虫を愛した虫博士

昆虫採集に行こう

 どうしてこんなところに来てしまったのだろう。

 虫を愛したかつてのムシ博士は、今、虫を殺すための勉強をしている。

 小学校では一番昆虫の種類に詳しかった。近所にいる虫だって捕まえてみれば即答したし、色や大きさや形を言われればわからないものはほとんどなかった。図鑑に載っている珍しい虫を見せてはクラスの女子たちからは気味悪がられたが、男子の間ではスーパースターだった。当時答えられなかったのは、同じクラスのタカユキ君がちっちゃいころに見たというチョウの名前だった。羽が全身ピカピカだという。持っている図鑑を見せてもどれも違うといわれた。どこで見たの? と聞けばひみつのにわ、としか答えてくれなかった。木と木の間をかき分けていくんだって。たぶん、タカユキ君はゲームのしすぎで画面に出てきた虫とごちゃごちゃになっちゃったんだろう。とにかくおだてにおだてられたムシ博士は勉強の方もできたので、めでたく大学に合格し、昆虫を学ぶことのできる学科に入って虫を研究する毎日が待っている。はずだった。

 求められていた研究は、作物を食い荒らしたり病気を運んできたりする厄介者を根絶やしにすることだった。

 チョウの幼虫やバッタは、葉っぱを食べて作物を枯らしてしまう。ガは果物を傷物にしてしまう。シロアリは家をくさらせてしまう。ハチやアブは人を刺すし、カはそれによって病原菌を運ぶ。ゴキブリはいるだけで気持ち悪い。

 さあ、君は何を殺そうか。

 そんな研究などまっぴらごめんだった元ムシ博士は、できる限りのこと、教員免許は絶対に取ると決めていたし、学芸員の免許も取って、いろいろな博物館を渡り歩いている。何とか新種の虫を発見するような研究をしている研究室に入れてもらえないか、とにかくいろんなゼミを駆け回った。あと半年で研究室を決めなければならない。研究室が決まらなければ論文が書けない。大学を卒業するには論文提出が必須である。

 スマホで科学の話題をチェックしていると、小学生が新種の化石を見つけた、という記事が目に飛び込んできた。偶然参加した化石堀りツアーで見つけたらしい。学芸員が分析・調査を繰り返し、見事論文が認められたため、新種として登録されたという。

 これだ。

 自分も新種の虫を見つければ、その功績を論文に載せて、虫のための研究ができる。

 きっと両親は虫の命を守るために、マモルと名付けてくれたに違いない。

 マモルは、講義を放り出して、昆虫採集に行くことにした。もちろん人があまり立ち入らない場所を選ぶべきだ。迷った末に、電車で行ける範囲の、人里離れた山奥に目的地を決めた。最低限のものだけ買いそろえ、1時間に1本電車が来ればいいような駅まで行く電車に飛び乗った。

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