【現代ドラマ/ラブコメ・社会人】バカな相手に恋したときは 後編

 目の前が真っ暗になった。何も見えない。

 眼前にかざした手の平すらも見失う。


 と、ここで圭太は疑問に思った。まだ学校から帰ってプリン(本当はプププリーン)を食べただけ。冬の時期とはいえ、それでも日が暮れるには早すぎる。


 あ。まさか、と圭太は再び照明スイッチを押した。

 

 しかし、カチカチと音はすれど灯りはつくことも消えることもなく、周囲は真っ暗なままであった。もしかしたら、プププリーンの毒が目に回ったのかもしれない。ああ、ああ……。圭太は自分が失明したのだと悟った。よろろと廊下に座り込む。最後に普通の食事をという願いも、これで叶わなくなったのかもしれない。


 いや、それはダメだ。ダメだ、ぜったい。

 圭太は頭を振り、自分を叱責する。


 ぐっと腕に手を入れ、いつの間にか力が入らなくなった足をひきずって廊下を這いずり進んだ。住み慣れた我が家。目は見えずとも台所まで行くのは容易だし、冷蔵庫の位置もわかるはずだ。


 ずるずると腕だけの力で圭太は己の体を運び、なんとか台所まで行った。そこからの道中もイスや棚らしき物にぶつかったが、手を伸ばし、無事に冷蔵庫の扉を開けるまでに到達した。


 そして、冷蔵庫が開いた瞬間。光が差したのである。

 パッと目の前が明るくなり、圭太は再び目が見えるようになったと歓喜した。

 奇跡。彼が神に感謝しよう、そう思った刹那。絶望が飛び込んでくる。


 冷蔵庫にはあのプププリーンが大量にこれでもかと詰め込まれ、己に向かって雪崩のように溢れ出さんとしていたのだ。


 そ、そんな。圭太は冷蔵庫の扉を閉める力もなく、その場に手をついてうなだれた。いつの間に、こんなことになったのだろうか。この世はプププリーンに支配されている。人類は開発してはいけないものを産み出してしまったのかもしれない。


 涙がぽとりと落ちる中、圭太は後ろを振り返った。

 なにか視線を感じたのだ。そして、そこで見たものは――


「プププリーンに手足が生えていたんだ。そして、圭太に向かって手招きする」


 そう言うと、友人Kはお化けのモノマネでもするかのように手を伸ばし、指先を曲げると、恐ろしげな声で「みぃ~たぁ~なぁ~」と脅してきた。


「で、それがなんだってのよ」


 いい加減バカ話にも付き合いきれなくなっていた私は、つれない言葉を彼に投げつけた。彼は見た目はそこそこイケメンだが、おつむはこうであるから、社会人になった今でも彼女がいたためしがないという残念男である。


「莉緒ちゃん、冷たくない? もっと真剣に話を聞いてほしいなぁ」

「聞いたじゃん」


 はぁとため息。そんな私の態度に、彼は不満げにしかめっ面をする。


「リアクション悪いな。ちゃんとSFホラーだったでしょ、今の話?」

「SFねぇ」


 話も何も。わけがわからなかったのだが、それをはっきり言ってしまうのは忍びなく、私はあいまいに笑ってごまかした。突然、「面白い話を教えてあげるよ」と言われ、こちらの返事も聞かぬまま語られたのが、先ほどの謎の燃料プププリーンと圭太少年の悲劇だった。


「それで、小学生の圭太くんはどうなったのよ」


 気を回して、話の先を促してやると、友人Kこと社会人になった圭太は、


「実はこれがそのプププリーンなんだ」


 と横に置いてあった紙袋からでかプリンを取り出した。彼の話にあったようにパッケージには何の文字もなく、ただの銀色の蓋がついてあるのみだが、それがアルミホイルであるのはパッと見ただけで十分わかってしまう残念さ。


「は、で、これを食べてみろって?」


 悪趣味だ。私は苦笑して呆れた。

 それに対し、圭太は「ちっちっちっ」と大げさに指を振り、舌を鳴らすと、

「俺の手作りプリンさ。莉緒ちゃん、安心して食べてよ」と屈託のない顔をする。


「いらないよ」

「なんでさ」


 気味悪いもん。何入れてるかわからないし。

 それでも、しつこい圭太に、仕方なく一口だけプリンを食べた私は立派だ。


「ふっふっふっ。食べたね、莉緒ちゃん」

「な、なによ?」


 圭太は不気味なブラック科学者のような笑みを見せると、


「実はこれ、正真正銘、本物のプププリーンなのだよ、莉緒ちゃん。だから、君はあと一時間後に命を落とすことになる。しかーし」


 むっふんと偉そうに踏ん反り返ると、圭太はまたにやりと不気味な笑みを見せて尊大な態度をとる。


「解毒薬がないわけでもない。どうだい、君は命を助けてほしいかい」

「べつに」


 私は残りのプリンも全部食べつくした。

 これには、「げっ」と圭太の顔も凍り付く。


「り、莉緒ちゃん、話聞いてた? そいつはプププリーンなんだよ」

「あ、そ」


 じゃ、死ぬね、私。バイバーイ。


 軽く手を振り、死んだマネをして寝ころぶと、圭太が「わーっ」とバカみたいに大声を出した。目を閉じていたので、たぶんでしかないが、かなり焦っているらしく、皮膚に彼のおろおろオーラが伝わってきてムズムズしてくる。


「ま、まずいっ。解毒薬、解毒薬っ」


 そうして、彼は私に口づけてきた。

 唇の端っこに遠慮がちに。でも、キスはキスだ。


「おい。お前な」


 死んだふりは止めて、思いっきり圭太をにらみつける。


「ごめんよ、莉緒ちゃん。白雪姫ごっこ……みたいな?」


 なにが「みたいな?」だ。

 口元をゴシゴシ拭いながら、私は圭太をにらみつけた。

 にらみ過ぎて目が痛いが、それでもやめない。


 圭太はというと、「計画では解毒薬がほしければ、俺の彼女になれって言うつもりだったんだ」とのたまい、目を泳がせている。ははん。うるせーよ。


「バカじゃないの。あんたなんか顔も見たくない」


 つんとそっぽを向く。だけど、どうしても私の口元は緩んでくるんだ。

 背後からは、案の定圭太がおろおろしているのが空気で伝わってきて、さらに笑いが込み上げて仕方がなかった。


 バカ、バカ、バカ。ほんと、バカだ。

 圭太も、私も。やんなっちゃう。


 この恋はバカにも程がある。気持ちを伝えたとき、彼はどんな顔をするだろう。

 素直になれる日はまだ遠そうだけど、こんな時間が何より好きだなんて。

 

「本当にバカなんだから」

「え、ごめーん」


 必死になってあやまる圭太に、私はくすりと笑った。



(おわり)


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