第64話 旭はギルドマスターに問い詰められる
「「……グスッ」」
レーナとリーアが大声で泣き始めてしまってから20分が経過した。
2人はようやく落ち着いたらしく、今は顔を真っ赤にして俺の胸に顔をうずめている。
人(と言っても山賊なのだが)が見ている中、大声で泣き出してしまったのが恥ずかしかったみたいだ。
ハーデスが娘を愛でるような視線で見ていたのには驚いたが。
俺は2人の頭を撫でつつ、話しかける。
「それで、この山賊達はどうするんだ?山賊退治ってことは冒険者ギルドに証拠を持っていかないといけないんじゃないか?」
「……山賊達を生きたまま連れてきたら1人につき金貨5枚、殺しただけなら金貨2枚の依頼だったの。2枚でもパパにプレゼントを買うお金にはなるから倒そうとしたんだけど……」
「戦闘が始まる瞬間に俺が到着したということか……」
俺の言葉にコクコクと頷いているレーナとリーア。
それにしても……山賊は殺しただけでも報酬が出るのか。
まぁ、商人を殺したりして周囲に迷惑をかけているのだから当然といえば当然だが。
……でもさ、現代日本に近いんだからそんなことしないでも暮らしていけるでしょうに。
……人を襲う方が手っ取り早かったんだろうなぁ……。
そこが地球と違うところということか。
魔法も適性がないと意味がないしな。
そんなことを考えていたら、リーアが上目遣いでこちらを見つめてきていた。
「だから、お兄ちゃん。この山賊達は私達自身で討伐したいの。……ダメかなぁ……?山賊の親玉だけでもいいから……」
「ん……?そう言う事情があるなら俺が殺すわけにはいかないな。手柄を横取りするのは同じパーティだとしてもいけないことだと思うし。……となると、1人殺してしまったのはいけなかったか?」
「あ、それについては大丈夫だよ、お兄ちゃん。親玉がまだ残っているから」
そう言ったリーアは【吸生の死剣】を発動させて、サクッと山賊の親玉を殺してしまった。
リーアのあまりにも自然な動作に他の山賊達は言葉も出ないようだ。
……か弱いと思っていたダークエルフの幼女が、なんの躊躇いもなく人を殺したのだから当然かもしれないが。
「リーア!パパがいるんだから生きたまま冒険者ギルドに戻ればよかったのに!」
「……まぁまぁ、落ち着いてレーナ。宿に戻るまでにお兄ちゃんと3人で帰るのと、汚いおっさんを連れて行くのと……どっちがいいと思う?」
「断然3人で帰ることだね!」
「でしょう?」
レーナとリーアはそう言って笑いあっている。
まぁ、討伐だけでも報酬が出るみたいだし……問題はないのかな。
「ハーデス、残った男達の始末は任せた。始末し終わったらウダルの決闘場まで来てくれないか?」
『その場所に行くことは問題ないが……何かあるのか?』
「俺が今従えている神達と作戦会議を行う。ハーデスにも参加してもらいたい」
『……何やら理由がありそうだな。了解した。この男達の処分が終わったら向かうとしよう』
俺は暇そうにしていたハーデスに指示を出し、レーナとリーアの2人を抱き上げた。
2人はキャアキャアと騒ぎながら俺の身体を触っている。
「……心配させた罰として、今夜は2人だけで夕飯を作ってもらうからね」
「「…………ッ!?」」
ピシリッ!
元気にはしゃいでいた2人が一瞬で固まる。
ルミアに手伝ってもらうことはできないことを理解したのだろう。
特にリーアは難しい料理がまだ得意じゃないからな。
「パパ……やっぱり内緒にしていたこと怒ってない!?せめて朝ごはんにしてっ!」
「お兄ちゃん……ルミアさんの力がないと料理なんてできないよ……。考え直して欲しいなぁ……」
俺はそんな2人の言葉をスルーして、ウダルの宿に戻るために空中に浮かび上がる。
レーナとリーアの2人は俺が意見を変えないことに気がついたらしく、色仕掛けで意見を変えてもらおうと手段を変えてきた。
……集中途切れて落下しちゃうから、そう言うことは宿に戻ってからお願いします。
▼
「……はい、冒険者証の確認が終わりました。山賊討伐の依頼達成ですね。お疲れ様でした。こちらが報酬の金貨2枚となります」
あの後、レーナとリーアはウダルの冒険者ギルドで山賊を倒した報酬を受け取った。
山賊の親分はそれなりに有名だったようだ。
街に戻った2人は依頼主の商人から泣きながら感謝されていた。
お礼を言いながらレーナとリーアの2人に近づこうとしていたのを見た他の冒険者達が、全力で商人を取り押さえるという珍事があった。
ちなみにそれと俺の存在は関係ないと思いたい。
……確かに近づこうとした時に少し殺気を放ったけどさ。
「そういえばパパ。朝ごはんの時間にだいぶ遅れちゃったけど……大丈夫?」
レーナは俺の腕に抱きつきながら、上目遣いでそんなことを尋ねてきた。
山賊討伐の報酬受け取りが思っていたよりも長引いてしまったからだろう。
そんなレーナを抱き上げる。
「あぁ、それについては大丈夫だ。宿を出る直前、ソフィアに遅くなるということをルミアへ伝えておくように言っておいたから」
「なら大丈夫……かな?じゃあ、ルミアお姉さんのご飯を食べるためにも早く戻らないとね」
「ちょっと、お兄ちゃん!レーナばかりずるい!私も肩車して欲しい!」
レーナだけを抱き上げていたことに嫉妬したリーアが、私も私も!と服をくいくい引っ張ってきた。
……あぁ、もう!かわいいなぁ!
俺は近くに寄ってきたリーアをレーナとは反対側に抱き上げる。
……うん、右にレーナがいて左にはリーアがいるのは非常に癒される。
重くないのかって?
最愛の2人が重いわけがないだろう!?
こんな天使を捕まえて重いとか言い張る奴がいたら見てみたいわ!
……そんなこと言う前に存在を消すけど。
「……旭のやつ、幼女2人を難なく抱き上げたぞ」
「しかも片手だぞ……片手。どんなステータスがあれば軽々持ち上げられるんだよ……」
「やっぱり男は力持ちに限るわよねぇ……。私もあんなに強く愛されてみたいものだわ」
「お前が!?あははは、何をトチ狂ったことを言っていやがる!!そういうことはその強気な性格を直してからn……グハッ!?」
「う、うるさい!!夢みるくらいいいだろ!?」
「そうやってすぐに手を出す癖を直せって言ってるんだよ!!」
「「「「いいぞ〜。もっとやれ!!」」」」
2人を抱き上げた状態を見た他の冒険者達が騒いでいる。
騒いではいるが……その表情は明るい。
こんな朝早いのに元気なことだ。
ウダルの冒険者ギルドはノリがいい奴が多いので、嫌な気分にならないのがいいところだな。
レーナとリーアを抱きながら冒険者ギルドの喧騒を見守っていると、奥からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
足音のする方角を見ると、険しい表情をしたギルドマスターがこちらに向かってくるのが見えた。
「……旭君!来ていたのかい!?ちょっと君に聞きたいことがあるんだg……グフッ!?」
ガンッッ!!
……ギルドマスターはその勢いのまま俺達の方に向かってきて……見えない壁にぶつかった。
いや、見えない壁というか……無意識に展開した【聖域】なんだが……。
大丈夫か?
ものすごい音が聞こえた気がしたが……骨とか折れていないよな?
俺は【聖域】を展開したまま、ギルドマスターに【完全回復】をかけておく。
「……旭君……なぜ【聖域】を展開しているんだ……」
「……すまん。ギルドマスターの勢いがあまりにも強くてつい……な?【完全回復】を使用しておいたから……怪我はないと思うが……大丈夫か?」
ギルドマスターはそのやり取りで落ち着いたようだ。
深く深呼吸をして体に異常がないか確かめている。
「……あぁ、怪我はないようだ。ものすごい音と骨が折れたような音が聞こえた気がしたんだが……。旭君の回復魔法は効果がすごいな……」
「まぁ、禁忌級の回復魔法だからなぁ。完全ってついているから骨折も完治するんだろうさ」
そうじゃないと【完全回復】なんて大層な名前にならないだろうし。
改めて回復魔法のすごさに感心していると、ギルドマスターはクワッと目を見開いた。
「……ってそうじゃないんだよ、旭君!今時間はあるかい!?至急確認したいことがあるんだが!」
至急確認したいこと……?
……って、あれしかないよなぁ……。
俺はレーナとリーアの顔を見る。
2人も俺と同じ考えだったのか、コクンと頷いた。
「あぁ〜……。ギルドマスターが何を言いたいのかわかった。わかった……が!宿にルミアとソフィアを待たせている。朝ごはんを食べてからでもいいか?というか、だいぶ時間が経っているし、朝ごはん食べ終わったらまたくるわ」
「……な!?ちょっ……旭君!?ソフィアって誰なんだい!?というか、今すぐに確認したいんだが!?」
「……パパ。まさか……」
「お兄ちゃん?あの魔法はまだ実験していなかったよね……?それを試すなんて言わないよね……?」
ギルドマスターは逃してなるものかと【聖域】をバンバンと叩いている。
おぉ、強化していないとはいえ【聖域】に若干ヒビが入ったぞ?
火事場の馬鹿力というやつか……。
レーナとリーアは俺が何するかわかったらしく、珍しく狼狽えている。
狼狽えている姿もかわいいなぁ……。
じゃあ……やるとしますかね。
「レーナ、リーア。ちゃんと捕まっておけよ?じゃあ、ギルドマスター。また後でなっ!座標軸を宿に固定……【長距離転移】!」
俺は魔法を発動し、宿に戻る。
「「「「「な……なんじゃそりゃぁぁぁぁ!?」」」」」
転移する瞬間、そんな冒険者達の怒声が聞こえた。
ふははは。
誰が転移魔法を使えないと言った!?
試したことがなかっただけで使えないことはないのだよ!
「……お帰りなさい、旭さん。だいぶ時間がかかりましたね……?」
転移した後、目に飛び込んできたのはジト目をしたルミアだった。
……やばい、結構遅くなったから怒っていらっしゃる。
俺はレーナとリーアの顔を見合わせる。
俺たちは1つ頷いた。
「「「……遅くなってしまって申し訳ありませんでした!!!」」」
3人の声が綺麗にシンクロした瞬間だった。
ソフィアはルミアの後ろでクスクスと笑っている。
……あいつめ。覚えていろよ?
冒険者ギルドに行く前にその顔をトロトロにしてやるからな……っ!
[…………ビクッ]
ソフィアは俺の心の声を聞いて、体を震わせた。
……いや、お仕置きされるのを楽しみにしているんじゃないよ。
そんなことを考えながら、ひたすらルミアの機嫌をとる俺だった。
好きな女の機嫌を直す方がどの敵よりも手強いのはどんな小説でも変わらないと俺は思う。
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