。安心してください、『大和』の攻撃が味方に当たる心配はありません。配置場所についても問題ないですよ]


 俺の思考を読んだソフィアは、微笑を浮かべた。

 滅多に見せない微笑みにドキッとしながらも、俺はソフィアの言葉の続きを待つ。


[今回、『大和』を配置するのは宇宙空間です。あの空間であれば地上から見つけることは不可能ですから。それと『大和』には私とハーデスが搭乗します。船体の管理をハーデス、砲撃の管理を私が行うことにより、味方に当たる可能性は0になります。……ダマスクは例外ですが]


 ふむ……。

 ソフィアが攻撃面の管理を行うなら問題はない……か。

 俺は深呼吸を1つすると、ソフィアを改めて見つめた。

 そして……深々と頭を下げた。

 レーナとリーアが「きゃーー」と言いながらはしゃいでいるが、今は努めてスルーする。


「ソフィア。今回の件について色々と対策を立ててくれてありがとう。俺はどうやら鬱になっているようで今回は役に立ちそうにない……。襲撃までには持ち直してみせるが、それまでの事はソフィアに任せようと思う。……それでも大丈夫か?」


[旭……]


 俺の謝罪の言葉にソフィアは驚いた様に目を見開く。

 だが、次の瞬間には慈愛に満ちた表情を浮かべた。


[問題ありませんよ?えぇ、全く問題ありませんとも。旭はこの世界に転移してきたから色んなことを経験しました。人殺しもそうですし、レーナ達と暮らす様になったこともそうです。今日この日まで地球で暮らしていた時よりも刺激的な生活を送ってきたのです。普通の人間ならすぐに鬱になることでしょう。準備は私達に任せて、旭は脳と精神の療養に集中してくださいな]


「うん……そうだね。パパはわたしを救ってくれた時から頑張ってきたと思うよ。少しくらい楽をしてもいいんじゃないかな」


「レーナとソフィアさんの言う通りだよ、お兄ちゃん。無理して頑張る必要はないの。時には休む事も大事なんだよ?」


 ソフィアはそう言って、レーナとリーアを巻き込んで俺を優しく抱きしめた。

 レーナとリーアもソフィアの言葉に賛同しているのか、俺の背中をぽふぽふと叩いて優しい言葉を投げかけてくれる。


 ……今までの人生の中でここまで己の存在を認めてもらえたことがあっただろうか?

 音ゲーで出会ったカップルだけじゃない?

 だが、今はこんな俺を心配してくれる最愛の人が5人もいる。

 そう考えた途端、俺の瞳から涙が溢れた。


「……あぁ、ありがとう……。ソフィア達の言葉に甘えて数日休ませてもらうよ。こんな俺を好きになってくれてありがとう」


 俺の言葉にレーナとリーア、ソフィアの3人は顔を見合わせた。

 しかし、その表情はとても穏やかだった……が。


[では、旭に休んでもらうためにも……これから愛を確認し合いましょうか!]


「「賛成〜!!」」


「え……?」


 え?ここは感動的なシーンじゃないの?

 そう思う暇もなく、俺はソフィアとレーナ、リーアに抱きつかれたまま寝室へと転移させられる。

 その後、俺のアッーーーーという声が家中に響き渡るのであった。

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