第50話 旭は丹奈と再会する

 当初の予定よりも早く【遅延空間】から戻り、【四獣結界】の耐久力を試した翌日のお昼頃。

 俺達[ROY]は冒険者ギルドの一階で掲示板を眺めていた。

 そろそろ丹奈達がくるのではないかと予想したからだ。

 もちろん、対丹奈説得用の秘密兵器も持参している。


「パパ、そろそろくるかなぁ?」


 掲示板を見るのに飽きたレーナが俺にしなだれかかってくる。

 そんなレーナの頭を撫でつつ、ぼんやりとした声で答える。


「どうだろうなぁ?朝には着くだろうと思ってここで待機しているけど……一向に来ないからなぁ。そろそろ宿に戻るか?なんか面倒になってきたし」


 俺達は朝9時頃から冒険者ギルドで丹奈達がやってくるのを待っていた。

 ウダルの冒険者ギルドの後ろ盾もあるし、なにより街中で騒がれるよりはマシと思ったからだ。

 ちなみにリーアとルミアはすでに飽きたのかテーブルでお茶を飲んでいる。


 お昼を過ぎても来ないしもう帰るとするか……と思ったその時、冒険者ギルドのドアが勢いよく開けられた。


「失礼する!ここに響谷旭という冒険者はいるか!?」


 大声で俺の名前を叫びながら入ってきたのは、体格ががっしりとした戦士だった。

 ……イケメンなのが妙にイラっとくる。

 俺がイケメンじゃないからかもしれないが。

 イケメンの戦士に対して、ギルドマスターが苦渋の表情を浮かべて応対する。


「これはこれは、Aランク冒険者パーティ[マスターガーディアン]のライアン殿ではないか。こんなところまでどうした?……だが、扉を開けたと同時に大声で叫ぶのは……些か礼儀にかけるとは思わないかね?」


 ギルドマスターの言葉に「うっ」と詰まるライアンとやら。

 どうやら思うところがあったらしい。

 そんなやりとりを横目で聞いていたら、違う声が聞こえてきた。


「あーあ……、ライアンってば……。いつも勢いよく扉を開けて大声を出すなってあれほど言ってるのに」


 扉の前から聞こえてくる声……。

 聞き間違え用がない……丹奈ヤツの声だ。

 俺の身体に緊張が走る。

 そんな俺を見たレーナとリーアが両側から抱きついてきた。

 うん、少し落ち着いてきた。さすがはMY ANGEL。


「ライアン聞いてる?……あ。……久しぶりだね、あーちゃん」


 丹奈は俺の姿を見つけて声をかけてきた。


「……あぁ、久しぶりだな。3月初めに別れてからもう1年か。時が流れるのは早いねぇ」


 俺の言葉にビクッと体を震わせた丹奈だったが……すぐに思い直したらしく、俺の方を見つめ返してきた。


「私はあの後すぐにこの世界に転移されたからなんとも言えないけどね。あーちゃんも転移されているなんて思いもしなかったわ。……でも、今回は依頼としてこの街に来てる」


 そして丹奈はルミアの方に向き、こう宣言した。


「私達[マスターガーディアン]はダスクのギルドマスターより依頼を受けてきました。ルミアさん、今すぐに私達とダスクの街に戻ってもらえませんか?」


「ぶふぉ……?!」


 丹奈が敬語で話しているのを見て思わず吹いてしまった。

 付き合っていた頃は年上だろうがタメ口聞いていた丹奈が敬語!ヤバイ……ツボにはまったわ……!


 そんな俺を丹奈は睨みつけてきたが、無視することにしたようだ。

 ルミアに近づき、返事を聞こうとする。

 ……させねぇよ?


「……あーちゃん、そこどいてくれない?私達の依頼を妨害するつもり?」


「お前こそ何言っているんだ?ルミアはすでに俺達[ロードオブヤンデレ]の仲間。冒険者ギルドで働いていない人間を連れていくのか?」


 丹奈は俺の言葉を聞いて驚愕したようにギルドマスターへ問いかける。


「ウダルのギルドマスターさん!?この人こんなことを言っていますけど!?ルミアさんはまだ冒険者ギルドの職員ですよね!?」


「いや、旭君の発言が正しい。ルミア君は数日前に冒険者へと転職した。各冒険者ギルドの幹部を担っている俺の判断だ。よもや反対意見はあるまい?」


 ギルドマスターの声に丹奈は反論できない……かのように思われた。

 丹奈はキッと俺の方を睨んで叫ぶ。


「あーちゃん!こうなることを予測して先に手を打ったんでしょ!?」


「……言い掛かりはよしてくれ。ルミアが俺に好意を持ってくれたから仲間にしたまでだ。それをお前が否定する筋合いはない」


 俺の言葉に丹奈の周りにいたイケメンがざわめきだす。


「レンジ……聞いたか!?あの男嫌いで有名な【氷の女王】が1人の男を好きになっただってよ!」


「あ、あぁ……ちゃんと聞こえていたが……そんなことがあり得るのか?」


「洗脳かなんかでも使ったんじゃないのか?でなければ、あの【氷の女王】があんな冴えない男なんかを好きになるわけがないからな!」


 ……いや、本当に思ったことをズバズバ言ってくれるな。

 失礼にもほどがあるんじゃないか?

 あれか?自分がイケメンだから俺みたいなおっさんは眼中にないと。そういうことか?

 どうしてやろうかなぁと思っていると、俺の後ろから殺気が伝わってきた。


「……言うに事欠いて……パパが冴えない……?これだから顔だけのイケメンは……。その腐った瞳……取り除こうか……?」


「お兄ちゃんのことを悪く言ったこともそうだけど……ルミアさんのことをバカにするのは許せない……!ルミアさんがどんな思いでお兄ちゃんに告白したか知らないくせに……っ!」


「旭さんは素敵な方です。それをバカにしたようにいうとは……やはり旭さん以外の男は穢らわしい……!」


 レーナ、リーア、ルミアがそれぞれイケメン軍団に殺気を放っていた。

 若干ルミアのオーラからヤンデレが混じっているような気もするが……覚醒したのだろうか?


「まぁ、そういうわけだ。どういう依頼であれ、すでにルミアは一介の冒険者だ。今すぐダスクへ戻るならこれをやるがどうする?」


 俺は殺気を放ち続ける3人の頭を撫でつつ、丹奈にある本を提示する。


「それは……ッ!?私の嫁の同人誌!!なんであーちゃんがそれを持っているの!?しかも……その表紙……去年の戦利品の中にはなかったよね!?」


 俺が丹奈に提示したのは冬◯ミの時に購入した鬼がかっているヒロインの同人誌だ。

 付き合っていた頃にそのヒロインを「私の嫁!」と周りに言いふらしていたヤツならば食いつくはずだろうと思って買っておいた。


「あぁ……これ?俺は別に地球に帰れないわけじゃないから、今年の冬◯ミで買ってきたんだよ。俺の嫁もそれぞれ同人誌を買っているぞ?」


「……地球に……前の世界に戻れるのになんでこの世界にいるんだよ!?」


 おっと、興奮した時に男言葉が出るのは相変わらずなのか。

 俺はそんな丹奈にわざとらしく首を傾げて質問に答える。


「……?そんなのこっちの世界の方が都合がいいからに決まっているだろ。俺だけを愛してくれる女が3人もいて、最強の冒険者として存在できる。ただ毎日働き、同じ日々を過ごすだけの世界に誰が戻りたいと思う?」


「……そういえばあーちゃんは規格外の能力を持っているんだったね。神様からどんな能力をもらったのよ」


 丹奈は俺の言葉に納得するところがあったのか、話題を変更してきた。

 それにしても神……?やはりこの世界にも神はいるのか。

 俺は素直に応じる。


「神?なんの話だ?俺はパート帰りにいきなりこの世界に転移されたんだよ。お前の好きなヒロインが出てくるラノベの主人公もいきなり異世界転移しただろう?……まぁ、あの主人公と違うのはチート級の能力が手に入っていたことだが」


「神にも会ってないのに私よりも強いチートを持っているっていうの……!?それに……あんな可愛らしいヤンデレのヒロインもいるなんて……ッ」


 丹奈は俺が話した事実に心底悔しがっているようだ。

 レーナとリーアを羨ましそうに見つめている。

 俺はレーナとリーアの2人を背中に隠しながら、丹奈に問い詰める。


「……でどうする?この同人誌一冊で潔く引いてくれるならそれでよし。抵抗するなら……痛い目にあってもらうことになるが」


 俺の脅しに1人の男が丹奈の前に歩み出て睨みつけてきた。


「ニナ、こんな奴の言うことを聞く必要はないだろう!第一、次に仕掛けてきたときは容赦しないって言っていたんだ。力ずくで連れ帰ったほうがましじゃないか!?」


 ……あの男……どこかで見たことがあるような気がするんだよなぁ……。

 俺が男の言葉に首を傾げていると、ルミアが耳打ちしてきた。


「……旭さん、あの男は以前ウダルに着く前に接敵した斥候ですよ。確か名前はレンジだったかと」


「……あぁ!あの記憶を消して、精神操作をした後に送り返したあの男か!やっぱり上級魔法だったから不完全だったか?」


「そうですね……まさか丹奈さん達が上級魔法を解呪できるとは……流石はAランクということでしょうか?」


 俺とルミアが話していると、丹奈がレンジを抑えつつ声をかけてきた。


「やっぱり、あの魔法はあーちゃんの差し金だったか。……よし、私達[マスターガーディアン]はルミアさんをかけて[ロードオブヤンデレ]に決闘を申し込みます。私達が勝ったらルミアさんはダスクの冒険者ギルドに戻ってもらいます。これでどう?」


「いや、それだと俺達にメリットがないだろうが。そうだなぁ……俺達が勝ったら必要以上に関わるのをやめてもらおうか。その条件でいいなら受けてやるよ」


 俺の言葉を聞いた[マスターガーディアン]のメンバーは話し合い始めたが、意見はすぐにまとまったようだ。

 戦士の男が俺に宣言してくる。


「その条件を受けてやろう。とは言えども、最高ランクの俺達に勝てるとは思えないけどな!」


「ライアン!それは負けフラグだから言っちゃダメだってあれほど言ったでしょ!?」


 男の言葉に慌てる丹奈。

 だが、もう遅い。


「じゃあ、決まりだ。ただ決闘だと迫力に欠けるな……。お互いの命をかけようか。なに、安心してくれ。蘇生魔法は万全だ」


 俺の言葉に息を飲む[マスターガーディアン]のメンバー。

 丹奈はギルドマスターの方に向いて問い詰める。


「ギルドマスター!冒険者同士の殺し合いは御法度のはず!これはいいのですか!?」


「いや、旭君なら大丈夫だろう。蘇生の用意があるなら問題はあるまいて。というより、ウダルに来てすぐに別の冒険者と果たし合いの途中で殺し合いしているしな」


「……なんですって……ッ」


 丹奈は絶望した表情を浮かべている。

 そんな丹奈を横目に俺は告げる。


「じゃあ、この街の決闘場に行こうか。……ルミア、勝手にお前をかけてごめんな。必ず勝利するから信じていてくれ」


「旭さん……!大丈夫です。私が旭さん達を信じないはずがありません。……絶対に勝ってくださいね」


 ルミアはそう言って俺とレーナ、リーアをまとめて抱きしめた。

 抱きしめられたレーナとリーアもルミアの背中をポンポンと叩いている。

 少しの間抱擁した後、俺達は決闘場に向かって歩き出す。


「俺達は先に行っているぞ?……最後の通告だ。同人誌で素直に引くつもりはないか?敵として立ちはだかるならば……容赦はしない」


 俺の言葉に丹奈はキッと睨みつけながら叫んだ。


「私達だって依頼を受けてここに来ているんだよ!同人誌は……かなり欲しいけど……それもあーちゃんに勝って手に入れればいいだけのこと!そっちこそ後悔しないでよ!?」


「おぉおぉ、勇ましいことで。じゃあ、SSランクの俺達とAランクの丹奈のパーティ。その2つの決闘と言う名の殺し合いを始めようか」


 そう言って冒険者ギルドを後にする。

 俺の言葉を聞いた丹奈達は……。


「え……?SSランク……?Bランクじゃなかったの……?……やばい、選択誤ったかもしれない……。【催淫強化】状態でも勝てるかな……」


「ニナ、もうここまで来たら後には引けない……。やるしかないだろう」


「……やっぱりアーガスさんの依頼を無視してでも帰るべきだったのかなぁ……」


 何やら絶句した様子で立ちつくしていた。

 まぁ、最終通告はしたから今更なんだが。

 ……さて、どういう対戦方式にしようか。

 若干楽しくなってきている俺はSなのかもしれないな。

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