第118話 旭はおっさんを適当にあしらう


「……で?ギルドマスターさんよぉ……。目上の人間に対して礼儀がなってないこのバカは誰だ」


 おっさんは俺の方を見ながらギルドマスターに尋ねた。

 どうあっても俺を響谷旭本人とは認めたくないらしい。

 ……頭のネジが一つ足りないんじゃないかと思うね。


「その方こそ、全冒険者ギルドで唯一のSSランクの冒険者である響谷旭です。……というか、本人も名乗っていたでしょう?」


「……聞いてた話と違うぞ?響谷旭は幼女を2人連れているロリコンだと聞いたんだが。そいつが連れているのは男嫌いで有名な【氷の女王】ルミアじゃないか。【氷の女王】が男と一緒にいるだけでも驚きだがな」


「おい、そのロリコンってのはどこのどいつに聞いた?そいつを殺してくるから今すぐに教えやがれ」


「落ち着いてください、旭さん。ある意味事実ではないですか」


 俺がおっさんに問い詰めようとしたら、ルミアが俺を抱きしめて引き止めてきた。

 殺気を放っていなかったせいなのか、おっさんは何いってるんだこいつは……みたいな顔をしている。

 くそ……チンピラをさっきで殺してしまったから抑えていたが……意味なかったか。


 ちなみにおっさんはレーナとリーアを仲間にしたところまでしか知らなかったらしい。

 まぁ、おっさんがどこまで俺の情報を掴んでいるのかなんて些細なことだ。

 だけどな、なんでロリコンという言葉がすでに広がっていることには納得がいかない。

 あれか?この世界にもロリコンが多いのか?

 ……なんとなくだが、初代勇者が広めたんじゃないだろうか。

 初代勇者よ……ロリコンよりももっと有意義な言葉を後世に残してくれや。


「……本人だというのならその証拠を見せてみろ。本当に響谷旭だというのであれば、どんな人間も敵わない能力を所持しているのだろう?それをここで示すだけで本人と認めるのだ。こんなに簡単な条件もあるまい?」


 初代勇者に対して憤慨していると、おっさんが汚らしい笑みを浮かべて俺に命令してきた。

 なんでこいつはこんなに自信たっぷりなんだろうな。

 本人であると言っても信じられないのは人間としてどうかと思うんだが。

 というか、冒険者証を提示すれば問題ないのではないかとすら思うわ。


「……あぁ?ダスクと戦ってきたばかりなのに、なんでそんな面倒なことをしないといけないんだよ。俺は早く家に帰りたいの。家で嫁達が夕飯を作ってくれているんだから。それがわかったらさっさと退いてくれ」


「ダスクと戦ってきた……?少人数で街1つを相手にできるわけがねぇだろうが!……お前は一回痛い目を見なければ自分の立場がわからないみてぇだなぁ……?」


 俺が適当にあしらっていると、おっさんは俺に殺気を向けてきた。

 いや、殺気というにはあまりにも稚拙なオーラだ。

 あぁ、猫が威嚇しているような感じかな。

 そう思った途端、太った猫がフシャーとしているようにしか見えなくなった。

 ……かわいくない猫だなぁ、おい。


「……この下郎、誰に殺気を向けているのです……?権力と金という欲にまみれた薄汚い人間が旭さんに殺気を向けるなど100年早いと知りなさい……!」


「……な、なんだよ……!なんで男嫌いで有名なお前がこんな男の肩を持つんだ!」


「知れた事……。私も旭さんの嫁だからですよ!……そして、こんな男……と言いましたか?……よっぽど死に急ぎたいようですね。……それならば、お望み通りあの世に連れていってあげましょう!」


 そう言ったルミアの姿が一瞬で消え去る。

 おっさんは消えたルミアの姿を必死に探しているが、そんな反応速度じゃ一瞬で殺されるぞ?

 ……はぁ、しょうがない。

 ここは貸しをつくっておくとするか。


 ーーーーギィィィィン!!


 俺はおっさんの首を狙って振りかざされた【神剣】を【鬼切丸国綱】で弾き返す。

 弾き返した瞬間に、ルミアの姿が認識できるようになった。

 俺の予想した通り、【時間遅延】を使用しておっさんの息の根を止めようとしていたみたいだ。

 まさか俺に攻撃を止められるとは思っていなかったルミアは驚愕の表情を浮かべている。


「旭さん!どうしてそんな男を庇うのですか!?その男はあろうことか旭さんをバカにしたのですよ!死んで然るべきだと思うのですが!」


「ルミア、一旦落ち着きなさい。俺達はただギルドマスターにダスクとの戦闘の結果を伝えにきただけだ。『大和』から敵対反応を察知したから2人できただけだし。こんなチンピラを相手にする必要はない。むしろ、殺したらそれこそ面倒なことになるだろう?1


「……おい、お前今なんて言った?殺気だけで人を殺した……?一体どういうk「組長!大変です!外で待機していた人間の1人が死んでいます!」……なんだと!?」


 部下からの報告を受けたおっさんは急いで外に向かっていった。

 俺の言った言葉が本当かどうかを確かめに行ったのかも知れない。

 おっさんとその取り巻きが外に出た後、冒険者ギルドは沈黙に包まれた。


「……よし、出ていったな?【神威解放】……からの【聖断】!」


 俺はおっさん達が出ていったのを確認した後、冒険者ギルドの建物全体に【聖断】を展開した。

『大和』の【魔道砲】すら受け止めた【聖断】だ。

 あの男達程度の実力では傷をつけることもできないだろう。

 敵対しなければ通過できるのでこの結界はこのまま展開しておこう。


「……旭君、あんな雑にあしらって良かったのか?」


 俺が【聖断】を展開して一息ついていると、ギルドマスターが苦笑いを浮かべながら近づいてきた。

 だが、笑いを堪えるかのように体がプルプルと震えている。

 あの男の対応が面倒だったのに、俺が適当にあしらったことが面白かったのかも知れない。


「雑にあしらったことについては否定しないけどな。さっきも言ったように、さっさと帰って夕飯にしたいんだよ。……で?あのおっさんは誰なんだ?なんかいかにも裕福な生活をしていますっていう態度がきにくわなかったんだが」


「旭さん。あの男はウダルの隣の街を活動の拠点にしているヤクザの組長です。王都や帝国に莫大な出費をしていることから、どんなことをしてもお咎めなしという典型的な小物ですよ」


「ルミア君の説明は大体合っているが……。あの人物を小物扱いするのは君だけだと思うぞ……?」


 俺の質問にルミアがわかりやすく説明してくれた。

 ギルドマスターはルミアの説明……というか〈小物扱い〉したことに呆れているようだったが。

 ルミアと俺の実力を知っているからこそ、呆れるだけで済んでいる……のかもしれない。


 それにしてもヤクザか……。

 ソフィアは〈ヤクザのようなもの〉と言っていたが、実物を見るとまんまヤクザだったな。

 構成員と思われるチンピラは昔のドラマに出てくるような服装をしていたし。

 異世界転移する前の俺だったらあんなあしらい方はしないだろうが、今の俺はチートの塊だ。

 何かあっても対処できると思っている。


「ヤクザの組長ね。まぁ、手を出してきたらその時は殲滅すればいいだけか。ギルドマスター、そんなことよりもダスクとの攻防について報告したいんだが」


「……先程の件をそんなこと扱いか……。まぁ、旭君の言う通りでもあるな。……よし、報告を聞くからギルドマスター室に向かうとしよう」


 ギルドマスターは俺とルミアの言動に突っ込むことを諦めたらしく、ギルドマスター室に向かって歩き始めた。

 俺とルミアはそんなギルドマスターの後に続いてギルドマスター室に向かおうとした。


『おい!なんだこの結界は!!なんで俺達だけ通れないんだ!俺の声が聞こえているのならさっさと結界を解除しやがれ!!ウチの組員を殺しやがって!!この落とし前……絶対につけてやるからな!!』


『組長!この結界……どんな攻撃も跳ね返します!!ビクともしません!!』


『威力の高い攻撃よりも手数で攻めろ!!いくら強固な結界といえど、何度も攻撃すれば壊れるはずだ!!』


 ギルドマスター室に向かおうとしたら……外からそんな声が聞こえてきた。

 どうやら俺が殺した(殺気を当てただけなんだが)チンピラの仇を討とうとしているらしい。

 受付嬢達が若干震えているし、この怒鳴り声のせいで報告が遅くなるのは避けたいところだな……。


「……【遮断空間】展開。さて、ルミア。俺達もギルドマスター室に行くとしよう」


「えぇ、さっさと報告して早く家に帰りましょう」


 俺は冒険者ギルドの外側に【遮断空間】を展開した。

 これで外にいるおっさんの怒鳴り声は聞こえなくなるだろう。

 受付嬢のために展開したんだが、冒険者達から喜びの声がちらほら聞こえてきた。

 よほどあのおっさんの言動にイラついていたらしい。

 そんな冒険者達の歓喜の声を聞きながら、俺とルミアはギルドマスター室に向かうのだった。


 ▼


 ギルドマスターにダスクとの戦闘の経緯を報告をした後、俺とルミアは一階に戻ってきた。

 時間としては1時間くらいか?

 ……ギルドマスターとどんな話をしたのかって?

 それについてはまた後日……ということで。


「あ、響谷旭さん。先程はありがとうございました。あの後も怒鳴り声が聞こえてこなかったので、気持ちが楽でした」


「それならよかった。流石にあの手の人物をもう一度中に入れたら余計に面倒なことになるからな。さて、今外はどうなっているんだ……?【透視】!」


 受付嬢から感謝の言葉をもらった俺はドアの外の景色を見ようとして魔法を使った。

 ……ドアの先に広がっていた光景は……。


『おい……まだ壊れないのか!!』


『組長……上級魔法が使える魔術師も招集してきましたが、全然ビクともしません……!』


『そんなことがあり得るのか!?ウチの魔術師はそんじょそこらの冒険者どもよりも強いはずだぞ!全魔力を集中させろ!冒険者ギルドを消し飛ばす勢いで魔法を撃て!!』


『く、組長!そんなことをしたら王都から睨まれますよ!?』


『その時は【キマイラ】にでも襲わせればいいだろうが!とにかく、今はこの結界を壊すことに集中しろ!』


『り、了解です!!!おい!組長の期待に応えるぞ!気合いを入れろォォォォ!!』


『『『オォォォォッ!!!』』』


 ……思った以上に面倒なことになっていた。

 まさか壊れない結界を目の前にして諦めないとは……。

 諦めが悪いというか現実を認識できないだけな気もするが。


「……旭君、一体どうしたんだ?そんなうんざりとした表情を浮かべて」


「旭さん。【透視】で何を見たのですか?それほどまでに呆れる光景だったのですか?」


 俺の表情を見たギルドマスターとルミアが心配そうに尋ねてきた。

 ギルドマスターとルミアの発言が微妙に違うのはなんでなんだろうな?

 ルミアは男嫌いだからそれも関係していそうだな。


「いやな……。さっきのおっさんが冒険者ギルドが消し飛ぶ勢いの魔法を放とうとしているんだよ」


「……本来ならば慌てるところなんだろうけどな……。旭君が展開した【聖断】の強固さはよく知っている。彼奴らがその魔法を使用したとしても壊されることはない……そうだろう?」


「そうだな。100回連続でやらないと壊れないんじゃないか?みたところ魔力もそんなに強くはないし」


「……だよな」


 俺の言葉を聞いたギルドマスターが遠い目をしてそんなことを呟いた。

 ……そんなに憐れむような視線をするほどのことか?

 むしろ壊されないで済むのなら安心してもいいと思うのだが。


「というわけで、俺とルミアはそろそろ帰るぞ?あぁ、そうそう。今回展開した【聖断】は神格が付与された状態で発動したものだ。半永久的に展開されるから、俺達の攻撃でなければ壊されることはないと思う。……じゃあ、ルミア帰るとしようか」


「はい、旭さん。あのクズの相手をしたのでお腹が空きました。早く帰ってご飯にしましょう」


「それもそうだな。……【長距離転移】」


 俺はギルドマスターに結界の説明をしてから【長距離転移】を唱えた。

 転移する前にギルドマスターが何やら叫んでいたが……。

 まぁ、気にする必要はないだろう。

 文句があるなら今度来た時に聞けばいいだけのことだしな。


 とりあえず、今はレーナ達が作った夕飯が最優先だ。

 さっさと帰ってゆっくり休むとしよう。

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