【ラブコメ/高校生】きみの嘘、僕の恋心 前編

「そんな……、嘘だろ?」


 ドリブルのごとく跳ねる心臓のまま、僕はダッシュで逃げてくると、衣料品売り場の奥に身をひそめたところで足を止めた。食品売り場は混雑していたが、ここは静かで閑散としている。田舎のスーパーだと日曜でもこんなものだろう。


 季節は二月。高校一年生の僕にとって、二月のイベントといえば節分よりもバレンタインだ。そう恋の季節、二月のバレンタイン。チョコを巡り血みどろの戦いが起きかねない、恐怖の二月。二年の冬月先輩に片想いしている身としては、どうしてもソワソワしてくる今日この頃だったのだが……


 なんと僕は先ほどバレンタインコーナーでチョコを買おうとしている冬月先輩を目撃してしまったのだ。先輩は手の平サイズほどの小箱を手に、ちょっとはにかんだ顔をしてレジへと向かっていた。あの緑色の小箱を僕に――と夢想するほど、あいにく能天気ではいられない事情がある。


 まずは僕と冬月先輩ののっぴきならない親密な関係について述べ……まあ、僕らは読書クラブに所属しているという関係性だ。メンバーは二人。そう僕と先輩だけの二人なのだ。だから、いつも部室で二人して向き合い、熱烈に……小説を読んでいる。


 活動内容は年間百冊を目標に本を読みまくり、年に二回、春と秋におすすめの本を紹介した冊子を制作して、図書室に置いてもらうという、非常にハードだが地味な活動に青春を捧げている。


 僕がこのクラブに入ることになったいきさつは、冬月先輩の強引な勧誘があったからなのだが、そこは潔く割愛させていただくとして、二月のいま、僕はすっかりこのわがままで女王さま気質の冬月先輩の虜になっていることはまず分かってほしい。


 先輩は美人かだって? ははあ、それが彼女は地味でメガネでおさげな昭和の漫画から飛び出てきたような、ある意味希少な容姿をしている。世間一般の価値観に当てはめてると決して美人枠に名を連ねてはいない。


 ただあの分厚い丸メガネを外すと……多少美人度はあがると思う。そこはほら、メガネを外すと33が出現するのではなくて、まつ毛もついた目がちゃんと二つあるんだから美人でいいんじゃなかろうかっていう僕の個人的な意見だ。ちなみに先輩は奥二重である。


 しかし僕自身が、部屋のすみで丸くなって背を向けているポーズがいちばん自分の個性を発揮して輝けるベストポジションだと自負しているわけで、そうなると先輩と僕はいろいろ細やかな点数を加算していっても、見劣りするのは僕であると断言できる。高嶺の花ではないが、ロウバイとカイガラムシくらいの差はある。


 害虫レベルの僕が、どれだけロウバイ冬月先輩に酔心しているかを示す事例のひとつをあげようか。聞いて驚くな。覚悟はいいか。


 僕は告白をスッとばかしてプロポーズの練習を毎夜かかさずしている。それも、あらゆるバージョンを研究して試しているのだ。また離婚を言い渡された時にどうやって彼女をつなぎとめるかの練習もしている。ハネムーンから熟年離婚に至るまで、ありとあらゆる年代を想定して訓練しているのだ。


 どうだ、マジでキモいだろう。ハハハハハハッ!


 と、笑っている場合ではない。


 愛しの冬月先輩がバレンタイン間近の今日、チョコ(だと思う箱)を買っていたのだ。その姿を見てしまった僕の心臓は、パンチングマシーンの的と化し、さんざんボコられたあとのように痙攣及び瀕死の状態になっている。


 たかが先輩がチョコを買っていたぐらいで動揺するなよと皆さんはお思いだろう。しかしそれは間違いだ。大いに間違いであるからよく聞くがいい。


 僕と冬月先輩は読書クラブであるから、もちろん、小説の感想を言い合うことがある。同じ本を読み、どこが面白いだの、またはどこが不満だっただの、好き勝手にしゃべくりたおすのだが、その中である日、先輩はバレンタインは自分用に買う、それ以外に買うとしたら本命にだけだ、という発言をしていたのである。


 つまり、つまりですよ奥さん。発熱インナーなんて物色してないで聞いてください。え、シーズンオフで三十パーセントオフ? しかも二枚買うとさらに十パーオフ。そしてあなたは五百円引きレシートを持参していると。もう四枚買っちゃいなよ……て、違うんですよ、奥さんっ。


 冬月先輩がバレンタインコーナーではにかみながら小箱を手にしていた目撃談とは、彼女に本命がいることを示すには十分な証拠になるというわけですよ。


 さらには、その本命がこの僕……ではなくて、本田先輩ではないかと予測する哀れな少年、僕がここにいることも付け加えておきます。


 本田先輩とは図書委員長をしているぽっちゃりした色白の男子だ。そのぽっちゃり男子本田先輩と、麗しき(僕の中では)冬月先輩は、互いに「ちょっといいかも♡」と思っているよねオーラを、秋頃から、ふわんふわんと身にまとい始めてしまったのだ。悲劇、まさに悲劇である。シェークスピアも真っ青の悲劇。


 冬月先輩は図書委員になりたかったけど、挙手をスルーされ、やむなく読書クラブを作った御仁なのだが、読書クラブと図書委員はそもそもが非常に親密でもある。


 なぜって、クラブ活動の野望のうちには、図書室の本を網羅するという光秀ばりに前途多難なものがあって、だから放課後は図書室に足しげく通うこともあり、僕が冬月先輩と出会ったのも葉桜が目立ち始めたうららかな日の放課後、図書室でううたた寝していた僕に……ええい、ここで過去に浸っても、この傷だらけのハートは癒えはせんっ。


 とにかく、ぽちゃ本田が僕の恋のライバルのはずだったのに、もしかしたら、二月十四日に敗北宣言、この僕が奴に白旗をあげねばいかん苦しみを覚える予感に、いま脳震とうを起こしそうになっている。


 申し訳ないが、僕は冬月先輩の恋を応援する気にはなれない。たとえ、それが片恋の冬月嬢の幸せであろうとも。ここは二人の邪魔をしないだけ立派だと思ってほしい。この内なる嫉妬の刃を、あのぽちゃの白き腹に打ち込み、鮮血を我が身に噴水のごとく浴びたくとも、ここは大人しくモーゼのように身を引くのである。


 だから奥さん。シーズンオフで安くなったインナーを買っている、そこの奥さん。僕は、あのぽちゃ男を羨みながら、このバレンタイン企画に浮かれている憎き暗黒の巣窟、パラダイス☆スーパーを出ようと思う。どうか、僕が事故に遭わずに帰宅できることを祈ってください。アデュー。


 


 

 

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