【現代ドラマ・友情/コメディ・シリアス】星流夜――聖夜に目覚める―― 3

 やがて教会が見えてきた。灯りがまだついており、ぽっと温かな雰囲気を醸しだしていて、人のいる気配があった。


「で、どこに人骨を投げ込むんだ」

「フライドチキンだがな。教会に投げ込むとは、詳しくはどこだろうな」


 ぼくらはドキドキして、互いに譲り合うような仕草をした。背を押し、肩を無駄にたたき合う。次第に興奮より寒さが勝り、うんざりしかけたところで、Fがフライドチキンの入った袋をつかみ、おもむろに夜空へ向かって放り投げた。


「これでいい。ここはすでに教会なのだからして、問題ない」

「そうか」

「おう。任せとけ」


 何を任せたのかわからなかったが、とにかく逃げろとばかりに自転車のハンドルをにぎり、ぼくらはペダルを踏み込んだ。教会にゴミを捨てて行った悪ガキとして、もしかしたら防犯カメラにばっちり映っているかもしれない。それに、そもそも神はこの罰当たりを許したもうかという気分だったが、我らの目的には犠牲は欠かせないのだった。


 死者を蘇らせる。

 いよいよ、クライマックスが近い。


 ぼくとFは、教会から北に向かって正確に五千九百歩離れた場所へと向かっていた。歩数はこれまた事前に多大なる苦労を経て、きっちり数えてあり、目印となるシール(ドクロ型)をガードレールに貼りつけてあった。


 そうして、暗闇の中、目印のシール(ドクロ型)を見つけたぼくらは、次に、冷たい道路に二人して並んで横たわった。車が通ったら死ぬな、と思ったが、さすがに深夜に、舗装してあるとはいえ細くてガタついた横道でもあるため、あたりはしんと静まり返っていた。


 自分たちの呼吸音だけが聞こえる中、両手をヘソの上に乗せ、月の方向を見なければならなかった。そして、『我は汝を求め、見ることを得ん』と唱えるのだ。すると死者が現れる。おぉ、ドキドキして心臓を吐きそうだ。


 が、しかし。


「おい、月はどこだ」

「ねーな。暗いぜ」


 星は見えた。されど、肝心の月の姿がない。


 寝ころんだままでは探しにくいため、一旦立ち上がり、上を向いてきょろきょろする。数分は粘っただろう。Fの大きなため息が合図となり、月捜索は切り上げることになった。


「知らぬ間に、月は爆破されたのだろう」

 とF。これに、

「いや、誰かがサンタに月をねだったのかもしれない」

 なんて、クリスマスにかけて冗談をとばしたぼくなわけだが。


「おい」

「ん?」


 Fは首を大きく振り、

「お前、ロマンチストか! もう、いい。月はマイケルにやるぜ」

 そうして、「月泥棒め」と夜空に叫ぶ。


「おい、静かにしろよ」

「うるさい。誰もいねーよ。それより、つづきやろうぜ」


 月不在でやや不機嫌なFだったが、儀式を中断する気はないらしい。彼は寒空の下、道路に横たわるとヘソに手を当て、スタンバイOKとなる。ぼくも冷気を振り払うように気合をいれて息をつくと、彼の隣に寝転ぶ。


「月はねーからよ。代わりに、あの星に向かって呪文をいうぞ」

「わかった」


 あの星とは、真上に見える中では、一番強く輝いている星のことだった。あれだけ強く輝いている星だ。調べれば、どこかで聞いたことがあるような名前がついているのかもしれない。


 ぼくらはそんな名も知らぬ星に向かい、『我は汝を求め、見ることを得ん』と唱えた。もし、本当に死者が現れたら、『選民の王国に戻れ。汝がここに来たるは嬉し』と唱えれば、陽が昇るのを待たずとも死者の霊は消えるらしい。


 しばらく自分たちが吐き出す白いもやを眺めながら、その時を待っていた。背中はダウンごしでも道路の冷たさが染みてきて、手足はかじかみ、むき出しの顔は鼻先を中心につんとした痛みがあった。


「見えるか?」

「なにが?」


 Fへと視線を向ける。彼は星を見たままで、再度つぶやく。


「死者がお前には見えるか?」

「いいや。お前が死者なら、話はべつだがな」

「そうか。つまり、俺とお前はいつの間にか凍死していて、いま蘇ったというわけだな」


 ああ、なるほど。笑ってしまい、一度吹き出すと、次々と笑いが込み上げて止まらなくなった。つられるようにして、隣のFも笑い出す。人骨もなく、月もなく。儀式も省略してしまった。それでも、ぼくたちにとって儀式は大成功だった。


 そうだろ? お前も、そう思っていたはずだ。


 ――あれから、もう何年過ぎただろう。


 十年、いや、十三年か。まさか、二十四歳でお前が死ぬなんて思わなかった。儀式で使った墓の林さんと同じなんて笑えない偶然だな。


 Fは喧嘩の仲裁に入って死んだと聞いたとき、ぼくはすぐには信じられなかった。

 殴られ、打ちどころが悪くて即死だったそうだ。しかも、喧嘩をしていたのは知り合いでも何でもなくて、全く面識のない奴らだったというじゃないか。


 お節介野郎め。どんだけ、かっこいいんだよ。ヒーローか。

 お前の葬式で、あの子が泣いていたのを知っているか。お前が小学生の頃から惚れ込んでいた彼女が、お前のことを想って、泣きっぱなしだったんだぞ。


 もし、彼女とぼくが仲良くしたら、お前は怒るだろうか。でも悲しむあの子を放っておくのも、お前はいやだろう? ちがうのか。どうしたらいい?


 その答えを知りたくて、聖夜、またあの儀式を実行している。運よく、教会のそばに墓地がある町に住んでいるから、以前より楽勝そうだ。寒さがあの時ほどきつくないのも助かる。


 それに、今度は人骨だって用意したんだ。

 もう、フライドチキンじゃない。驚くだろ。


 お前の――そう、遺骨を使った。お兄さんに頼んだら、詳しいわけもきかずに、ぼくにくれた。いい人だよ、ほんと。あの優しさは幻想じゃない。


 公園の芝生の上。今回はこの場所で空を見上げている。まだ陽が昇るまでには時間があった。満月が浮かんでいる空に、冬の星座が悔しいほど美しい。滲む月灯りに目を細めて、最後の言葉をいおう。


『我は汝を求め、見ることを得ん』


 どうか、成功してくれ。

 目を閉じて、ぼくはその時を待つ――

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