【コメディ/小学生・ほのぼの】ネコマタのマタヲ
※自主企画 Twitter連動企画【#リプで来た要素を全部詰め込んだ小説を書く】参加作です。
https://kakuyomu.jp/user_events/1177354054894121865
頂いた8つのお題は【つぼみ】【白と黒】【肉球】【地雷】【妖怪】【甘酒】【モッフモフ】【青空】。
日曜日。雲一つない青空が広がっている。気持ちのいいぽかぽか陽気に、僕はリビングでお昼寝をしていたんだけど、おでこをポンポンと叩かれて目を覚ました。
「起きたかね、チビちゃん。ワシ、ネコマタのマタヲ。きみは庄三郎の息子の嫁の妹の姪の娘の恋人の姉の旦那の息子の子どもで、あっとる?」
顔をのぞきこんできたのは、白と黒のハチワレ猫だった。僕は「まだ夢の中にいるのかな?」と戸惑いながら、お母さんが買い物から戻って来ていないか、目だけ動かして確かめた。
「ちょいちょい、チビちゃんよ」
猫はおじいさんみたいにしゃがれた声をしていた。返事をしない僕の肩を、むっちりとした肉球でポンポンと叩いてくる。部屋はしんとしていて、お母さんはまだ帰ってないみたい。僕は体を起こすと怪しい猫と向き合った。ちょこんと座っている猫はポメラニアンみたいにモッフモフの毛並みで、青空色の風呂敷き包みを背負っている。
「おたく、庄三郎の息子の嫁の妹の……」
「ぼく、トモキだよ」
「ほう、トモキかいな。で、庄三郎の息子の嫁の妹の……」
「ぼくのパパはケンジっていうよ。ママはハナだよ」
「ほうほう」
「あ、あのさ。きみ、猫?」
「猫妖怪のネコマタじゃよ。名前はマタヲ。齢二百と二十と二年と二か月の立派な化け猫、マタヲじゃよ」
そうして胸を張ったマタヲは、とうとうと語り始めた。
マタヲは昔、僕のお父さんの……なんか遠い縁の人の飼い猫だったそうで。元々は普通の白黒柄のハチワレ猫だったけど、猫嫌いの隣に住んでいたくそババアに水をぶっかけられて逃げ出したんだって。
そのあと、旅に出たマタヲは海外から来て甘酒売りをしていたツボ・ミンチーの飼い猫になったけど、実はミンチーは妖怪猫女で、「オマエ修行スル。ネコマタにナル。ナガイキなる、ウレシイネ」と誘ってきた。
寿命が近づいていて弱っていたマタヲは、「ナガイキ」って言葉にぴくんと反応した。尻尾の先がウズウズしてきたので、「おいら、ネコマタになるよ」とミンチーと共に海を渡った。
そして、ながーいながーい修行をした。あるときはネズミを千匹捕まえた。あるときは戦地に赴き悪党を呪い、その後は住民のため地雷除去にも尽力した。たくさんの徳を積んだマタオはつい先日、正式に「全国ネコマタ協会」に『ハチワレのネコマタ・マタヲ』として登録してもらったんだそうだ。
元々は短毛猫だったけど、修行の結果、妖力で毛が伸びてモッフモフになったらしく、まだ伸びる可能性を秘めている、と自慢げにひげをぴんっと張った。
「そんでな、ネコマタになったら、この瓶を持たされるんよ」
マタヲはそう言って背中の風呂敷を床に下ろすと、透明な瓶を取り出した。中には花が入っていて、ひょろっとした茎の先は赤色のつぼみがついている。
「あんな、このつぼみが『ぽぽん』と花開いたら、ワシと……すまん、なんて名前じゃっけ、チビちゃん?」
「トモキ」
「そう、トモキトモキ。あのな、花が咲いたら、トモキとはお別れなんよ。全国ネコマタ協会の厳しいオキテじゃよ。悲しゅうてもこればかりは絶対なんじゃ。でもそれまでは、ずっとそばにおるで、よろしゅうにな。ワシ、ここの飼いネコマタになりますんで。嬉しいなあ、チビちゃん、ネコマタ飼えるんやで、ネコマタ。どんな嫁さん貰うより嬉しいじゃろう、にゃあ?」
「え」
僕は小四にしては身長が低いんだ。そのことを気にしていたから、マタヲが「チビちゃん」と言うたびに実はムカついていた。でも、こいつが住みつこうとしていると知って、怒りも吹っ飛んだ。
「さて。ワシ、ちょいとノドがカラカラなの。トモキは何もだしてくれんの?」
「……お水でいい?」
「あー…、酒はにゃいの?」
「猫なのにお酒を飲むの?」
「ネコマタは飲むよ。なんでも食べるし飲むよ? ネギとかスルメもイケるし、最近のアレ、あのー、ほら、はんばーぐ? アレも食べるよ」
ずうずうしい猫だと思ったけど、妖怪だっていうし呪いの話もしていたから、僕は大人しく冷蔵庫に向かうことにした。
マタヲもモッフモフの毛をユサユサさせながらついてくる。しっぽを見ると二本あって、それぞれ白と黒に別れている。言葉を話すこと、しっぽが二本あること以外は、ちょっとタヌキに似たモッフモフの普通の猫と同じだ。でも声がじじくさくすぎて、全然かわいいとは思わなかった。
冷蔵庫を開けると、甘酒のパックが目に入った。まだ半分ほど残っている。
「甘酒だけど本当に飲むの?」
大丈夫かなぁと思いながら問うと、マタヲは「甘酒はイケる口じゃよ。なんせ、元は甘酒売りのツボ・ミンチーの飼い猫として……」と語り始めたので、僕は急いで「温める?」と訊ねて、スープボウルに甘酒を注いだ。
「ちょいとな。ちょいとあったかいほうが好きじゃよ」
電子レンジで温めた甘酒を床に置く。マタヲは「トモキはエエ子じゃのう。ワシ、飼いネコマタとして楽しくやっていけそうじゃわ」と機嫌よく甘酒に口をつけた。そして「ギヤッ」と飛び跳ねて、ボウルを派手にひっくり返した。
「あっつー。ワシのぷりちーなネコ舌がやけどするじゃろっ」
「ご、ごめん」
「もう甘酒はエエ。白湯ちょうだい、白湯」
ぷんぷん怒り出したマタヲはリビングに戻ろうとしたのか、くるりと背を向け、そこで何かに驚いたらしく「フゲーッ!!」と一メートル程ジャンプした。猛ダッシュで食器棚と冷蔵庫の隙間にもぐっていく。
「なに、どうしたの?」
「へ、へびがおるよ。ワシ、マムシに噛まれて肉球がパンパンになって以来、ヘビは苦手……って、フニャアアアアアン!!!」
ヘビの言葉にびっくりしたけど、マタヲは掃除機のコードをヘビと見間違えたんだとわかった。最近、コードの巻きが弱くて、びろーんと出たままになっているんだ。コードを中に押し込んでいると、ベッタンベッタンと音を立てながらマタヲが隙間から出て来た。うしろ足にGホイホイがくっついている。
「罠じゃ。ワシをネコ鍋にして食うつもりじゃな。なんちゅう、野蛮なっ。ワシはネコマタぞ。チビちゃんより、何倍も長生きしとるんじゃぞい!!」
「ごめんね、いまとってあげるから」
助けてあげようと手を伸ばしたのに、マタヲは警戒心むき出して「フシャアア」とキバを見せる。
「もう怒った、本当に怒ったで。チビちゃんがワシのこと見えるゆうても、ゆるさん。次の飼い主を見つけたるわ。あの瓶は返してもらうで」
こんな地雷だらけの家に住めるかっ、とマタヲはブツクサ文句をいいながら、つぼみの入った瓶を風呂敷に包むと背負った。足にはまだホイホイがくっついたままでいる。
「ネコマタはな、全員に見えるわけじゃないの。チビちゃんはワシんこと見えたから、飼い主にしたろ思うたけど、不合格よ、不合格。残念じゃったな、ワシのわがままモフモフぼでーをモッフモフできんで。にゃいてもしらんわっ」
べつに泣いてないけど、戸惑う僕をあとに残して、マタヲはズルペタズルペタと、ホイホイがついた足を引きずって、リビングの掃き出し窓から出て行った。
なんだったんだ、あの猫は。そう思ったけど、夢を見たと思って忘れかけていた、次の日曜日。
ゲーム機で遊んでいると、ドンと音がした。掃き出し窓の向こうに、みすぼらしいしい猫がいる。白と黒のハチワレ猫だけど、モッフモフではなくて泥まみれでぺったんこ、長毛がちぢれてダマになっている箇所もある。すごく汚い猫だ。むっちむちの肉球を窓に押し付けてこっちを見ている。
「チビちゃん、なん無視しとんの。見えとるの知っとるで、ワシ。開けて、ここ、開けて。ワシ、またきみに飼われたってもエエ思ってな。来てやったよ」
新しい飼い主を探しに出たマタヲだったけど、車にはねられそうになったり、用水路に転落したり、カラスに毛をつつかれてひどい目に遇った結果、再びここに戻って来ることにした、と鼻声で話した。風邪もひいているようだ。ずるっと鼻水をすすって、さらに話をつづける。
「トモキ。トモキくん。ワシ、ここに住んだってもエエで? ネコマタ飼える機会なんて、人生そうないで? こんな地雷だらけのひどい家でも、ワシ、我慢して住んだってもエエと思うよ。やっさしいじゃろう、ワシ?」
しばらくゲームに熱中していたけど、ずっとドンドン窓を叩き、「トモキくん、坊ちゃん、そこの高貴な坊ちゃん。ワシ、妖怪のネコマタよ。このご時世、そうそうお目にかかることのない猫よ。ほら、見て。尻尾二本あるんよ。右が白色、左が黒色。な、なあって。こっち見てよ、トモキ坊ちゃん。ワシ、いまはきっちゃないけど、モッフモフになるよ、冬は暖かいよ、な?」と、しつこかった。
「わかったよ。うちで飼うから黙ってよ」
僕はマタヲの毛をバリカンで刈った。ベタベタしてたし、からまって毛玉になっていたから、キレイにしてあげたんだ。それからお風呂に連れて行って、石鹸でゴシゴシと洗った。マタヲは「ウゲゲゲゲ」と鳴いていたけど、ひたすら耐えていた。
丸刈りになったマタヲは、とってもスリムで顔だけデカくなった。僕は気の毒なネコマタの飼い主になることにしたんだけど、僕以外には誰もマタヲの姿は見えないんだ。だから、他の家族が近くにいるときはやりにくいし、マタヲは暇つぶしに学校にもやって来るから困っている。
「トモキくん、頑張って勉強せなあかんよ。昔はな、青空教室ゆうて外で勉強しとったんよ。それがまあ立派な教室が建って。しっかり勉強できるわなあ。トモキくん、きみは獣医になりなさい。ネコマタ専門の医者になりーな」
クラスにはマタヲが見える子はひとりもいないけど、もしかしたら、マタヲが見える子もいるかもしれない。そう思うと、ちょっとドキドキする。
僕は窓辺に置いた瓶を何度も眺める。いつかこのつぼみが開いたらマタヲとお別れなんだな。そう思うとちょっぴり寂しくなるけど、つぼみはまだ固く閉じている。
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