【現代ドラマ・友情/コメディ・シリアス】星流夜――聖夜に目覚める―― 1
ぼくは小学生のとき『死者を蘇らせる方法』を知った。児童書に可愛らしいイラスト付きで載っていたのだ。やり方は簡単で、聖夜に墓で呪文を唱えると、死者と会話できるというものだった。しかし使用アイテムに人骨とあり、その時点で試すのは不可能なはずだった。
でも当時一番仲が良かった友人Fは、どうしてもやってみたいと言い出し、ぼくらは人骨をフライドチキンに変更して、死者を蘇らせる方法を試すことにした。
児童書によると、死者が蘇るのは聖夜だけ、空が白みはじめると、死者へ消えてしまうという。まずはクリスマスのミサに参加して、ここでも呪文と唱える。そして墓に行き、呪文、また教会に戻り、人骨(ぼくらはフライドチキンだが)を使用して呪文。
というわけで、まずは教会を探す必要があった。
寺ならあるのだが、キリストの教会となると、ぼくらはどこにあるか知らなかった。しかも、クリスマスイブにミサをやっていて、信者以外の小学生が自由に出入りできる教会となると、ぼくらが住む田舎では、なかなか見つからない。
ぼくは、わざわざ本物の教会じゃなくても、自分たちでなんちゃってミサをすればいい、クリスマスツリーと手製の十字架を作ろう、そう提案したのだが、凝り性のFは納得しなかった。
彼はすでに人骨ではなく、フライドチキンで代用しようとしているという点だけで、かなりの妥協をしているのだと主張したのだ。
仕方がないのでぼくらは行動範囲を広げた。
そして自転車を駆り立てて捜索すること数日。
一見すると、市民会館のような建物が教会で、掲示板にクリスマス会及びお祈り(とあったがミサと理解していいはずだ)が催されるとのポスターを発見した。
しかも、参加は自由、信者でなくともよいという。バッチリだ。僕とFが、ハグとハイタッチで大喜びしたのも当然だろう。
しかし、不都合な事実も判明する。墓だ。
敷地内だけでなく、教会の周囲も一周して探したが、ベンチと自動販売機はあるのに、肝心の墓がないのだ。
儀式には墓の存在が欠かせないのに。だって死者を蘇らせるんだから。
でも、Fの頭脳はさえていた。
「べつに教会の墓地じゃなくてよくね?」
だからぼくらは寺の墓地を使用することにした。そこでなら、苔むしたものから、ピカピカのものまで、より取り見取り、選びたい放題だ。
計画はこうだ。まず教会でミサに参加する、寺に移動、墓で呪文を唱える、再度教会に戻る。ここで人骨(フライドチキン)を使用する。蘇る死者。
寺から教会までは、その距離、ざっと八キロあるが仕方がない。愛用の自転車をフル稼働して挑戦しよう。
儀式の注意事項として、少しでもミスをすると、地獄に落とされる危険があった。また当時子どもだったぼくたちには、親の目をかいくぐり、深夜から早朝までの自由を得る必要もある。
ぼくとFは何度も予行練習をした。そして迎えた本番、十二月二十四日。
夜。この日は寒波がおしよせていて、手袋一枚では壊死しそうな寒さだった。
ぼくは黒のダウンジャケット着ていたが、Fはスキーウエアのような恰好でいた。彼曰く、スノボのときに兄貴が着る服なのでスキーウエアではないそうだが、つまりなにが言いたいかというと、蛍光色の派手な服装だったのだ。
「おい、ふざけているのか」
ぼくはフライドチキンの骨が入った紙袋をFに投げつけた。
フライドチキンは、母親に頼み込み、夕飯に用意してもらったものだった。
Fはぼくの叱責が理解できないようだった。ぼかんとしている。
ぼくはいってやった。
儀式に対して真剣な思いがあるならば、そんな派手で目立つ服を着てくるはずがない。ぼくを見ろ。黒ずくめだ。誰にも発見されることなく、穏便に儀式を遂行するための完璧な準備に抜かりがないという証だ。ところがきみはどうだ。そんな派手な服があるか!
寒空の下、吐く息は白く声は震えていたが、それでも、Fにぼくの怒りが伝わり、彼はひどく自分の失態を反省して肩を丸めた。
「すまん」
「もういい。時間がない。さっさとミサに参加せんといかんからな」
教会はキャンドルのオレンジ色に照らされていた。ザ・クリスマスらしい雰囲気。もしかしたら、この世にサンタはいるのかもしれない。そう参列者に紛れ込もうとしていたところ、ぼくはサンタを見つけた。
太っていた。そして白人だ。
「サンタだ」
Fもサンタに気づく。ぼくは重々しくうなずいた。
「リアル・サンタだな。白いひげはもじゃもじゃ、赤い服も来ている」
リアル・サンタ=白人と言うのは人種差別だろうか、という複雑な心理は、当時のぼくらには芽生えなかった。とにかく、赤い服を着た太った外国人を見た瞬間、この市民会館のような教会の底力を見たような気がしたのだ。
「ミサはどこでやるのかな」
リアル・サンタの衝撃が引いたところで、Fにたずねた。Fはまだサンタにくぎ付けだったが、「ふあ?」と間抜けな声をあげると、「なあ、プレゼントはおれらも貰えるかな?」と夢見がちな発言をしだす。
「まさか。信者のみだろうさ。それか幼児までに違いない。というか、目的を忘れたのか。サンタに会いに来たのではない。死者を――」
と、ぼくはここで言葉を切る。
安易に計画を口にすべきではないと思ったのだ。その緊張感がFにも伝わったのだろう。彼のほうけ気味だった瞳に鋭さが戻る。
「ミサは十字架の前にいれば、間違いなく参加できるだろう」
「十字架か。ツリーではなく?」
「ツリーの可能性もあるな」
ぼくらが迷っているあいだに、参列者が移動をはじめた。どうやら讃美歌と子供たちによる劇があるらしい。ぼくらは人波にのまれるようにして移動した。
そうこうしているうちに、気づけば、馬小屋でイエスが誕生するという劇を見て、拍手を送り、甘いココアをごちそうになって、あやうく、家路に着こうとしていた。
「おい、ミサは?」
「まずいな。とにかく十字架を見つけないと」
十字架はなかった。いや、あったのかもしれないが、想像したような立派で見上げるような十字架を発見することは出来なかった。
「もういい。とにかく、例の言葉をいおう」
焦るぼくに、Fは首を振る。
「ダメだ。ミサの最中じゃなきゃ、意味がない」
こだわりの強い奴だ。そう、ぼくは心の中で毒づく。
ぼくらの間に険悪なムードが生まれた。しかし、長くは続かなかった。
もう解散だろうと思っていた教会内で動きがあったのだ。
耳をそばだてていると、「礼拝所」という言葉が聞こえた。これだ、と僕らは顔を見合わせて笑顔になった。ミサが行われるのは礼拝所に決まっている。
周囲は敬虔そうな顔をした大人ばかりになっていたが、中には明らかな酔っ払いも混ざっていた。ぼくらも真面目くさった顔をして、礼拝所に向かい、木の長椅子に腰かけた。
一応は遠慮する気持ちがあったものだから、最後尾に陣取ったのだが、人の良さそうなご婦人に、前に座れと半ば強引にうながされ、非常に居心地の悪いことに最前列、牧師だか神父だかの真ん前という特等席に座るはめになってしまった。
たぶん、ミサだろう催しものが始まった。長々とした牧師だか神父だかの話が続く。ぼそぼそとした話し方の、普通のおっさんが牧師だか神父だった。
「おい、見ろ」
うつむき加減でいたぼくを、Fが右ひじでこづいてきた。
「あっち。サンタがいるぜ」
あごで示された方をみれば、なるほど、先ほどのサンタがいた。しかし、このときは赤い服ではなく、ジーンズに黒いハイネックのセーター姿だ。もじゃもじゃのひげもつけひげだったらしい。毛穴の目立つ赤らんだ頬が丸見えになっていた。
「やつの名前を当ててやろうか」
Fはにやりと笑う。名前なんてどうでもよかったのだが、暇だったため、「ああ、どうぞ」とうながしてやった。
「きっと、マイケルだ」
「へぇ、そうかい」
Fの中で西洋人男性は全員マイケルだったにちがいない。ぼくはもっと聞いたことのないような名前だろうと思ったのだが、異論は挟まなかった。
ぼくらはしばらくサンタだったはずのマイケルを観察して、面白おかしい会話を繰り広げた。その内、「ごほん」という咳払いが聞こえて、神父だか牧師だかと目が合ってしまった。彼は不快そうに顔をしかめていた。ぼくらは口をぴったり閉じて、ニコニコと愛らしい天使の笑顔を作ることで、気まずい時間をやり過ごした。
そして――
「おい、肝心なことを忘れてやしないか」
僕は痛み出した尻をもぞもぞさせていた。木の椅子は座り心地がいいとはいえなかった。声を落とし、ささやいたのだが、Fはどうやらウトウトしていたらしく、すぐには反応を返さなかった。
「おい。例の言葉。いま言うべきじゃないのか」
このまま一人で儀式を遂行しようかと思っていたところで、Fが正気に戻った。彼はごそごそとポケットからメモ用紙を取り出すと、ぼくの目をのぞきこみ、重々しくうなずく。
ぼくも同じようにうなずき返した。二人してメモ用紙に書かれた言葉を、そっと声に出して唱える。
このとき、声はなるべく低くなるように、との注意書きが『死者を蘇らせる方法』にはあった。変声期前のぼくらは、のどが痛むほどに苦労して全力の低い声を出した。この声を出す練習もたくさんしていたので、本番も滑らかに低い声を出すことが出来た。
『死者は立ち上がり、我がもとへ来たれり』
そうして、全力疾走して礼拝所を出る。背後で怒鳴るような声が聞こえたがかまっちゃいられない。すぐさま自転車にまたがると、これまた全力でペダルをこぐ。目指すは八キロ先にある寺の墓地だ。
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