1000-3000文字 ショートショート

【現代ドラマ・不倫/ホラー】最後の五分間

 ちょいと隣に座ってもいいかい? 

 あんた、ひとり? 俺もひとりで来たんだけどね。

 道に迷ってさ。もう始まってるじゃないか。まいったね。


 それにしても人が多いね。盛況だ。

 なんて罰があたるか。あはは。


 そうそう。罰が当たるって言えばさ。

 面白い話を知ってるんだ。


 俺の知り合いに不倫している男がいてね。

 しかも相手が、奥さんの親友なんだよ。

 馬鹿な男じゃないか。バレたらどうすんだって、俺は叱ってやったの。

 でも、そいつ。笑って「大丈夫、大丈夫」って、のんきなもんなんだ。


 それが、ある日ね。


 不倫相手の女が、


「人生最後の五分間があるとして、あなたは奥さんと過ごす? それとも、私を選ぶのかしら」


 なんて、訊くんだってさ。

 男は、「それは君に決まってるよ」と、すぐに答えたんだけど。

 女はしばらく黙り、


「私はミカと過ごすべきだと思うわ」


 って。


「妻と?」

「そうよ」


 男は苦笑して言葉につまる。

 すると女は、さらに予想もしなかったことを言うんだ。


「私、プロポーズされたのよ」

「誰に?」

「あなたの知らない人。でも、とっても誠実で頼りになる人よ」


 女の目には、「あなたとは違ってね」という言葉がありありと浮かぶ。


「そうかい」と男。これしか言えないわな。

「じゃ、結婚するってわけ」

「ええ」


 あっさりした女の返事だ。けど、男の方は捨てられるとは思っちゃいない。

 しぶとく、「でも」と、また苦笑して続ける。


「俺たちは続けるんだろ?」

「いいえ。もう会わない」

 

 女は首を振り、それから、くすっと笑う。


「あなたのこと、一度だって好きじゃなかった」

「なんだって?」

「好きじゃなかったって言ったの」

「どういうことだ」


 女は身を乗り出すと、男の目をしっかりと見つめた。


「ミカの旦那だから相手してたのよ。だって、あなたってどうせ不倫するでしょ。だったら、私が引き受けて上げたほうがいいと思ったのよ」


 どこの誰だか分からない相手と子供でも作られたら、ミカが可哀そうでしょ。


「何を言ってるんだか」

「あら、怒ったの。でも、いいじゃない。終わりよ。いい人が結婚したいって言ってくれてるんだもの。私も、今度からは自分の人生を楽しむつもり」


「ミカは全部、知っているのか」

「さあ」


 クスクスと笑い、立ち去ろうとする女。

 男は彼女を引き留めようと手を伸ばす。


「しつこいわね。……でも、いいわ。また近いうちに会いましょうね」


 女はまた笑い、それから一度も振り返らずに去って行く。

 ちぇっ。

 残された男は不機嫌なまま家に帰り、出迎えた妻と顔を合わせた。


「おかえりなさい」

「ああ」

「食事にする?」


 男は、うなずくだけの返事をすると、妻が置いてくれたビールを飲む。

 いつもより苦い。悔し紛れに一気に飲み干した。


 って、話なんだけど。

 あは、何だい、そんな顔して。


 それにしても、奥さんは泣いてばかりいるね。

 隣で慰めてるのは親友かな。仲いいね、美女二人だ。


 おや、彼女、指輪してるね。

 よくわかるなって? 目はいいのさ。


 でも、奥さん、よほど旦那が好きだったんだね。

 気の毒になぁ。

 結婚して三年だっけ? 

 まぁ、子供もいないし、若いんだ。

 はやく新しい相手を見つけるこったね。


 さて、焼香の番がきたよ。しっかり手でも合わせてやるか。


 ……どうしたんだい?


 ああ、ここの旦那の死因かい?

 あんた、野暮なこと訊くんじゃないよ。


 そうだ。

 葬式がすんだら、キンキンに冷えたビール、どうだい?


(完)

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