第117話 旭はウダルに帰還する

[報告します。地上にウダルの街並みが見えてきました。後数分で冒険者ギルドの上空に出ると思われます]


 俺が操舵室に入るとソフィアの声が聞こえてきた。

 ダスクでの攻防が終わった後は『大和』を自動操縦にしていて優雅に過ごしていたのだが、楽しい時間はもう終わりのようだ。


「冒険者ギルドの上空に到着次第、【短距離転移】で地上に向かう。『大和』はその時に【無限収納】へ収納するからソフィアは【短距離転移】を頼む」


[Yes,My Master]


 ソフィアに指示を出した俺は操舵室を後にしてリビングに向かった。

 操舵室の件はソフィアに任せておけば問題はないだろう。


「……すぅすぅ」


「……すやぁ」


「ん〜……にぃに〜……えへへ……」


 リビングではレーナ、リーア、ユミの幼女組はお昼寝をしていた。

 ルミアはそんな3人を愛おしく見つめながら、甲斐甲斐しく毛布をかけ直している。

 ……戦勝祝いではしゃぎすぎたか?

 2日くらい起きっぱなしだったから、その疲れが一気にきたのかもしれない。


「ルミア、レーナ達はまだ起きそうにないか?」


「えぇ、とてもぐっすりと寝ていますよ。どうかしたのですか?」


 俺とルミアはレーナ達を起こさないように小声で会話した。

 そんなことをしなくても【遮断空間】を使用すればいいんじゃないかという意見もあると思うが、寝ているとはいえ大切な仲間でもあり嫁である3人にそんなことはしたくはないんだよ。


「さっきソフィアから連絡があってな。そろそろウダルの冒険者ギルドに着くらしい」


「もう着くのですね……と言いたいところですが、今回はゆっくり飛行していたからいつもよりは時間がかかっているんでしたっけ。たまにはのんびり旅をするのもいいものですね」


「……ウダルに着くまでに何度攻撃されたか数えきれなかったけどな。どこからどう見ても魔物じゃないだろうに……」


「旭さん、『大和』の全長は263mですよ……?未知の魔物として判断されても仕方ないと思うのですが……」


 俺とルミアはそんな他愛のない雑談をしながら、レーナ達の頭を撫でる。

 小声で話しているからなのか、今のところレーナ達が起きる気配はない。

 ……それにしても『大和』が魔物扱いされる理由に驚きを隠しきれない。

 ブラックドラゴンなんて『大和』よりも巨大だが普通に生息しているのに……。


「…………!」


 ルミアとそんなことを話していると、『大和』に展開した【気配探知】に敵性反応を察知した。

 俺はルミアを見ると、ルミアも同じ気配を察知したようだ。

 朗らかな表情から真剣な表情に切り替わっている。


「……家に帰ってレーナ達を寝かせておこうと思ったんだけどな。どうやらそうも言っていられないらしい」


「……ですね。敵は強くてもダスクの騎士レベルですから心配はいらないでしょうけど、反応がある場所が冒険者ギルドというのが気になりますね。旭さん、どうしますか?」


「正直熟睡している3人を起こすことはしたくないんだよなぁ……。ソフィア!『大和』全体に【遅延空間】を展開する!『大和』の制御は任せたぞ」


『任務了解しました。こちらの制御はお任せください。【遅延空間】の展開時間はどうするのですか?』


「レーナ達が起きるまでだな。万が一に備えてデススネークを50匹召喚しておいてくれ」


『了解しました。準備に取り掛かります。旭、恐らくは【神威解放】を使うつもりかもしれませんが、今回はその必要はないですからね?【神威解放】後の【遅延空間】は【無限空間】に変わってしまいますから』


「……俺の考えが全てバレてら。……じゃあ、普通に展開するとしようか。【遅延空間】を展開……!」


 俺はソフィアに釘を刺されたことを苦笑しながら、【遅延空間】を展開した。

 さて、レーナ達が起きるまでの時間が暇になるな……。

 そんなことを考えているとルミアがそっと俺の腕に抱きついてきた。


「旭さん、どうせ暇なのです……。一緒にテレビでも観ませんか?旭さんの力なら地球のテレビも映るのでしょう?」


「エッチなお誘いかと思って期待したんだがそっちだったか。今の時間は……ほとんどがニュースだな。それでもいいか?」


「えぇ、問題はないですよ。向こうの世界の情勢を知ることも重要ですからね。戦闘に使えるものもありますし」


 どうやらルミアは地球のテレビ番組にはまったようだ。

 テレビ番組のことを語るルミアの尻尾はブゥンブゥン!と大きく揺れている。

 よほど見たかったみたいだな。

 俺は苦笑しながら、イヤホンを2人で共有して地球のテレビ番組を観るのだった。


 ……緊迫した空気がないって?

 別に緊迫するようなことでもないし、何があっても対処はできるから大丈夫大丈夫。


 ▼


 ーーーー【遅延空間】内で7時間が経過ーーーー


「ふあぁぁぁ……。パパ、おはよぅ……」


「いつの間にか寝ちゃってたんだね……。おかげさまでよく眠れたよ」


「にぃに……ルミアおねえちゃん……おふぁよぅ……」


 俺とルミアがテレビ番組をしまって雑談をしていると、熟睡していたレーナ達が起きてきた。

 3人は大きなあくびをしていたが、レーナとリーアは周りをキョロキョロと見渡し始める。

 ユミは俺の膝に乗っかってきていた。


「……?パパ、なんで【遅延空間】を使っているの?なにかあったの?」


「【遅延空間】を使用しなければならない事態でも起きたの?……それにしてはのんびりしてるような気がするんだけど」


 レーナとリーアは【遅延空間】が展開されていることに疑問を覚えたようだ。

 何かあったとしても、俺とルミアがのんびりと会話をしているから余計に疑問に感じたのだろう。

 俺は【遅延空間】を使用した経緯を3人に説明した。


「そっかー……。そうとは知らずに熟睡していたのが恥ずかしい……」


「私も【気配察知】は使用していたんだけどなぁ……。よっぽど疲れていたんだろうね。そのおかげで今は絶好調だけど」


「3人も起きたことだし、操舵室に向かおうか。そろそろ何があったのか確認しないといけないしな」


「ですね。荒事にはなっていないみたいですし、問題はないと思いますが……」


 俺とルミアはレーナ達3人を連れて操舵室に向かう。

 ユミだけは事態を理解できていないようだが……。【神威覚醒】を発動させれば瞬時に理解するだろうし、今は好きにさせておく。


「ソフィア、おまたせ。【遅延空間】を解除する前に、ウダルの冒険者ギルドに何が起こっているのか教えてもらってもいいか?」


「畏まりました。まずは現状説明を簡単にします。現在、ウダルの冒険者ギルドにはヤクザのような人間がやってきているようです。今の所、暴力を振るわれたりとかいうのはないみたいですね。ちなみに冒険者ギルドの中に15人、外を囲っているのが40人といったところでしょうか」


 俺から質問を受けたソフィアは、ウダル冒険者ギルドで起こっている現状を語り始めた。

 まさかこの世界にもヤクザがいるとは。

 ソフィア曰く、〈ヤクザのような人間〉らしいから、俺のイメージとは違うのかもしれないが。


「なるほどな……。もしそうだとしたら、レーナ達を連れて行くのはあんまり良くないかもしれない」


「えぇ……。わたし達だってもう強くなったんだから大丈夫だよぉ……」


「レーナ。言いたいことはよくわかるけど、お兄ちゃんの気持ちも考えてあげなきゃ。いつぞやの男達の襲来みたいなことがあったらどうするの」


「それもそっか……。ごめんね、パパ……」


 レーナはリーアの言葉を聞いて納得したようだ。

 俺の服をキュッと掴んだレーナの頭を撫でる。

 そんないじらしい仕草されたら抱き上げたくなってしまうじゃねぇか……!


「……ゴホン。とにかく今回の件は俺と元ギルドマスター補佐のルミアの2人で対応したいと思う。だが、ダスクの街に着いたら【無限収納】に収納してしまう。そこでレーナ達3人はソフィアの【長距離転移】で先に家に帰ってもらいたい。食事テーブルを軽く掃除しておいてくれると嬉しいかな。……お願いしてもいいか?」


 俺は先に家に帰すことに罪悪感を感じたが、あの手の輩は何をしてくるかわからない。

 人質に取られたとしてもすぐに救出できるが、その時は冒険者ギルドに血の華が咲き乱れることになる。

 それならば先に家に帰しておこうと思ったのだ。


「……パパにそんなことを言われたら断れないよ……。わかった!帰ってきたらすぐにご飯にできるようにしておくね!」


「となると、私とユミはリビングの掃除かな。ユミ、何日か家を空けていたからしっかり掃除しようね」


「はーい!ユミねぇ……そうじもバッチリできるようになったから、それをリーアおねえちゃんにみせてあげるね!」


 俺のお願いに快く返事をしてくれたレーナとリーア、ユミの3人。

 そんな3人を強く抱きしめて感謝の気持ちを伝える。

 俺に抱きしめられた3人は恥ずかしそうに体を捩っていたが、3人は満面の笑みを浮かべていた。


「……ルミア、行くぞ」


「えぇ、旭さん。早めに解決してレーナさん達の手作りご飯を堪能しましょう」


「あぁ……そうだな。こんなくだらない案件はさっさと終わらせよう。【短距離転移】」


[こちらも移動を開始します。……【長距離転移】]


 俺とルミア、レーナとリーア、ユミ、ソフィアの二手に分かれ、それぞれの目的地に向かって転移した。

 俺達が向かったのは冒険者ギルドの入り口付近。

 内部に転移しなかったのは、外にいる奴らがどんな輩なのか確認するためだ。

 冒険者ギルドの入り口付近には、チンピラがバリケードを作っている。

 人間バリケードか……まさかこの世界に来て目にするとは思わなかったが。


「……『大和』の収納を確認。……さーて、そこを退いてくれないだろうか。俺達は冒険者ギルドに用事があるんだ」


「……!?空中に浮かんでいた巨大物体が消えた!?それにお前達は何者だ!今、冒険者ギルドは取り込み中だ。通ることは許さん!」


 いきなり暴力を振るうのは失礼だろうと、リーダーらしき男に話しかけたのだが……。

 俺が穏やかに目的を伝えたのにそれを跳ね除けてきやがった。

 額に青筋が浮かび上がってくる。

 俺は手を出したいのをなんとか抑えて男にもう一度話しかける。


「いやいや。俺達は冒険者ギルドの依頼を達成してきたんだ。すぐに報告したいんだが……」


「そんなことは知ったことじゃねぇな!……だが、そうだな。そこの美人さんを俺達に譲ってくれるn……「あ゛ぁ゛!?」……ガハッ!?」


「旭さん、殺気をそんなに放ったら意味ないじゃないですか。どうするんですかこれ……」


 ルミアは気絶したチンピラを汚物を見るような視線で眺めた。

 俺の殺気をもろに受けたチンピラは立ったまま絶命してしまったようだ。

 ……殺気だけで人を殺せるなんて思わなかったんだがなぁ。

 だが、俺の女に手を出そうとしたんだ。

 死んで当然だろうしもう気にしないことにする。


「ルミアを譲れとか馬鹿なことを言ってくるからつい殺気を全開にしてしまった。……で?今のを見てまだ通してくれないのか?……優しいお前達はここを通してくれるんだよなぁ?」


「「「「「ーーーーコクコクコク!!!!」」」」」


 俺が残りのチンピラに問いかけると、チンピラ達は人間バリケードを綺麗に二分割して道を作った。

 ……後ろの方から漏れたような音が聞こえたが、この世界の住人は失禁しやすいのか?

 それとも恐怖に耐性がないのだろうか。


「じゃあ、道もできたし中に行くとしよう」


「そうですね。こんな男達はどうでもいいですし」


 俺とルミアはそんなことを言いながら、冒険者ギルドの中に入っていった。

 絶命したチンピラはそのままにしてきたが……まぁ、他の仲間が片付けてくれるだろう。


「だからよぉ……!響谷旭が今住んでいる家を教えろっていってんだ!」


「ですから、それは個人情報になりますので当ギルドでは対応ができないんです」


「そんなこと言っていいのか……!?この国の金は誰が動かしていると思っていやがる!」


「いえ、あなた方の組織の影響力が大きいのは存じ上げております。しかし、冒険者ギルドには関係がありません。」


 冒険者ギルドに入ると、ギルドマスターと恰幅のいい男が言い争いをしていた。

 その男はきらびやかなコートに身を包んでおり、いかにも俺はお金持ちだとアピールしている。

 ギルドマスターも恰幅のいいおっさんも俺とルミアには気づいていないようだ。


「だったら旭をここに連れて来いや!!この街に住んでいるのは調べがついてんだぞ!」


「それについても先程から説明しております。ただ今、響谷旭は依頼のためウダルを離れております。すぐに連れてくることはできません」


「なんだと!?なんで街にとどめておかねぇんだ!」


 ……なんかヒートアップしているが、やりとりに飽きてきた。

 俺はルミアを連れて男達に近づいていく。


「さっきから知らないおっさんが俺の名前を叫んでいるんだが……なんなんだよ。響谷旭は俺だ。何の用だ」


「……なんだこいつ」


 おっさんは俺の言葉を聞いて怪訝そうな表情を浮かべた。

 ……本人だと名乗っているのになんで信じないんだよ。

 俺はため息をつきたいのを堪えて、未だに状況を理解できていないおっさんを睨みつけるのだった。

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