【現代ドラマ/恋愛・大学生】パズルの時間 前編
パシリ、パシリと。ピースが順調にはまっていく音が聞こえる。
視線を上げると、向かいに座る美咲が真剣な顔で手元に集中していた。
パシリ。またひとつ、ピースが繋がったらしい。
一瞬だけ、美咲の唇の端がにやりと得意げに上がる。
ワンルームの狭い部屋。僕らは、エアコンの暖房で乾燥しきった空間で、座卓を挟んで二人、ジクソーパズルに勤しんでいた。パズルは年末の飲み会で景品として僕がもらったもので、絵柄は海辺が見えるテラスという優雅な風景画だった。描かれている季節は夏、バカンスを思わせる陽気さに溢れている。
「パズル、得意だったんだね」
目下のあまり完成していないバラバラのピースに目をやりながら、僕は美咲に言った。彼女は視線をパズルに固定したまま、軽く首をかしげる。
「うーん。得意というか、好きかな。久しぶりだから楽しい」
「そっか」
それはよかった。……と、思うべきだろう。
僕はついて出そうになるため息を飲み込んで、意識的に微笑む。
二浪して受かった大学。他県に出て、初めての一人暮らしをしている。
始まった新しい生活に、新しく出来た恋人。それが、美咲だ。
大学では同学年だが、歳はひとつだけ彼女が下になる。
彼女の場合は、僕と違って浪人したわけではなく、高校時代に一年病気をして休学したことが影響しているらしい。どんな病気だったのかは詳しくは聞いていないが、今はすごぶる健康で何も問題がないとのことだった。
「あ、そっちのピースはここにはまるかも」
パッと顔を上げたかと思うと、僕の近くにあったピースに手を伸ばす。
細い指先が一瞬左手に触れそうなほど近づき、すぐに離れていった。
「ほら」
見事はまったピースに、嬉しそうに目を細める美咲。
釣られてこちらの頬も緩む。
ピースはまっすぐな線を底に、長く伸びて完成していた。
彼女はパズルは枠から攻めていく戦法のようだ。
「今日中に完成するかも」
ルンルンと効果音が聞こえそうなほど上機嫌なご様子。僕としては、夜になったら、などと邪なことを考えていたのだが、彼女の方では全くその気はないらしい。無邪気そのものな姿にわが身の卑しさが沁みた。
闘病が影響してか、あまりアクティブに遊ぶ方ではない美咲は友人が少ない。というか、恋人である僕を除いては、まともに会話する相手がいないほど、内気で大人しい子だと周りには思われている。
なぜなら、白い肌と真っ黒な髪を持つ彼女は美しいけれど、同時にそれが親しみよりも近寄り難さを演出してしまっているためだ。
だから、無口も相まって、本人の意思とは違い、キャンパスでは孤立しがちで、かわいそうではあるけれど、だからこそ、僕が声をかけて、付き合うまでに発展させられた理由でもある。美人だし、ライバルとなりそうな男は多いのだが、上手いこと出し抜いたかたちで勝利を手にしたのだ。
そんな高嶺の花的彼女と付き合い始めてすぐに知ったのは、美咲は内気で大人しいというよりは、本当は口下手で人見知りなだけだということだった。一度親しくなると子犬のような人懐こさがあってかわいい。が、恋愛関連にはやや無頓着でもあり、そこが僕らの距離を縮めるのには、多少障害になっているのも事実だ。
こうして初めて部屋に来るというので、朝からソワソワしていたのだけれど、いざ、彼女がやって来て放った第一声が、
「あ、パズルがある!」
だったのには、ややずっこけそうになってしまった。封も開けずに部屋の隅に投げてあったジグソーパズルの箱を、美咲は胸に抱えると、「やっていい?」と目をキラキラさせて僕を見上げた。
ここで、「ダメ」なんて言えるはずがない。景品はフレームもついていたので、それも取り出し座卓に置くと、さっそく二人でパズルを始めたというのが、ここまでの流れである。
「白、白、白……」
「ん?」
何だと思って問うように目を合わすと、「いまから白を攻略するの。白色があるピース、集めて」との指示が下された。
「白ね」
素直に白いピースを選び出す。美咲はピースの選びの判断も早く、ざっざっざっと、かき集めるように順調に白を集めていった。
「端っこが白いやつもね。ちょっとでも白があったら……って。それは違う白だよ。よく見て」
トントンとパズルが入っていた箱を叩く美咲。ふたには見本となる絵柄があって、そこにある白いベンチを彼女は叩いていた。
「ここ。いまから作るのはこの白。ユウくんが見つけたのは、こっち。壁の白だから違うでしょ。ちょっと灰色がかってるから。もっと、ちゃんと白いやつだって」
じっと箱と自分がかき集めたピースを見比べる。言われてみれば色味が違う気がする。しかし、はっきりとは区別できなかった。無意識に首をかしげていたのだろう。美咲は、「もう」とちょっと不服そうな声を発したあと、
「じゃ、ユウくんは青を集めてよ。空の青ね。海のほうじゃなくて」
そう新たな指示を出した。
また、難しいことを……。
とはいえ、グダグダ言って空気を悪くするのは良くない。
僕は「青ね」と愛想よく答えて、今度は白ではなく、青を集めた。
「空だって。こっちの青!」
「ああ、ごめん。こっちね」
もしかして、これは彼女の尻に敷かれている、というやつなのだろうか。
不満ではないが、情けなくは思えてきた。
だいたい、なんでせっかくの自宅デートで、ジクソーパズルの取り組み方が下手だと怒られているんだろうか。
計画ではレンタルしたラブコメ映画を見たあとは、ふたりで一緒にご飯を作って食べる予定だった。一旦、映画のあとはコンビニか近場の公園にでも散歩に出て、また部屋に戻って……と、シミュレーションしていた昨夜までの僕はいったい……
「よし、こっちは完成した。ユウくんは……もうっ、集めてばかりで、はめてないじゃん。トロトロやってたら、今日中に完成しないよ」
「べつに今日完成させなくても。そうだ、映画見る? テレビで流しながら、パズルしよっか?」
「うーん、ユウくんが見たいならつけていいよ。私はパズルしてるから」
「あ、そう。じゃ……、どうしよっかな」
迷った挙句、結局、再びピースがはまる音だけが部屋に響いた。眉間にしわを寄せ、真剣に取り組んでいる美咲を見ていると、もしかして、このジグソーパズルに世界の命運がかかっているんじゃないかと錯覚しそうになる。
僕も余計な事を考えてないで、パズルに集中したほうがいいのかもしれない。
そう思って、さっぱりつながりが見えないピースとにらめっこしていると、
「思い出すなぁ」
美咲がのんびりとした声音でつぶやいた。
ふぅとひと休憩だろうか。満足げなため息とともに顔を上げる。
「思い出すって?」
僕が問うと、彼女はおかしいことでも思い出したかのように、くすりと笑うと、
「小学生のとき、十歳くらいかな」と、頬杖をついて話し始めた。
――後編に続く。
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