【現代ドラマ/ラブコメ・社会人】バカな相手に恋したときは 前編

 圭太少年はカラになったプリンの容器を片手に立ちすくんでいた。

 冷蔵庫にあったプリン。でかプリンともいえるサイズで、小学四年生の圭太の手にはあまるほどの大きさである。


 このプリン。たしかに見慣れないパッケージだった。というか、文字が書かれておらず銀色の蓋があるのみで、透明な容器からは普通のカスタード色とカラメルソースの茶色が透けて見えていただけであった。


 それでも、きっと母親が用意してくれたおやつに違いないと思った圭太は、学校からの帰宅後、意気揚々とプリンを冷蔵庫から取り出すと、スプーンですくってあっという間にペロリと食べてしまったのだ。


 まさか、これがあの有名なプププリーンだとは知らずに。


 プププリーンとは、最近ちまたで有名な固形燃料である。

 見た目はほぼプリンで味もプリンだが、そこは燃料プププリーン。

 もちろん、普通のプリンではないのである。


 新燃料・プププリーンは、簡単に言うと電池のようなものだ。しかし、一般の電池とは違い、無限にパワーを発揮する電池。廃棄するには食べるしかないのだが、食べたらどうなるかというと、死ぬという恐ろしさである。


 そう、圭太は死んでしまうかもしれないのだ!

 ピンチ。圭太は十歳にしてこの世から散ってしまうのか。


 圭太はよろよろとした足取りで、とりあえずは証拠隠滅しようと、カラのプリン容器(実際はプププリーン)をゴミ箱に捨てた。奥の方に押しこみ、探らないと見えないようにするという小技を効かせる余裕が、まだこのときの圭太にはあった。


 それにしても、一般家庭である圭太の家の冷蔵庫に、何故、新エネルギーとして話題のプププリーンが入っていたのだろうか。圭太は考える。もしかしたら、国の政策か何かで、彼の知らぬ間に全家庭に配られることになったのかもしれない。


 が、ここでも疑問が残る。プププリーンは便利な永久不滅なエネルギーだが、まだ使用できる家電は普及しておらず、圭太のうちでも、対応家電はひとつもない。いや、むしろ一般家庭に普及などしていないのが普通。本当に最新にして最強のnewエネルギーなのだ。


 いやいや、それでも新エネルギー・プププリーンは全家庭に配布されたのかもしれない。新家電購入を促進するためとか。景気回復や消費増税うんぬんが関係している可能性もある。


 とはいえ、さほど政治にも経済にも興味のない、小学四年生の圭太少年である。

 あれこれ考えたところで、知識の底はすぐにつき、果たしてなぜ、我が家にプププリーンがあったのかは謎のままになりそうだった。


 だいたい、それよりも深刻な事態が起こっているのだ。

 食べちゃったんだから、プププリーン。

 これ食べると、死ぬとのもっぱらの評判なんだよ。


 圭太は青ざめていく顔をごまかそうと、無理に笑顔を作った。

 しかし、心臓は痛み、体温も急激に下がってきたような気がしてくる。

 寒気がし、お腹がぎゅるるると嫌な音を立てた。


 来る。そう思った。

 圭太はトイレに駆け込んだ。

 しかし、出るものはなにもなかった。

 圭太はトイレで死ぬのだけはごめんだと、よぼよぼと自室へと引っ込む。


 ベッドに腰掛け、足許にあるランドセルを圭太は見つめた。

 宿題に漢字ドリルを二ページやるよう言い渡されていたが、もう死も間近。

 彼はベッドで横になりはしたが、宿題をしようなんて気は微塵もなかった。


 圭太の食べたプリンが、実はプププリーンであると発覚したのは、先ほど。気まぐれにスイッチを入れたテレビで流れたCMによってだった。軽快な音楽と朝ドラで話題の人気俳優が笑顔を振りまきながら紹介していた商品。それがプププリーンだったのだ。


 銀色のフタに文字はなく、透明な容器はでかプリンサイズ。

 しかし、その実態は新エネルギー・プププリーン。


 紛らわしい。本当に紛らわしい燃料である。

 味はプリンだった。間違いなくプリンだった。おいしいとか、おいしくないとか思いもしない、ごくごく普通の一般的なプリンの味だった。


 しかし、プププリーンは食べると死ぬのである。

 噂では死刑囚はこのプププリーンを人生最後のデザートとして食べるらしい。


 圭太は目を閉じ、収まりつつある腹痛を感じながら、腹に手をやると、ゆっくりとさすった。すりすりさすさすしながら、圭太は後悔していた。どうして食べたの、プププリーン。なんて食いしん坊なんだろうか。どうしてお腹は減るの。


 圭太は極悪人ではない。宿題が多すぎると毎日文句を言ってはいるが、ちゃんと出された課題はこなしてきたし、健康で友人も多く、学校を休んだのは二年生のときにインフルエンザにかかったときだけだ。超健康優良児。それが圭太だ。


 苦しい気持ちを抱えていた圭太は、ぱちりと目を開けた。

 彼は思ったのだ。

 本当に我が人生最後のデザートがプププリーンなのだろうか。

 それでは噂の死刑囚と同じではないか、と。

 食欲はなかった。それでも、他の食物を食べてから死のうと彼は決めた。


 部屋を出、台所に向かう。

 何を食べようか。

 お菓子にすべきか、もっとちゃんとした食事にすべきか。


 母親の手料理が食べたい。ふと思い至った圭太は、ふいに湧き上がってきた感情に涙をこらえ、鼻をすすり何度も瞬きを繰り返した。母親が仕事から帰ってくるまでには、まだ一時間以上ある。そこまで、自分の命は持つだろうか。ひとり寂しく廊下で野垂れ死にするなんてごめんだ。


 圭太は急激な目まいを覚え、廊下でよろめいてしまった。とっさに壁に手をついたのだが、運悪く照明スイッチにあたり、パッと電気が消える。



 ――後編につづく。


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