【ホラー/高校生】一夜のキリトリセン 2

 キリトリセンの都市伝説は、僕とケンジの創作だ。


 暇つぶしでいくつか都市伝説を考えて、それをネットに載せた。

 そのうちの一つ、いちばんくだらないと思っていたキリトリセンだけが有名になり、最近ではまるで昔からある都市伝説みたいにして語られている。


 最初のツイッター投稿は、本当に予想外の出来事だったが、その次の「撮影成功」は、僕らが撮影して投稿したものだ。もちろん、ダミーのアカウントを作って、すぐに削除していたけど、画像だけはいまでもコピーが出回っているし、新たな「撮影成功」画像や動画まで登場している。それらは僕らがまったく知らないところで撮影されたもので、いままではぜんぶフェイクだと思っていた。


「人間ってチョロイなー」


 自分たちの手から離れて、どんどんと広がっていくキリトリセンの噂。

 体験談ページまで登場して、○○さんの行方不明はキリトリセンの仕業だと真実味を帯びて書かれていると、たとえ悲痛な内容であっても笑えた。


「でも、なんでキリトリセンがバズったんだろな。イチ押しはヒマワリさんだったのに、誰も噂してないなんてさ」


 ヒマワリさんは、いってしまえばコックリさんみたいなものなのだが、呼び出し方など細部にまでこだわっていただけに、おまけ感覚でつけくわえたキリトリセンが有名になって、僕は違和感というか徒労感みたいなものがあった。


 それでもゴールデンタイムにやっていたオカルト系の特番を観ているときに、キリトリセンが登場すると、ザワザワと体中の血がめぐるのがわかるほど興奮した。すぐさま、ケンジに連絡して二人で盛り上がる。


「キリトリセンの生みの親って、俺たちじいさんになってから自慢すんのかな」

「誰にだよ。孫にか?」

「いや、テレビとか出てよ」

「俺たちがじいさんになる時代に、テレビまだあんのかよ?」


 いろんなサイトで話題になり、検索をかけると何十、何百、何千と引っかかる。「なあ、キリトリセンって知ってるか」と話しかけられるたび、つい「あれは」とネタばらしをしたくてウズウズしたが、僕とケンジ、二人だけの秘密にして、誰にも実情は話してはなかった。僕たちは完全に遊び感覚で、キリトリセンの流行をただ面白がって見ていたのだ。


 それが、いま。


「どうする? 俺たち……」

「いいかげんにしろよ、まだ空から見てるかもしれねーだろ」


 不安がるケンジに、僕は冗談のつもりで軽く返した。でも、ケンジがあわてて口をつぐみ、滑稽なほどはっきりと顔をひきつらせるものだから、思わずこっちも空に目をやってしまう。


 まだ日暮れまでには時間があり、眩しい太陽が空で幅を利かせていた。カラリとした空の色に、フッとなにもかもが冗談のような気がして自然に入っていた肩の力が抜けた。と、そこにぶわりと冷たい風が吹きこんできて、つい腕に手がいく。


「対処法、何か考えないと」


 そう、ひとりごとのように言ったケンジの顔は、いっきに老け込んだようだった。いつもはニヤニヤ笑いが張り付いたみたいに口の端があがっているのに、いまは絵に描いたように垂れ下がり、頬にはほうれい線まで出ている。


 目はすっかり怯えていて、震え交じりの黒目が目立つ。が、それでいて僕に向ける視線はますます恨みがましさを帯び、瞳孔がすぼまったように険しいのだからイヤになる。


「対処法か」


 僕は答えながら肩をすくめた。たとえば、僕たちがいまさら対処法を考えたとして、それは効果があるんだろうか。そもそも、さっき空で見たアイツが僕らが生みだした「キリトリセン」とは限らない。まったく新しい、それか昔からいるけど、僕らが知らないだけの物体、または化学的な説明のつく現象ってこともありうるのではないか。


 とはいえ、ケンジの八つ当たりに近い恨みがましい視線に耐えられず、僕はスマホを手に検索をかけた。探すのはキリトリセンの対処法。すっかり有名になった都市伝説だ。もしかしたら、効果がありそうな対処法が、少なくともケンジの気を落ち着かせる効果があるネタが載っているかもしれない。


 しばらく探すと、ひとつだけ、それらしい雰囲気で書かれているページを見つけた。載っていたのは個人サイトだが、管理人はどうやら都市伝説マニアらしく、いろんな都市伝説の噂を聞きつけては、実際に噂の出所まで足を運んで正体をさぐっているような人物らしい。このサイトにはいろんな体験談が寄せられていて、管理人であるこの人物はもっともらしい言葉づかいで解説や対処法を答えていた。


「ケンジ、ここ読んでみろよ」


 恨みがましく落ち込むわりには、特にアクションを起こすわけもなく、ただひざを抱えたまま丸まっているケンジに、僕はスマホを差し出した。


 彼は「なんだよ」と口をとがらせつつも、画面へと首が伸びる。そして、内容に興味をもったのか、いかり肩になっていたのが、すっと心の変化を伝えるようになで肩に戻ると、かじりつくようにサイトを読み始めた。


「……というわけで、この都市伝説は江戸時代に描かれた浮世絵にもあるように……って、なんだよ、ウソっぱちじゃんか」


「でも、対処法は利きそうだろ?」


 キュと絞ったように、すぐにまた恨みがましい目に戻っていくケンジに、僕は苦笑しながら、先を読むようあごで促した。その目つきの方が、僕にはキリトリセンより怖いくらいなのだが、彼は本気で怒っているらしい。

 

 どう考えてもこの創作都市伝説の言い出しっぺはケンジであって、僕はアイディアを次々出していただけ、それも、最終決定はケンジがしていたのだから、この恨みは完全に矛先が間違っている。それなのに、彼の中では僕に非があることになっているのだろう。どうやら思っていたよりも、ケンジは根に持つタイプのようだ。


「ヒロト」


 わずかの沈黙のあと、すべて読み終わったらしいケンジが顔を上げた。

 僕が「試すか?」と問いかけると彼は笑顔を見せた。


「やろう。今夜、ここで」

「今夜?」

「ああ、すぐにやりたい」


 恨みがましかったケンジの目は、いまやキラキラと好奇心で輝いていた。

 単純というかなんというか。扱いにくいようで容易い。


「じゃ、帰って寝るか。明日も学校あるし」

 僕は今度こそは帰宅に向け腰を上げた。

「準備は任せてもいいのか?」


 ケンジからスマホを受け取りながら訊くと、彼は「ああ、いいよ」と声も明るい。気分が高揚してきたのか、顔を赤くして、ひたいには汗も浮かんでいる。


「すぐやろう。じゃないとアイツに捕まるからな」


 そのアイツを生みだしたのは僕たちなのだ。まるで、そのことをすっかり忘れてしまったかのような態度のケンジに、僕はつい余計な一言を吐きそうになって、さっと空に視線を向けることで言葉を逃がした。


 再び雲が横にたなびいていたが、ひこうき雲よりも太い帯状のそれらはいくつも伸びていて、青と白のストライプを描きながら上空を風に泳ぎながら横断していた。夕焼けが照るころには、白さに朱や陰りが溶け込み、きっと美しい風景を僕らに見せてくれただろうに、それを見ることなく家路についた僕たちは、深夜の外出に備えて、早めにベッドに横になった。


 眠ろうと思ってもなかなか寝付けなかった。それでも、やがてウトウトしたのだろう、アラームの音でハッとしたとき、時刻は十二時を過ぎて一時になろうとしていた。

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