【現代ドラマ・友情/コメディ・シリアス】星流夜――聖夜に目覚める―― 2

墓地に到着したぼくらは時刻を確認した。Fが父親の携帯電話をくすねてきていたので、容易に確かめることが出来た。


「まだ、九時すぎじゃないか。おいおいおい。深夜決行のはずだぞ。夜の九時は深夜なのか?」


 あきれるぼくに、Fは断固たる主張をした。


「十二時まで待たねばなるまいな。どうする?」


 どうするとたずねられたら、答えはひとつしかない。僕は寒さで身を振るわせ、歯がガチガチと鳴っているのだ。


「一旦、家に戻ろう。十一時半ごろ、また、ここに集合でいいか?」

「よしきた」


 僕らに迷いはなかった。すぐさま帰宅して、暖房にあたる。家族には外出がばれていない自信があったのだが、母親に「あんた、教会のクリスマス会に行ったの?」と不思議そうに問われてしまった。


「いや。ずっとここで、みかん食って、テレビみとったが?」

 すらすらとほらを吹く。

 母親は顔をしかめ、

「でも、Sさんが電話くれたんよ。あんたとFくんが来ているけど、帰りは車でお送りしましょうかって」


 親切なSさん。それとも、出しゃばりやがってSさん、か。

 ぼくはすっとぼけて目を丸くする。


「こわっ。ドッペルゲンガーじゃん」


 母親は肩をすくめただけだった。嘘がばれたのかどうか、判断つかなかったが、話はこれで終わった。Fのほうでは、どうなっているのだろうか。電話してみようかと思案しつつ、暖房に眠気を誘われてしまい、気づけば夢の中にいた。目覚めた時には時計の針が頂点に到達しようとしていた。


 やばい。遅れてしまう。いつの間にやら、蛍光灯の灯りは消され、テレビも暖房も電源オフになっていた。どおりで目が覚めたわけだ。寒い、ああ、寒い。部屋の中なのに吐く息が白かった。


 ダウンを羽織ると、急いで自転車に乗り、再スタートだ。かごには、人骨がわりのフライドチキンの骨が入った紙袋があったのだが、カラスがつついたのか、一部が破れていた。中身を確認すると二本まだ残っていたので、ほっと肩をなでおろす。


 寒波のなか、到着した墓地には、すでにFの姿があった。派手なスキーウエアをやめ、まっとうな服装、地味なダウンジャケットを着こんでいる。


「おい。貴様、逃げ出したのかと思ったぞ」

「まさか。つべこべ言ってねーで、墓石を選ぼうぜ」


 時間がない。すでに十二時を過ぎていた。誰のせいだ。ぼくのせいだ。だからこそ、率先して墓石を選んだ。なんとなく、いい死者を呼びそうな古びた墓を指名する。


「君に決めた。どれ……、林さんだな」


 懐中電灯で刻まれた名前を読み上げる。つぶれて消えかけている文字は無視したが、それでもずいぶん古い墓であることは分かった。享年は二十四という情報には、少しばかりしんみりしたが、僕らは手を合わせてお辞儀する礼儀を示すことで、満ち足りた気分になった。


「さて、メモ用紙をくれ」

 懐中電灯をFに向けると、彼は真っ青な顔をしていた。

「おい、どうした」

 幽霊でも出たか。怯えたぼくだったが、Fの返事には怒りを覚えてしまった。


「やっべー。忘れてきた。あっちのポッケに入れたまんまだった」

「ちくしょう。おい、言葉を覚えているなら問題ないが?」

「お前はどうなんだ。覚えてないんだろう。それなら、俺だって不可能だ」

「だろうよ」


 さっさと取りに戻れと怒鳴りかけたが、ぼくはピンコンとひらめいた。


「携帯、あるか?」

「ある」


 Fは、今度は母親の携帯をくすねてきていた。


「そいつで兄貴に電話をかけろ。で、あのメモ用紙にある言葉を読んで伝えてもらおうじゃないか」


「却下だ」

「なんだって!」


「なんだってもくそもあるか。ひとりっ子のお前に、兄貴というものの存在について、ここで長々と説明してやってもいいが、寒いし時間がないので、やめておく。それでも、付け加えるなら、兄貴に頼み事なんて出来るはずないだろう、だ」


 Fの兄は高校生で、温厚そうな人だった。

 しかし、それは幻想だという。Fはひとっ走りして、メモ用紙を取りに帰るという。


「いいだろう。ぼくもついて行こう」

「なぜだ」

「なぜって……」


 ぼくは選び抜いた墓石、林さん(享年二十四歳)に視線をやり、すぐにFへと戻した。言いたいことは分かるだろう。ここは墓地だぞ。ひとりで待てというのか。


「ははん」とFは笑った。

「びびったな。これから死者を蘇らせるというのに、そんなチキンハートで大丈夫なのか」


「チキンボーンを用意したのは誰だったろうか。メモ用紙を忘れたのは誰だったろうか」


 的確な指摘に、Fはたじろいだ。

 ぼくたちは、数秒間、にらみ合い、ひとつの答えを見出した。


「共に行こう」

「ぜひとも」


 クリスマスイブ――いや、すでにクリスマスの夜なのだろうか。時刻は一時を過ぎようとしていた。ぼくたちは、再び林さんの墓石の前に立っていた。


「いいか。この言葉を唱えるんだ。決してかむんじゃないぞ」

「誰にいっている」


 互いの顔は自信に満ちていた。夜のサイクリングでばっちり体も暖まり、寒さは微塵も感じない。ぼくらは一度、黙読すると、タイミングを計り、声をそろえて言葉を読み上げた。


『天地万物を混乱に陥れる地獄の魔物よ。陰気なる棲み処を立ち去りて、三途の川のこなたへ来たれ』


 しばらくの沈黙のあと、息を吸い込み、


『汝、もし呼ぶ人の意のままにしうるならば、請う、汝が百王の王の名において、彼を我が指定せる時刻に出現せしめんことを』


 ぞくりとした。脇の下からは汗が伝い落ち、ぶるりと体が震える。でも、まだ終わりじゃない。一握りの土を取り、それを少しずつばら撒きながら、次の言葉を何度も唱えるのだ。土は事前に用意したものを使用した。墓地には容易に入手できそうな土がないことは、予行練習のときに分かっていたからだ。


 林さんの墓石の周りを徘徊しながら、ぼくらは土を少しずつばら撒いていった。そうして、元気よく言葉を唱える。


『朽ち果てし遺体よ。眠りから目覚めよ。遺体より踏み出でて、万人の父の名のもとに行う我が要求に答えよ』


 それから東の方角に向かって跪いたままで二時間待つ。その際、人骨を二本重ねて十字型にし、側に置いておく。


 ……と、児童書に記された『死者を蘇らせる方法』にはあったのだが、二時間は長すぎること、人骨ではなくフライドチキンであることを考慮して、東だと思われる方向に向かってひざまずき、フライドチキンを十字に重ねること二分、次の工程に移ることにした。


「よし。教会に行くぞ」

「おう」


 目的は教会にフライドチキンの骨を投げ込むことだ。自転車を飛ばし、八キロ先まで向かう。すでに深夜。それでも人々の姿があるのは、クリスマスだからだろうか。


「おい」と、前を走っていたFが叫んだ。

「なんだ」と僕も叫び返す。

「来年はよ、俺たちも彼女とクリスマスを――」

「来年は無理だね」

 僕は最後まで聞く気がなかった。

「冗談さ」

 と言ったFの背は、やや寂しげで驚いた。


 奴が恋している相手を、ぼくは知っていた。


 ぼくからすると、「なぜ、あの子?」と首を傾げたくなるほど個性豊かな子だが、Fの恋路はすでに五年を経過するという年季の入りようだったので、愛の深さは十分理解していた。


「おい」と呼びかける。

「ん?」

「来年は無理でも、再来年は分からんぞ」

「そうか」

「おう」


 そのときは、自分の彼女を……とは、色気づくことはなかった。あまり、女子に興味がなかった。それよりも友情のほうが楽しかった。


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