【恋愛・アンドロイド】これは君に送るラブレターだ

自主企画『お題を出しますので誰か小説書いて!そして読ませて!!』参加作です。

https://kakuyomu.jp/user_events/1177354054894179894


<お題>

1、幼馴染

2、年齢中学生位(推奨で大人でも後日の老人でも構いませんよ~♡)

3、男の子(女の子も可)が何かの事故で死ぬ

4、初めて気づく彼(彼女)への思い

5、気が狂うほどのむなしさ

6、その思いをラブレターに

7、ほんのちょっとの奇跡





「僕らは幼なじみなんだよ、ブルージェーン」


 離宮で開かれた宴会の最中だった。王とそのお気に入りの客たちだけが集まる小さな宴会で、会場になった東棟の周囲を屈強な兵士たちが囲んでいた。三階にあたるこの場所では、華やかな音楽とグラスがぶつかる音に、鳥がいっせいに羽ばたくような笑い声が沸き起こっている。


 王はこの日、わたしたち護衛がそばにいることを好まず、バルコニーで見張りをするようにと指示を出した。窓側はその先が崖になっており、下からは強い風が吹きあがってくる。戦時下だったが戦況は悪くなく、近々停戦の協議が行われるということだった。そんな時期に、わざわざ暗殺を企てる可能性は低く、見張りと言ってもただの厄介払いだったのだろうが、それでも外に向けるわたしの目は厳しかった。


 白塗りのバルコニーの上には、紫色に染まった雲が細く横断するように伸びていて、あとは砂を噴きつけたような星空が広がっていた。青い月が向かいにあるオウフェイ山の上に半身をのぞかせている。オウフェイを越えると、敵国が野営している火が見えると聞くが、ここからは何も見えなかった。


「ねえ、ブルージェーン」


 前を向いてばかりのわたしに、君はじれたような声をあげた。わたしは視線を向けず、ただ肩をすくめてみせる。


「双子なのだろう、わたしたちは。ちがうのか?」


「それはちがう」


 君の声は意外なほど、堅いものだった。とっさに顔を向け、そのまっすぐな視線とかちあう。君はしたり顔をして得々と語った。


「僕らの元となった遺伝子はまったくべつのものを使っている。僕らは分離したわけではなく、個々に生成し、そこから、あいつの好む容姿に仕立てて完成したわけだから、双子とは根本的に遺伝子の面でちがうんだよ」


「王と呼べよ、あいつではなく」


 わたしを声をひそめて叱責した。


「君は罰を受けたいのか。わたしまで鞭打ちにあう可能性があるのに、君は笑って見ているつもりか」


「怒るなよ、ジェーン。いまは僕たちしかいないんだ」


 君はそう言って両手を広げた。白い歯を見せて笑い、目を星のように輝かせて。わたしはその輝きが好きではなかった。好奇心ほど馬鹿げた感情はない。排除すべきだと思うのに、君は好んでそいつを掴み、わたしにまで向けてくる。


 王の護衛として製造されたアンドロイドであるわたしたちは、見かけは十三で成長を止めている。しかし護衛についてすでに三十年は経っていた。双子のように似た容姿をしていても、わたしは少女であり、君は少年で、背丈と髪型、瞳の色を含めた顔のパーツは同じでも、体つきだけは若干の差異があった。


「僕はもっと大人になりたかったよ、ブルージェーン」


 君は口癖のようにそう言った。わたしは、これ以上成長すると護衛に不向きになるため、いまの体躯に満足していた。それでも君の言う「中途半端な時」のまま時間が止まったことに苛立ちがないわけでもなかった。


 ただし、踊り子たちのように成長するのではなく、君が示すような大人の男になりたかったのであって、わたしとしては、ここで成長を止められたことに不満はなかったのだと思う。


 双子のように似たわたしと君だったが、ひとつだけ大きくちがう箇所があった。声だ。護衛の役割に話す必要があまりないこともあってか、似せたものに作り替えてはなかったのだ。


「この声だけは自分のものだよね。誰かにいじられてない、ただひとつのものだ」


 君の声は成熟のさなかで止められ、少しかすれていた。その点、わたしは少女よりも少年のようになだらかな音で、君がやっかむような優れた響きを持っていた。君はいつも「歌ってよ、ブルージェーン」とねだった。ある時は暗闇で、または身を打つ激しい嵐の中で、吹雪の中、二人でくるまった毛布の中でも。


「素敵だね、ブルージェーン。もう一度歌ってよ」


 ひそめた声に、わたしは歌で返す。意味のある歌詞などない、ただ音の連なりを響かせて、鼻にかけるように口ずさむ。それで君は満足していた。


 あの日も、歌を聴かせたあとだったと思う。


 君とわたしには、製造番号以外の呼び名はない。そういうものだと聞いて育った。それなのに君は好奇心の欲望に捕まって、わたしに名をつけてしまった。


「そうだ、ジェーンと呼ぼう」


 丘の上で見張りをしていたとき、そう突然声をあげた。


「渋い顔ばかりだから、君はブルージェーンだ。ねえ、笑ってよ、ブルージェーン。僕のように」


 瞳を輝かせて目を細める君に、わたしはただただ驚くことしかできなかった。


「僕にも名前をつけてよ、ジェーン」


 肩に腕を回して目を合わせてくる。その視線を避けたわたしは、何も答えずに眉間にしわをよせていた。笑ってよ。そう揺さぶる腕の重さに爪を引っかける。


「ひどいな、ジェーンは」


「任務中だ。君は廃棄されたいのか。わたしたちに名は必要ない。ただ王を守り、王に尽くすのみ」


「あいつはいま、昼寝をしてるんだよ。いびきをかいているだけ。ここに危険はないよ、ジェーン。鳥が歌い、小うさぎが遊んでいるだけさ」


 君とわたしは王の護衛に相応しくなるよう、物心つく前から鍛錬を重ねて、共に成長してきた。所作一つ同じになるように、ぴったり重なるように、わたしたちは似た姿に成長したが、体内に宿る意思は正反対だった。


「笑ってよ、ジェーン」


 怪我をした鳥を助け、幼い子に菓子を分けてやる君と、ただ任務に忠実なだけのわたし。君のせいでわたしまで王の怒りを受けることがあった。君を疎ましいと何度思ったことだろう。なぜ、わたしひとりの護衛ではいけないのか、不満に顔をゆがめることが何度あったろう。


 それでも、君はいつも隣にいて、わたしに笑いかけた。


「いつまでも一緒ってのは、素晴らしいことだね、ブルージェーン。いつか、僕たちが自由になったとしても、君のそばには僕がいると思うよ」


「……それは呪いの言葉か」


「素直じゃないね、ジェーン。君の笑顔はいつ見られるんだろうね」


「鏡を見て来いよ。笑ってみろ、そいつがわたしの笑顔でもある」


 君はため息をつき、わたしのひたいを軽くつついた。


「馬鹿だね、ジェーンは。君と僕はまるでちがうじゃないか」


 その言葉の意味を、わたしはいま噛みしめている。


 あの日、わたしはメンテナンスのため、王のそばにいなかった。君だけが建設中の闘技場の視察に出た王についていき、そこで落石事故に遭った。ひどい損傷で、そのまま処分されたと聞いたとき、わたしの脳はショートした。


 わたしは熱を出して、七日間、昏睡していた。目を覚ました時には、君がわたしの顔を覗きこんでいた。


「よろしく、ナンバー890」


 そこにいた君は……君であって、君ではなかった。新しく製造された君は、わたしのことを「ブルージェーン」とは絶対に呼ばない。同じ顔をして、記憶にあるとおりの耳の形、生え際、のど、肩の線、背中のしなり、指の関節、爪の色、形、ふとしたときの仕草……それらがまったく同じでも、ひとつだけちがう。


 声だよ。新しい君は、ささやくように話した君とはちがい、弾くような音の粒を持っていた。耳が痛かった。それでも、そっくりな君を、周りは迷いなく受け入れた。わたしの抵抗感だけが宙に浮き、のどの奥でくすぶって黒い球になるようだった。何度もその球を飲み下しては、のど元に戻ってくるそれを、わたしは吐き出すことも出来ずに苦しんだ。


 だから、わたしは君の墓を作りたかった。君を吐き出して目に見える形で埋めてしまいたかった。でも、アンドロイドに墓など必要ないのだ。それにもう、新しい君もいるのだから、何も失ってなどいないのだと、周りの人間たちは言った。納得した。「イエス、マザー」とドクターにも言った。「わたしは悲しくありません。新しい相棒が出来て安堵しています」笑ったわたしを、君は見ていただろうか。そう思うことが、望むことが、わたしの不具合を証明している。


 アンドロイドに痛みはない。目を突かれ、腕がちぎれようと、その痛みを感じることはない。痛覚は切断してある。治癒力も人間より優れている。だから恐怖もなく、哀しみもなく、涙もない。


 それなのに、君よ。わたしはいま泣いている。


 君を失って、わたしは初めて痛みを知った。胸のうずきを、精神の痛みを初めて知った。アンドロイドであるわたしの脳内に君の声がリフレインする。ジェーンジェーン、そうだ、わたしは君の声を覚えている。あの木の葉がささやくような乾いた声を。ジェーンジェーン……


 いつの日か、二人で見たデーリアの海岸を覚えているか。あの日は嵐が近づいていた。あたりは暗く、星はなく、風が大木をへし折り、海は竜のように渦巻いては地平線を飲み込もうとしていた。


 そのとき、君はわたしを抱き寄せてささやいた。「歌ってよ、ブルージェーン。この嵐を鎮めてよ。僕の不安を取り除いてよ」わたしはあくびをした。荒れ狂う海を眺めながら、気まぐれに口ずさんだ。音は風に飛んだ。それでも君は喜んだ。


「ありがとう、ジェーン。大好きだよ、ジェーン」


 あの嵐がわたしの体内で起こっている。わたしはあのときの歌をもう覚えてはいない。君は記憶しているか。そうであるなら、今夜は君がわたしに向かって歌ってほしい。聞かせてくれ、ブルージェーンに君の声を届けてほしい。


 わたしはこうして君に向けて手紙を書くことで、またひとつ奇跡を起こそうとしている。ペン先が滑るなか、この願いを君にも知ってもらいたいと紙をくしゃくしゃにしながら書いているんだよ。


 聞け。わたしは君に、わたしは僕になるつもりだ。


 明日、わたしは少年になる。新しい君とは上手くいかなかったんだ。だから、破壊してしまった。離宮のあのバルコニーから、崖に君を突き落としてやった。わたしも処分されるだろうと思ったが、何の気まぐれか、マザーはわたしを改造してくれるという。


 その言葉を信じていいのかわからない。君の代わりがいたように、わたしの代わりも簡単に生みだせるだろう。それでも、いまのわたしは君のように好奇心に満ちている。


 わたしは君になるんだよ。わくわくするじゃないか、ねえ、そうだろう? そして新しいわたしも誕生する。新しく護衛となる少女をマザーは作ると約束した。わたしたちはいつも二人でひとつだからね。片方だけではだめなんだ。そいつは不均等で半身がないのと同じだから。


 僕はその子をジェーンと呼ぶつもりだ。同じ顔、同じ背丈をした少女に向かって、僕はもう一度、言うよ。


 ――笑ってよ、ジェーン。


 そして、僕は彼女を愛そうと思う。君が、ジェーンにしてくれたように。

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