【ホラー/高校生】一夜のキリトリセン 3

 深夜。親に気づかれないように、こっそりと着替えを済ませた僕は、月がない夜道を自転車に乗り河川敷まで進んで行った。カラカラと車輪が鳴る以外に音はなく、点灯している街灯も闇夜に沈むかのように弱々しい。わずかな灯りしか提供してくれない道に心細さを覚えていると、雨音のような川の流れが聞こえてきた。


「ヒロトか?」


 僕より先にケンジの方が気づいたらしい。

 まぶしいライトをこっちに向かって照らしてくる。


 工事現場で見かけるようなバカに明るい光で、彼が言うには、高性能懐中電灯なんだとか。どうせネットの口コミ情報だろう講釈を自慢げにたれてきたが、あまりに明るすぎるので、誰か来やしないかとこっちは冷や汗ものだ。


 不機嫌になっていたのが伝わったのだろう、ケンジは「これは一番明るいやつな。次がコレ、その次がノーマルで、最後のスモールはこうだ」とカチカチと音を鳴らして操作していく。やがて、なんとかまともなサイズで光り出したが、温かみのない青白い光は、冷淡な色を周囲を刺すように照らして、薄気味悪かった。


「ほんとにやるんだな?」


 昼間は汗ばむことさえあるとはいえ、陽が落ちると冷えこむ。特に深夜の寒さは予想より寒くて、僕は薄手のパーカーで来たことを後悔し始めていた。


 ケンジも似たように薄手のシャツを羽織っているだけだが、まだ興奮が冷めていないらしい。「これを見ろよ」とスーパーの買い物袋を広げて見せる顔には、寒さに不満を訴えている僕にはない輝きがある。袋の中にはロケット花火が入っていて、未開封のようだった。


「よくあったな。もうシーズン過ぎてるだろ?」

「うちにあったんだ。たぶん使えるよ、買ったのは去年かその前だけど」


 キリトリセンの対処法としてサイトに載っていたのは、ロケット花火を深夜二時に四本打ち上げる、そのうちの一つには自分の名前を書いた人型の紙を結び付けておく、そして、火をつけてから二十秒間は目を閉じて「キリトリセン、キリトリセン、ここにおりまする」と唱え続けろ、という内容だった。


 なぜロケット花火なのか、四本必要で二十秒言葉を唱えるのか、そもそも「ここにおりまする」だと呼んでいるじゃないか、とか、僕には疑問だらけだったが、ケンジはなんでもいいから試してみたかったのだろう、文句ひとつこぼさず着々と準備を整えていく。


「こっちはお前のな。名前は自分で書いた方がいいだろうと思って書いてないから、いま書けよな」


「ありがとう」


 渡されたのは四本のロケット花火と人型に切った半紙、それに筆ペンだ。

 かなり雰囲気が出ている装備に、鼻から「ぶふ」と笑うような音が出る。


「なんだ、こっちは本気だぞ」

「悪い。でも、もともとは」


 自分たちが生みだした都市伝説だ。


 それなのに、どうしてこんなウソだとわかっている対処方法に必死になる?

 藁にもすがる思いなのかもしれないが、どうしたってニヤけてしまうのを、ケンジは理解できないのだろうか。


 もちろん、僕だってキリトリセンをこの目で見た。夢や勘違いだと思いたいが、実際に見たと信じている。恐怖だってある。としても、だからといって、いや、だからこそだろうか。キリトリセンの存在を目の当たりにしたからこそ、こんな誰が考えたか得体の知れない対処法なんかに意味があるとは思えない。


 恐怖が強いからこそ、どうしてもシラける気持ちが勝るのだ。それでも、僕は協力的な態度を緩めることはしなかった。恐怖ゆえではなく、ケンジとの友情をつなぐために僕の手は迷うことなく動いていく。


「書けたか?」

「ああ」


 ロケット花火を立てるために、芝生の河川敷に穴をあけていたケンジが手を伸ばす。その手に自分の名前を書いた人型の紙を渡した。


「そんなボコボコにして、怒られるんじゃ」


 懐中電灯の明かりの下でもわかるほど、遠慮のない掘り返しように、僕はやや躊躇したのだが、ケンジは気にする素振りはひとつも見せない。


「あとで足で踏んでならしとけばいいんだって。だいたい、こっちは命かかってんだからな」


 そう言って、彼は迷うことなくグサグサとロケット花火を突き立てていく。

 ケンジは最初横一列にロケット花火を立てようとして、そこで「あっぶね、これだとキリトリセンに見えるじゃん」とあわてて、ジグザクに花火を立て直した。


 僕はそんな細心の注意を払うケンジに手を出さず、邪魔にならないように大人しく見守ることにした。懐中電灯を手元が見えるように設置すると、夜空を見上げる。星が見えるかと期待していたのだが、雲がかかっているのか、期待したような星空は広がってはいなかった。


 退屈しのぎにスマホを確認すると、時刻は午前二時を過ぎて三時になろうとしていた。思っていたよりも時間がかかっている。このまま、ここで夜を明かすことになるんだろうか。


 真っ暗な河川敷は川の音が聞こえるだけで、あとは何も見えず、周囲の住宅や道路にも灯りは乏しい。まるでケンジと僕、二人だけが暗闇の世界に取り残されているような気分だ。


 それは不思議と恐怖心は刺激せず、どちらかといえば奇妙な好奇心を盛り上げて、こんな夜には想像以上の出来事が起こるんじゃないかと僕はキリトリセンに怯えることなく、のんきな異空間を楽しむ余裕があった。


 そうしているうちに、ケンジが「出来た」と声をあげ、ひたいを拭う仕草をした。僕の方では寒さに身を縮めていたので、その行為はわざとらしく見えたが、彼の方では笑いを誘ったのではなかったのだろう。懐中電灯に照らされた顔は真剣そのもので、こちらも気が引き締まってくる。


 深夜、ロケット花火を打ち上げるなんて近所迷惑になりそうだが、ここは河川敷で、いちばん近くにある民家までは二車線の道路を挟んでいるため距離がある。


 うるさいことはうるさいだろうが、まさか通報されてパトカーがやって来ることはないだろうと、僕もケンジもたかをくくっていた。しかし、いざ準備が整い、あとは点火するだけになると、手の動きも鈍くなる。


「ちょっともう一回、ちゃんと結べてるか確認しとく」


 ケンジは突き刺していたロケット花火を地面から抜くと、火薬近くに結び付けてあった人型の紙がとれていないか確認した。自分のを確かめ、それから僕のを確かめると、最後にもういちど自分のを確かめている。


「やるなら、さっさと」


 火をつけて、それから二十秒はここにいないといけない。目を閉じて走ることもできるが、川や道路がわに転落でもして怪我するようじゃ困る。ひとり四本計算で八本のロケット花火を鳴らすと、けっこうな騒ぎになるかもしれない。逃げるならさっさと逃げたほうがいい。


「わかってる。ほら、火、つけるぞ」


 ケンジが点火用ライターをカチリと引くと、ゆらゆらと火がついた。

 手にとった懐中電灯の明かりをスモールにすると、僕はいつでも駆け出せるように体の向きを自転車へと向ける。ケンジは「よし、呪文、ちゃんと言えよ」といって、ゆっくりと最初のロケット花火に火を点けようと……


 僕は懐中電灯を投げ捨てると、河川敷を転がり落ちるようにして走った。

 なぜ自転車に乗らなかったかといえば、足が頼りなくてまともにペダルをこげるきがしなかったからだ。それでも、やっぱり川に向かって走ったのは失敗だった。


「ヒロト?」


 突然逃げ出した僕の背に、当惑したケンジの声が届く。

 ごめん。僕は足を止めなかった。ふり返らなかった。

 ケンジのことを見捨てるつもりはなかった。

 本当だ。本当につい先ほどまでは、彼との友情を大切にしていた。


 でも、見てしまった。

 アイツがいた。見ていた。目が合い、僕を見て笑った。

 だから逃げた。僕はケンジから転がるようにして逃げたんだ。


「ちくしょう」


 この声は誰のものだったのか。

 ジャブジャブと川に足を踏み入れて、僕は胸のあたりまで水につかった。


 そうして、息を大きく吸い込み、川にもぐろうとした瞬間、「ちくしょう」という声が再び聞こえた。それは低く、まるで鼓膜に直接吹きかけられたかのように体の内側で響き、逃げる僕を神経ごと捕らえようとしていた。


 目の前が暗くなり、息が苦しくなる。

 最後、空気を求めて上を向いた水面には、月が浮かんでいた。

 いや、月は出ていない夜だった。きっと見間違いだったのだろう。

 白い光はゆがみ、やがて意識は遠のいた。

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