第3話 旭は温泉宿に辿り着く

冒険者ギルドを出ると、辺りは夕焼け空に染まっていた。

俺とレーナは街中を歩きながら、今日泊まる宿について話し合っていた。


「レーナ、今日はもう遅いし、これから宿を取ろうと思うんだけど……。希望とかあるかい?」


「んぅ?わたしはパパと一緒ならどこでも大丈夫だよ?」


「――――くっ、可愛い……。とりあえず、安全面が考慮されているところは確定として、温泉があるところだと嬉しいんだよなぁ……」


安全面という面を考えると安い民宿はNGだ。

レーナの身に何かあるかもと考えると、それだけで暗い感情が湧き出てくる。

……となると。高い宿になるのは確定として、いかんせんこの世界でのいい宿が分からない。

冒険者ギルドで聞いておけばよかったかもしれない。


そこまで考えて、俺はふとあることを思い出した。


「使えるか分からないけど、スマホで調べてみるか……」


そう、転移したのはパート帰りだった為、スマホやらタブレットやら持ち歩いていたのだ。

荷物ごと転移してきたのだが、盗難防止で【無限収納】にしまっていたのを今まで忘れていた。


「パパ……それなぁに?パソコン?」


「ん?これはこの世界にはないのか?これはスマートフォンって言うんだ。パソコンを小さくした物だよ」


「へぇ……こんなに小さいのにパソコンなんだ……。こんなすごいものを持っているなんて、さすがパパ!」


この世界にはパソコンはあってもスマホはないらしい。

レーナはキラキラした目で、俺のスマホを眺めている。


「使ってないスマホがあるから、レーナも弄ってみるかい?」


俺はスマホを2台持っているので、1台をレーナに手渡した。


「いいの!?ありがとう、パパ!!大好き!」


スマホを受け取ったレーナは、それは嬉しそうにスマホを弄りだした。

女の子に愛の言葉を言われるのは、悪い気がしないね。

まぁ、父親としての大好きなんだろうけど。

とりあえず、俺は俺で調べ物をするとしよう。


「ポケットWi-Fi……起動。電波状態……よし。さて、この世界はインターネットがあるかどうか……」


そう言って、インターネットを起動する。

画面には前の世界の情報が出ている。

思わぬ収穫だったが、今知りたいのはそんなことではない。


「そう言えば、俺この世界の名前知らないな。レーナは知ってるかい?」


「これがパパの好きな女性のタイプ……?ふぁ!?パパ何か言った!?」


レーナは俺のスマホに入っている、画像フォルダを見て―――って!そのフォルダは俺の性癖バレるから見ないで!!


「その画面は恥ずかしいから見ないでくれ……。そんなことより、レーナはこの世界の名前とか知ってる?」


「えぇー……。パパの好みを知るチャンスなのに……。えっと、この世界の名前だったよね?この世界は<アマリス>って言われてるよ。ちなみにこの都市は<ダスク>って言うみたい」


「そうなのか。レーナは物知りだなぁ。よしよし」


「えへへ……パパにほめられちゃった。ゴロゴロ……」


猫化するレーナの頭をなでなでしてから、改めて宿を検索する。


「えーっと……[アマリス ダスク 温泉宿]と……。おぉ、三件も検索に引っかかった」


検索できるかは半々だったが、無事に検索できて安堵する。

ちなみに見つかった宿は、下記の3つだ。


・宿賃が格安の大衆温泉宿。温泉は混浴。


・宿賃はそこそこで、防音壁がある温泉宿。


・宿賃は1番高く、高級宿だが温泉に入れる時間に制限ありな温泉宿。


……うーん。

1つ目の宿は混浴に惹かれるが、ある場所が所謂歓楽街なんだよね……。防犯面がしっかりしてなさそうだから没。


2つ目の宿は防音壁があるから、あまり人に知られたくない話をするにはもってこいだな。


3つ目の宿は、防犯面も温泉も素晴らしいが、距離が少しあるので、着いた頃には温泉に入らないというデメリットがある。


レーナに聞いてみようか。

「レーナ、この2つの温泉宿の中でどっちに泊まりたい?」


「うーんとね……。この防音のかべがある場所がいいなぁ。いろんなお話できそうだし、大声出してもおこられなさそうだし」


ふむ……。確かに防音があるのとないのとでは色々と変わってくるな。

最悪、警備面は結界の魔法を調べてから使用すれば問題ないしな。

よし、この温泉宿にしよう。

幸い、今いる場所からも近いみたいだし。


「よし、レーナ。温泉宿に向かうから、一旦スマホ返してな?」


「えー!まだ画像フォルダっていうの全部見れてないぃ!」


「いや、恥ずかしいからみないで欲しいんだが……。スマホはこっちの世界にないから盗難されたくないんだよ」


俺がそう言うと、レーナは渋々俺にスマホを渡した。

スマホを【無限収納】にしまい、レーナを抱っこして温泉宿に向かう。

そんな俺たちを微笑ましそうに見る女性と、嫉妬の視線を送る男性の視線に晒されながら、夕暮れの街をレーナの頭を撫でながら進む。






その温泉宿は徒歩十分のところにあった。

外見はスーパー銭湯みたいな感じで、結構広い。

とりあえず中に入り、受付へと向かう。


「いらっしゃいませ。本日のご利用はなんでしょうか?」


「しばらくこの宿に宿泊したい。宿泊するのは俺とこの娘だ」


「えっと……、親子……ですか?」


受付のお姉さんは困惑気味にそう聞いてくる。

まぁ、スーツを着た人間に抱っこされている幼女エルフを家族と見るのは無理があるか。

誤解されないように説明しなければ。


「いろいろとありまして、私がこの子の父親をy「レーナはパパの彼女です」」


ーーーっておい!?

彼女云々はいいとしてもここでそんな事を言ったら……!!


「か、彼女……!?こんなに幼い子が!?……警備兵呼ばないといけないかしら……」


ほら見ろ!言わんこっちゃない!

そんな俺の心の叫びは当然レーナには届かず、レーナはさらに得意げにこう言う。


「わたしとパパは最強の冒険者カップルだもん!!」


「冒険者?なるほど、パーティを組んでいるのですね。すみません、冒険者証を見せていただいてもよろしいでしょうか?」


俺に断る理由はないので、冒険者証をお姉さんに渡す。

レーナはなぜかドヤ顔で冒険者証を渡していた。


「えーっと……。えっ!?ギルドマスターお墨付きの冒険者証!?それなのにFランク!?レーナちゃんの方の称号には娘兼彼女って書いてある!?」


……なんか尚更困惑させてしまったみたいだ。

っていうか、あのおじさん最後に何か手を加えていたと思ったらそんな事を書いていたのか。

もうその時点で普通の冒険者じゃないよね……。

まぁ、身分証明としてはかなりの説明力があるものとして受け入れるとしよう。


「し、失礼いたしました!まさかそこまでギルドマスターから期待されている人とは知らず……!

ち、ちなみに何泊の予定ですか?3食食事付きで1泊銀貨5枚ですが……」


1泊銀貨5枚なら約5000円か。本当にそこそこなお値段なんだな。


「それなら10泊でお願いします。これからどうするかも決めていきたいので」


「わかりました。では、金貨5枚をお願いします」


俺は【無限収納】から金貨を5枚を取り出して、お姉さんに手渡した。


「え?今どこからお金が……?」


お姉さんは突然現れた金貨に驚いている。

……あれ、冒険者証を見たなら、【無限収納】のスキルについても見ているはずなのだが……。

それ以外の情報のインパクトが強すぎたらしい。


「受付のお姉さん、冒険者証みてください。ちゃんと書いてありますから」


「……え?あぁ、本当だ……。すみません、取り乱しました。スキル【無限収納】なんて今まで見たことがなかったものですから……」


まぁ、それもそうか……。

俺が持っているスキルは基本的にチートだと思った方がいいのかもしれない。


「えっと、確かに金貨をお預かりします。それでは、当館の説明をしますね。当館は防音完備の旅館となっております。お客様からは既にお金をお預かりしましたので、三食お食事が付きます。本日は時間も時間ですので、軽食しか出せませんが……それでもよろしいでしょうか?」


俺は構わないとばかりに頷く。

こんな時間にやって来たのは俺たちなのだ。それなのにわがままを言うわけにはいかないだろう。


「さて、説明を続けます。当館はその名の通り、温泉宿でございます。1階に男性女性が分かれた大浴場がございます。こちらは1日ごとに男女入れ替わるので、二種類の温泉を楽しむことができます。温泉の詳しい内容については……ここでは省略させていただきます。お楽しみということで」


1日ごとに男女が入れ替わるのか……。実家にもそんな温泉が数年前にオープンしてたなぁ。

あの時はオープン3時間前に並んだものだ。懐かしい。

俺がそんな関係のない思い出に浸っている間にも、お姉さんの説明は続く。

ちなみにレーナは話には興味ないようで、ひたすら俺のスマホの画像フォルダを見ている。

ーーーっていうか、どうやって【無限収納】から取り出したんだ?


「また、当館には個室温泉付きのお部屋もございます。所謂家族風呂というやつですね。ちなみにこちらは別途1泊につき銀貨2枚をいただいているのですが……いかがなさいますか?」


「もちろん10日分お願いします」


レーナを一人で浴槽に入れるわけにもいかないし、他の男どもに見られるのは余計に嫌だ。なので、食い気味に金貨2枚を手渡す。


「即答ですね……。なにはともあれありがとうございます。では、説明も済みましたので、お部屋にご案内させていただきたいと思います。私について来ていただけますか?」


「わかりました。ほら、レーナ、お部屋に行くからスマホを俺に返しなさい」


「んぅ?お話終わったの?またこれ貸してくれる?」


「……あまり恥ずかしい画像ばかりみるなよ?」


「あ、それは無理です」


なんでだよ!と言いたいのをグッとこらえて、スマホを返してもらう。

スマホを【無限収納】にしっかり保管してから、受付のお姉さんの後に続いて部屋を目指す。


「ここがお客様が泊まられるお部屋となります。鍵はお渡ししておきますので、お出かけする際には受付までいらしてください。それでは、失礼します」


そう言って受付のお姉さんは部屋から去って行った。

当然部屋には俺とレーナしかいない。

……いかん、成り行きでパパになったとは言えども幼女エルフと同じ空間にいる状況に緊張して来たぞ……。


「えへへ……。パパ、あったかぁい……」


レーナは顔をフニャフニャにしながら蕩け顔をしている。

やっぱり可愛いなぁ……。


さて、今日は転移してきてから色んなことがありすぎた。

パート帰りだったこともあり、正直かなり疲労がたまっている。

俺は家族風呂を使用するために、レーナに声をかけた。


「レーナ、俺はお風呂はいってくるから、布団の準備をしておいてくれるかい?」


さすがに一緒に入るわけにもいかないので、レーナにそう告げたのだが……


「え?パパはわたしと一緒に入るんじゃないの?」


ーーーーなん、だと!?

今年26になるアラサーがレーナのような美少女と一緒にお風呂に入る……!?

ちょっと待て……落ち着くんだ……空耳だったのかもしれない。


「ごめん、レーナ。よく聞こえなかった。俺とレーナが一緒に入るなんて空耳が聞こえた気がしたんだが……」


「だーかーらー!わたしとパパは一緒にお風呂に入るの!!わたしはパパの娘であり彼女なんだから普通のことじゃないの?」


……空耳ではなかった。

女の子と混浴したのって、元カノのミナの時以来か?

あ、でもそれもまだ一年前か。


俺がそんな感じで思考停止していると、レーナは上目遣いでこう聞いてきた。


「わたしはパパと一緒に入りたいんだけど……だめぇ……?」


うっ……そんなウルウルした目で俺を見上げないでくれ……。


ーーーー結局、レーナの上目遣い+涙目のコンボに負けた俺は一緒に温泉に入る決断をしたのであった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る