【現代ドラマ/恋愛・大学生】パズルの時間 後編

 わたし、夜、寝るの早かったのね。小学生のときだと、九時には家族全員、電気消して寝てたの。だから、友達とテレビ番組の話題になると付いていけなくて。ドラマなんか見てなかったし。さすがに高学年になるときは、録画して朝見るか、眠たいの我慢して起きて見てたんだけど。


「家族全員寝るの早いって、仕事の関係とか?」


 彼女の両親は何の仕事をしていたっけ?

 特に聞いたことがなかったなと、これを機会に訊ねようとすると、


「いや、べつに朝早い仕事じゃないの。お母さんは専業主婦だし。ただ、睡魔が早く来る家系? とにかく、暗くなったら寝るって感じで」


「へぇ」


 じゃあ、美咲の睡魔も早いのだろうか。暗くなったら、すぐ寝る?

 夜遊びしない子だとは思っていたけど、まさかの睡魔が原因だろうか。

 ……なんて、考察している中、美咲の話は続く。


「いっつも八時くらいにはテレビ消して、寝るか本読むか。あとは、たまにチェスやオセロしたりするんだけど、あの日はジクソーパズルをしていたの」


 記憶では母と二人だった。兄がいた様子はないから、すでに寝ていたのだろう。父もこの場にいた記憶がないので、寝ていたか、それとも帰宅がまだか出張で外泊していたのかもしれない。


「夜、九時すぎかなぁ。テレビがついてて、お母さんとパズルしてたのね。海の生き物が描かれてるの。ハリセンボンとか、熱帯魚」


 ハリセンボンを完成させるのに熱中していた。

 母は枠組み近くの黒一色の箇所を攻めていたはずだ。


「なにか会話もしていたけど、あんまり覚えてないんだよね。ただ、パズルしていて、だいぶ進んでいたから、もう数日前から始めてたのかな。初めて1000ピースに挑戦中だったわけ。あと少しで完成ってところだった」


 僕は話を聞きながら、パズルの箱に視線をやった。そこには500ピースの文字がでかでかと記されてある。美咲も僕の視線に気づいたのか、「これは半分だね。すぐ出来ちゃうよ」との感想を述べた。


「あのパズル、絵柄も割と難しかったの。全体に似たよう色が多くてさ」


 いつもは寝ている時間。見慣れない番組がテレビで流れている中、完成間近のピースを次々とはめていく。あと少しで完成というのもあって、十時が過ぎた頃でも、まだ母と二人、パズルに取り組んでいた。


「もう、こんな時間っていうのは、あったんだけど。これは今夜中に完成させないとって気になっててさ。夜の音っていうのかな、空気感? 普段感じない深夜間近の独特な気配が部屋に充満していて、それでもパズルが終わらないからって、二人して一生懸命なんだよ」


 あと、少し。ハリセンボンは完成した。視野を広げると、いつの間にか母が上部を終了させていて、あとはところどころ空いた箇所を埋めるだけになっている。


「そのとき、あ、もう終わっちゃうって寂しくなったの。すっごい楽しかったんだと思う。お母さんと二人で遊んでるっていうのもあったのかな。ひとりじめしてる、みたいなさ。兄弟がいたし」


「ふうん」


 僕はこの話がどこに落ち着くんだろうかと思いながら、ぼんやりと返事をしていた。一人っ子で、両親共働き、遊ぶと言えば携帯ゲームだった自分には、ちょっとうらやましいような、共感しがたいような、不思議な感覚と不安めいた気持ちが芽生えていて戸惑う。


 返答に困る。……というやつかもしれない。

 だから、どうした。

 ……と、彼女の話を突き放す態度は良くないのは分かるけど。

 じゃあ正解はというと、残念ながら思い浮かばない。


「で、まぁ。パズルは完成したんだけど。ヤレヤレって肩こっちゃって。それで、電気消して即寝して終わり」


「へ、へぇ」


「それから、完成したパズルは壁に飾ってたんだけど、見るたびに、楽しかったなぁ、夜遅くまで起きてたんだよなぁ、って思い返すの」


 あの不思議な楽しさ。普段とは違う、日常のゆらぎ。

 旅行先でもない、いつもの部屋で経験した、非日常的ともいえる時間。


「わたしの中で、独特な思い出なのね。他とは比べられないっていうか。同じだと思う瞬間は、いままでなかったの」


「そうなんだ」


 で、どこにこの話は落ちるんだ?


「それをさ、いまさっき、感じたわけ」

「え?」


 美咲はあごを引くと、上目づかいになって微笑む。


「ユウくんと、いま、パズルしてて。あ、この感じ知ってるって思った」

「こ、この感じ?」


「だから。……ま、いいや。言葉にしづらい雰囲気のことだから、説明できないよ。感覚っていうかさ、なんか……」


 と、考えるように視線を上げ、美咲は口を閉ざした。

 そして、わずかの間のあと、「ま、気のせいかも」なんて肩をすくめて、再びパズルに集中し始めた。


 僕はムズムズする不安定な心境のまま、突然外の放り出された飼い犬のように首を左右に傾けるしかない。


 それから時間は過ぎて、二人、無言のままピースをはめていった。コツをつかんだのか、僕の方でもパシリパシリと順調に絵がつながる。白いベランダから臨む青い空と海。風が吹いているのかカーテンが膨らんでいる絵には、たくさんの草花も描かれていた。


 じっくりと絵を見て、想像し、ピースを重ね、違いを見つけ、正解を導き出す。絵柄の世界に入り込みながら、浮上して、新たなピースを捜していく。顔を上げれば、物の少ない僕の部屋に、真剣な顔をしている美咲の姿がある。


 昨日とは違う景色。日常の延長に起こった、ちょっとした特別な時間。


 もうすぐパズルが完成というころになって、美咲が話していた「特別な感覚」がわかったような気がした。名残惜しさと満たされた気持ち。彼女の記憶に寄り添えたのではないかと思えて、寒い日にあったかいお湯につかるような、じんわりとした喜びを感じた。


「はい、これで終了」


 僕は美咲に最後のピースを渡した。

 パシリと小気味いい音が鳴って、パズルは完成だ。


「出来た。どこに飾る?」

「あぁ、壁?」


 見回して、殺風景な一画を指さす。

 出来たてほやほやのパズルを飾ると、なぜか気恥ずかしくなった。

 照れ隠しのように視線を窓の外を向けると、いつの間にか日暮れが近くなっていた。青い空と海に心が浸っていたので、その落差に驚いてしまう。


「なんか買いに行く?」


 何気なく口をついた問いかけに、隣にいる美咲がうなずく。


「いいよ。スーパーまで行く? お鍋でも作ろうよ」


 計画でも二人で鍋を作るつもりだった。

 気が合ったのか、この季節は誰でもそう思うのか。


 ダウンジャケットを羽織り、部屋のガキを閉めた。

 外。寒空の下で吐く息が白い。一息で雲ができそうだ。


「冷えるな」

「だね」

 

 はぁと二人して息を吐いた。煙り、一瞬にして溶けていく。

 それを見て、なぜか二人してゲラゲラと笑ってしまった。

 

(了)

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