第96話 模擬戦-3試合目 旭vsルミア-

『さぁ、次は第3試合目だ。諸君、まだ3試合目?だとか言うなよ?旭君の嫁達はそれぞれ強力な力を所有しているから、まだまだ見所のある模擬戦を期待してほしい。今のところは旭君が2連敗しているが……。全敗とかはないよな……?』


『いや、さすがにそれはないだろう。先程のリーア嬢との試合でダマスクに放った【魔神王の洗礼】……。あれは、デメリットがあるとはいえ……世界を崩壊させる規模の魔法だ。あの魔法のデメリットを克服した時……ご主人に勝てる人間はいなくなるだろう。……今ですらご主人を完膚なきまでに倒せる人間はいないと思うがな』


『だからこそ敵に回すべきではない、と私は宣言したい。さて、次の旭君の相手はルミア君だ。元はダスクの街でギルドマスター補佐をしていた人物だな。観客の皆様も【氷の女王】と言われれば、ルミア君の人となりはわかるのではないだろうか?……それでは、入場してもらうとしよう!』


 ギルドマスターとハーデスによるリーア戦の感想を聞いた後、俺とルミアはコロシアムに向かっていく。

 ちなみに今回も手を繋いでの入場だ。

 どうやら緊張を解すためにも、入場するときは手を繋ぎたい……というのがレーナ達5人の希望のようだ。


「ルミアは……落ち着いているな。さすがは【氷の女王】といったところか?」


「旭さん、からかうのはやめてください……。あの異名は私の男嫌いが由来したもの。旭さんと手を繋いで歩いているこの状況には、似つかわしくない二つ名なんですから」


 俺のからかう言葉に拗ねたように答えるルミア。

 拗ねた表情も愛らしいが……コロシアムについてしまった。

 もっとからかいたいのを我慢して……所定の位置に立つ。


『さて……2人とも準備はいいかい?……それでは、第3試合目を開始するッ!』


 俺とルミアが向かい合ったのを確認したギルドマスターが、勝負の開始を宣言した。

 今回こそは威厳を示さないとな……。


 ▼


「さて……と。レーナとリーアは空中に避難するという手段をとったが……ルミアはどうする?」


 俺は構えることなくルミアに問いかける。

 戦闘準備にはすぐに入れるからこその余裕といえるのではないだろうか。


「そうですね……。今回は訓練ではありませんし……初手から【時間遅延】を使用させてもらいましょうか。……出でよ【神剣】。それと同時に……【狂愛】と【身体強化】を重ねがけ開始。……旭さんも準備してください。不意打ちは……武士道に反しますので」


 そう言ったルミアは腰を低く落とし、【神剣】を構えた。

 昔資料で見たことがあるが……あれは<かすみの構え>というやつだろう。

 俺が準備を終えるまで、攻撃を開始するつもりはないようだ。


「ルミアのその武士道精神には答えなければならないな。……【クリエイト:鬼切丸国綱】。それと……俺は日本刀を扱ったことがないんでな。こうさせてもらう」


 俺は有名な日本刀を創造し、あるイメージを固める。

 イメージするのは某ソシャゲのキャラクターだ。

 たしか……あのキャラの異名は……ッ!


「……さて、上手くいくかどうか……。イメージの固定を確認。……【技術模倣:細雪ささめゆき凶刃まがつば】……!ぐ、グゥゥゥ……!」


「…………ッ!?これは……一体……!?」


 俺の魔法に驚きの声を上げるルミア。

 だが、そんなことは気にしていられない。

 今回の為に編み出した【技術模倣】はその知識や技術を一気に反映する魔法……。

 それ即ち、膨大な量の知識が頭の中に流れ込んでくるということ。

 突然の膨大な知識の反映は……頭痛を引き起こし、最悪死に至る。


 知識の奔流が始まってから2分後。

 俺は息絶え絶えながら深呼吸をした。

 どうやら無事に【細雪の凶刃】の技術を模倣できたようだ。


「……ガハッ!……はぁ……はぁ……。ルミア……待たせたな。試合を開始しようか……」


「あ、旭さん……大丈夫なのですか……!?今にも倒れそうな状態ですが……」


「【完全回復】を使うから大丈夫だよ。さぁ、これで準備は整った。改めて……お手柔らかに頼むな?」


 心配するようなルミアを安心させるために笑顔を見せる。

 回復魔法を使うと反映した知識や技術が抜けてしまうかと思ったが……大丈夫なようだ。

 俺は無言で【紅き鎧】と【身体強化】を発動させる。

 バフを全てかければ簡単に勝利することができるだろう。

 だが、それは平等ではない。


「……ッ!わかりました……。私があれからどれだけ強くなったか……見極めてくださいねっ」


 俺とルミアは同じ姿勢で日本刀を構える。

 空気が緊迫し、辺りはシン……と静まり返った。

 片方は【狂愛】の禍々しいオーラを放ち、もう一方は真っ赤に光っている。

 お互い一歩も動かない状態続いた……が。


 ーーーーーザアッ。


「「…………【時間遅延】!!!」」


 風が吹いたのを皮切りに俺とルミアは【時間遅延】を発動させた。

 周囲の時が遅くなるのを実感する。


「いくぞ、ルミア!!楽しい模擬戦にしよう!」


「えぇ、受けて立ちますとも!!私だってご褒美が欲しいので……最初から全力で行きますよ!!」


 ーーーーキィィィン!!


 ーーーーガッ!ガッ!ガガガガッ!


 俺とルミアは空に地面へ縦横無尽に飛び回り、互いの刃を交差させる。

 お互いに急所を狙っての一撃。

 しかし、両名とも剣筋が見えているので……致命打には至らない。


「ハハハハッ!!訓練の時は【紅き鎧】を使ったら俺が押していたのに……今は互角とはな!!」


「それだけ私も成長しているということです……よっ!!ハァァァァァ……!!【秘技:五月雨突き】!!!」


「秘技なんてあるのか!じゃあ……この技を使うとしよう!【乱れ雪月花】!!」


 ルミアが剣を連続して突き出してきた。

 まさか秘技なんてものがあるとは……さすがルミア!

 俺は高速で向かってくる刺突をなんとか回避しつつ、魔力を込めた一太刀を放つ。

 俺が放った一太刀はルミアの刺突を跳ね返していく。


「まさか……【五月雨突き】を一振りで相殺するなんて……ッ!やはり旭さんは強敵ですね……!」


「いやいや、この空間の中であんな高速技を出してくるルミアには到底及ばないさ。……まだこんなものじゃないんだろう?」


「……当然ですッ!」


 ルミアは一瞬悔しそうな表情を浮かべたが、すぐにやる気に満ちた表情になる。

 ……うん、ハイライトが消えている状態でその表情は非常に唆る。

 俺は【紅き鎧】の出力を上げて、ルミアに向かって飛び出していった。


『えーっと……これはどういった状況なのだろうか?旭君とルミア君が【時間遅延】を使って、その空間の中で剣戟を繰り返しているのはわかるんだが……。私達には光しか見えないぞ?しかもその光がだんだん速く、激しくなっていっているような……』


『ふむ……。どうやらご主人はルミア嬢との剣戟を楽しんでいるみたいだ。とても楽しそうに刀を振るっているしな。……恐るべきはそのスピードについてこれているルミア嬢といったところだろう。先程放った【五月雨突き】なる技。こちらからだと認識することすら不可能なほどの速度をもった技らしい。……だが、ご主人。このままでは観客も何が起こっているのかわからないので、通常空間で戦ってはくれまいか』


 俺がルミアとの打ち合いをしていると、ハーデスからそんなリクエストが届いた。

 むぅ……わかりやすいように【紅き鎧】を展開したんだが……それでも視認できないほどのスピードになっていたらしい。


「ルミア、どうやら通常空間に戻って戦って欲しいようだ」


「……みたいですね。私は構いませんよ?通常空間でも同じ動きはできますし」


 俺の言葉にルミアは深く頷いた。

 通常空間でもあの動きができるのか……。

 逆に楽しみになってきたぞ?


「じゃあ、解除するとしようか」


「えぇ。勝負は仕切り直し……ですね」


「「【時間遅延】解除」」


 俺とルミアは同時に【時間遅延】の効果を解除する。

 解除したことによって周囲の時間が元に戻る。


『さて、2人が【時間遅延】の空間から戻ってきたことだし……戦闘は見やすくなるんじゃないだろうか』


『いや……それはないと思うぞ?』


 ギルドマスターとハーデスが何やら話しているが……スルーしても問題ないだろう。

 俺はルミアの顔を再度見て、ニヤリと笑った。


「ルミア。俺としてはもう一段階【紅き鎧】の出力を上げたいんだが……。ルミアは今よりもスピードを上げられるか?」


「えぇ、まだ上昇する余地は残っていますよ。……【身体強化】を最大解放。……では、いきますッ!」


 そう言ったルミアは目にも見えないスピードで俺に斬りかかってきた。

 あれ、まだ【時間遅延】発動していたっけ?

 俺は【聖域】を展開して、ルミアの剣戟を相殺する。


「さすがのスピードだな。……じゃあ、俺も出力を上げるとしよう……かッ!」


 俺は無言で【紅き鎧】の効果をさらに引き上げる。

 それと同時に靴を脱いだ。

 これからやる動作には……靴は邪魔にしかならない。

 俺は摺り足の技術を応用して、超スピードのルミアに向かっていく。


 ーーーーギィィィィンッ!


 ーーーーズガガガガガガ!


 俺とルミアは引き続き剣戟を開始した。

 先ほどよりもスピードが上昇しているが……個人的にはとても楽しい。


『……ハーデス。私の見間違いでなければ先程の光景となんら変わっていないような気がするのだが……』


『……我は通常空間に戻ったからって戦闘が見やすくなると言った覚えはない。やはり先程の言葉を聞いていなかったな』


『それは素直に申し訳ない。旭君は大概だが……ルミア君も猫耳族の常識の範囲内を凌駕しているな……』


 ギルドマスターの呆れた声が聞こえてきた。

 ハーデスはギルドマスターに呆れているようだが。

 ルミアが猫耳族からみて規格外な能力を得たのは、【成長促進】のスキルの効果だ。

 しかし、ルミア自身の努力の結果でここまで強化されたといえるだろう。

 ただ……このままじゃラチがあかないな。


「ルミア。【紅き鎧】の出力を最大まで引き上げさせてもらうぞ……?ハァァァァァァァッ……!」


「……ッ!?さらに速くなると言うのですか……!?」


 俺はルミアの攻撃を捌きつつ、【紅き鎧】の出力を最大にする。

 最大まで引き上げた瞬間、俺の体から漏れ出している光は赤から綺麗な緑色に変化した。

 おぉう?限界まで引き上げると光の色が変わるのか。

 さしずめ◯アン◯ム◯ーストといったところか?

 もはや【紅き鎧】じゃなくて【翡翠ひすいの鎧】だな。

 最大の出力で使う時はそう呼ぶとしよう。


『ハーデス。旭君の光が変わったんだが……。あれはなんだと思う?』


『ふむ……我も出力の引き上げで光の色が変わると言うのは初めて見た。だが……ご主人の能力は先ほどよりもかなり上昇している。これが勝負にどう影響するのか……』


 ギルドマスターとハーデスがわかるようなわからないような解説をしている。

 ただ……ハーデスの言う通り、敏捷はかなり増加したようだ。

 ルミアの太刀筋がゆっくりと流れて見えるようになった。

 というよりも【時間遅延】を使用した時のように見えている。


「クッ……!?旭さんが素早すぎて、的を絞れない……!」


 ルミアは攻撃が掠りもしなくなったことに焦りを覚えている。

 そんなルミアを見た俺は一瞬攻撃の手を止めた。

 無防備になった俺をみたルミアは訝しげな表情を浮かべたが、これが最後のチャンスだと思ったようだ。


「……勝機!……今ここに私の全力の攻撃を叩き込みます……!!【絶技:黒龍天翔斬】!!!」


 ルミアが技名を叫んだ途端、漆黒の龍が刀剣の先から出現した。

 その黒龍は一度空中まで飛んだかと思いきや……怒涛の勢いでを飲み込んだ。

 黒龍は膨大な熱を放っていたのか、飲み込んだ地面の焼ける音が聞こえてくる。

 まともに食らったら……ただじゃ済まないだろうなぁ……。


 ……なんで他人事のように語っているのかって?

 それは……だな……。


「ルミア。勝利を確信しているところ悪いが……それは残像だ」


「……なっ!?旭さんは確かにあそこにいたはず……!どうして……ッ!?」


 ルミアが攻撃したのは俺の残像だったからだ。

 本物の俺は既にルミアの背後に立っている。

 俺は驚愕しているルミアをお姫様抱っこした。


「出力を最大まで引き上げたら残像を残せるんじゃないかと思ってな。実験してみたんだ」


「そんな……実態を伴った残像だなんて……」


 ルミアは悲観したような声を上げる。

 まぁ、勝利を確信した瞬間というのは油断しやすいものだからな。

 レーナ戦とリーア戦で俺が学んだことだ。

 最後まで油断大敵。


「でも、さすがはルミアだな。俺が今回【技術模倣】でイメージしたキャラは剣聖とまで言われたキャラだ。それの剣技についてこれるルミアはすごいと思うよ」


「それは嬉しいですけど……。旭さんからのご褒美が……」


「いや、この模擬戦の目的は俺やルミア達の力を披露することであって、俺からご褒美をもらうのが目的ではないからな?というか、俺が負けっぱなしというのは流石にダメだろう?ご褒美にはならないかもしれないが、今度デートでもしようか。居酒屋デートとか楽しいかもしれないぞ?」


 俺の言葉にルミアは大粒の涙を浮かべた。

 なんだろう。

 そんなに居酒屋デートは嫌だったのかな?

 子供組がいない状態での2人きりの居酒屋は魅力的だと思ったんだが……。

 そう思ったが、どうやら違ったようだ。


「……旭さん。ありがとうございますっ!わ、私……嬉しすぎて……うぅ……」


「うんうん、嬉しいのはわかったから泣くのはまだ我慢しな?まだコロシアムのど真ん中なんだから」


「…………はいっ」


 ルミアは涙顔から一転、綺麗な笑みを浮かべた。

 うん、やっぱり女性は笑っている方が魅力的だな。


『……ハッ!?旭君がルミア君からマウントを取ったことにより、今回の模擬戦は旭君の勝利だ!!』


『……ギルドマスターよ。ルミア嬢のあのような表情はもう何度も見ているのではないか?驚いてないでしっかり仕事をせい』


『……面目無い。ご、ゴホン!盛大な試合を披露してくれた2人に最大限の拍手を!!』


 ギルドマスターの言葉を皮切りに、会場は大きな歓声に包まれた。

 ルミアには歓声は聞こえていないが、ギルドマスターの言葉から想像したのか……真っ赤な表情を浮かべている。


「じゃあ……このまま控室に戻るとしようか」


「あ、旭さん!さすがに降ろしてくださいッ!!恥ずかしいですって!!」


 俺はジタバタと暴れるルミアを無視して、控室に戻っていく。

 残る試合は2つ。

 ソフィアもユミも……レーナ達3人とは違い、元は規格外の存在だ。

 今まで以上に気を引き締めないといけないだろうな……。

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