【現代ドラマ/ラブコメ・高校生】映画上映中に居眠りしたらアカン
起きてるはずなの。だって音は聴こえてるし。
なんなら、つま先を動かしてみようか?
ほら、動いてるでしょ。自分じゃ見えなけどさ。
機能して、繊細なステップを踏んでいるはずだもん。
そういうの、感覚でわかるもんじゃん。
でもでも。ヤバいんだよ。まぶたが開かないんだ。どうやっても。
金縛り? まぶた限定の?? なんでー???
指でこじ開けようとしても開かないなんて、ありえないんですけどーー。
あのさ。いま、私、ずっと憧れていた先輩と初デートに来てるんだ。
もしかしたら「デート」ではないのかもしれないけど。
でも、私の中では「デート」認定済みだから「デート」ってことでオッケー?
高校入学と同時にハートを撃ち抜かれ、それからずっと憧れていた先輩は、頭が良くスポーツも出来る、絵にかいたような完璧な人。控えめでシャイガールな私は、そんな彼を遠くから見つめるだけで満足する日々。
でも、先輩は卒業してしまい、もう二度とその姿を拝めない。
悲しくて、やけ食いして、激太りして。
それから、ずーーんと激しく落ち込んでいたんだけど……
なんとなんと、聞いてちょうだい。新しく始めたバイト先で、偶然、大学生になった先輩と一緒になったんだ。私が高校の後輩だと知った先輩は、親しげに話しかけてくれるようになって、ついには「映画に行こう」って誘われた。
ヤッター。と、思った。
ひゃっほーい、我が春よ。と、思った。
あまりにも嬉しすぎて、クラスで隣の席の山田くんに自慢したもんね。
まあ、山田くんのリアクションはいまいちで、先輩のことも「誰だっけ」という失礼さだったけど。でもいいの。
だって、山田くんは高校生になってまで、授業中に消しゴムのカスで練けしを作ることに熱中しているような少年だから。ぶかぶかの制服を着て、ひょろひょろした体型は頼りなくて小学生みたいなお子ちゃま。
それでも「森さんが楽しそうで良かったよ」なんてことを言う優しい少年でもあるわけで。だから、私もせっせと彼のために消しゴムのカスを提供してる。
って、山田くんはどうでもいい。
まぶただよ、まぶた。
まぶたが開かない。まったく、動きませーん。
つい、ウトウトしてしまったのがいけなかったんだと思う。
でも、昨日はデートに興奮してなかなか寝つけなかったし、上映中の映画は話題になっているらしいけど、まったく興味が湧かない内容なんだもん。
居眠りしても仕方ないでしょ。
……でも、先輩とデート中に寝たのは本当で。
つまりは、とても罰当たりで身の程知らずの愚行であって。
そうして、起こったこの悲劇。
まぶたが開かない。
反省してます。だから、お願い。まぶたちゃん、開いて。
プリーズ、オープンマイマブタ。
先輩は、私の右隣に座ってるんだけど、この危機的状況に気づいてるかな。
ちょっと首を右に動かしてみよう。ぐいっとな。……特に反応なし。
たぶん映画にくぎ付けなんだね。面白いなんだ。へぇ……ほーん……
ちゅどーん。ざわざわ。
どかーん。
……と、効果音が激しい映画だな、おい。
感動ラブストーリーですよね、たしか。涙が止まらない話じゃなかったっけ?
まるでアクション映画みたいな音ばかりなんだけど。字幕映画だから、「オーッマイゴッツ」や「へいっ、キャサリーン」くらいしか聞き取れないし、内容はさっぱりわからない。
ああ、いつになったら私のまぶたは動くのかなぁ。
指は動く。首も動く。口も動くし、眉間にしわを寄せることも可能。
まゆ毛も上下にぴくぴく動いているはず。
でも、まぶただけはぴたりと閉じ、私に暗闇を見せてばかりいる。
オーマイゴッツ! ヘイヘイヘーイ。
一体、いま何分よ。
先輩はいつ、私の顔面異常に気づくわけ?
映画が終わって、「さぁ、外に出るか」となって横を見て、私がこんなあり様だったら、先輩はどう反応するかな。寝てると思い、それから……
恥ずかしい。
非常に恥ずかしいでごわす。
私はなんとかまぶたをこじあけんと努力スタート。はい、いってみよう。
ぐっと力を入れ、顔中を動かす。
肩はガチガチ、手はベタベタ。
全神経を集中し、目ん玉押し出すようにして力む。はい、ひっひっふー。
が、ダメだーーーー、どうにもさっぱり。ノー・オーーープン、マイマブタ。
映画では、どうやらラブシーンに突入した模様。
急に「あはーん、ちゅっちゅ」と非常に気まずくなる音が盛大に館内に充満。
さっきまでのドタバタはなんだったんだよ、ヘイ、キャサリーン。
と、ふいに何かが右手に触れた。
はっ。これは先輩が手を重ねてきたということか。
で、こっち向くとか?
マジかー、マジかー、そう来たかー。
しばらくおまちください。
期待と不安の混ざる心境で待機しております。
もしかしたら先輩は暗がりで目を閉じる私を見て、「へい、カモーン」と勘違いしてキスしてくるかもしれないわけよ。
身構える。
来いっ。ヘイヘイヘーイ。
……へい。
なにも来ないまま、手にあった温もりが去りました。
ごきげんよう。お達者で。私は今もここにいます。
と、いうか。ま、まさか!
これは、気づいたか。私の顔面異常にっ。
で、先輩は慌てている。もしくは他人のふりをしようとしているか。
えーと、もしかして右は空席ではありませんよね。お客さーん、どちらへー?
私はわずかに体を右に傾けて……ははーん。
なんとなーく体温を感じる。たぶん、まだ先輩は映画を見ているわ。
にしても、まぶたが開かない。
さすがに焦ってきた。落ち着け、パニックになるな。
慌てると敵の思うつぼだぞ。オチツケ、ヘイ・ガール!
映画からは再びアクションシーンに切り替わったのか、激しい爆撃音と「ノーーーーッ」という絶叫が。何事だ。キャサリンのピンチだろうか。それともマイケルか。マイケルだったかな。忘れたけれど、誰かが危ないらしい。
だが、他人のピンチより我がピンチなわけよ。
どうしよ、どうしよ。なにが起こってるんだ。
なぜ、こんなことに。私は真面目で善良な人間です。何の因果でこうなった。
この日のデートのために、バイト代のほとんどをつぎ込んで万全の準備をした。新しい洋服を買い、高い化粧品にも手を出し、メイクにスキンケアに、ヘアアレンジにもこだわってノイローゼになりそうなほど頑張ったのだ。
それもこれも憧れの先輩から映画に誘われただけのことで。
この嘆かわしい乙女の努力の果てに、まぶたが開かなくなるなんて、神よ、あなたはどこまで残酷なのか。
私はまぶたが開かない恐怖を神さま仏様その他もろもろに訴え、いらだちをぶつけ、最終的には詫びまくり、なんとかこの不幸な境遇から脱出できないかと奮闘した。映画では「あいまいみーまいん」みたいな台詞を言っていたが、どうやらあちらのピンチは終わったらしい。バックミュージックが陽気でルンルンしている。
陽気でルンルンといえば、今朝までの私だ。
陽気にスキップして一回転して踊った。
くるくるくーる。気分はバレリーナ。
それがなんだい。
まさか、つまらない映画に寝たあげく、まぶたが開かなくなるなんて。
誰の呪いだ。映画ファンか。監督かプロデューサーか。
それとも隣の席の先輩か。そんなに面白いの、この映画?
イケメン先輩から映画に誘われ、浮かれ騒いで散財して、あげくにまぶたが開かなくなった私は、この先どうやって生きていけばいいんです。
ああ、開かない。
開かないよ、先輩。
神にも頼り、先輩にも無言の訴えでテレパシーを送っているのに、いっこうに事態は改善しない。映画はもしかして終盤に差し掛かったのかな。しっとりとしたバラードが聴こえ「おぉ、キャシー」「はーい、マイコォ」という掛け合いがなんだか異様なほど続いている。
なにがどうなってんだ。そろそろエンドロールかいな……
と思ったら。
「ばきゅーん」と銃声らしき音がして再び、「ノォーーーーーッ」と絶叫が!
こちらも気分は「ノォーーーーーッ」。
あきゃぁしない、まぶた。もう、なんなの。どうしたらいいの。
これはもう、あれか。
身の程知らずの恋に降りかかった試練か何かか。
ああ、隣にいるのが先輩ではなく山田くんだったら。
高校生にもなって消しゴムのカスで練けしを製造することに授業時間を使っている山田くん。楽しそうなんだ、これが。嬉々とする横顔たるや清々しいほど。
だから私もせっせと消しカスを提供して友情を育んだ。
彼になら、一切の躊躇なくヘルプミーと助けを請えるのに。
私は思わず、しくしくと泣き始めそうになった。
と、隣から鼻をすする音がした。
そうか。先輩も私の危機を知り、やっと同情……じゃない。
映画がクライマックスのお涙頂戴シーンに突入しているわけね。
なんだか湿っぽい曲が流れ、「ぐずぐずちーん」と悲しむ音がしている。
はぁ……、泣きたいのはこっちだよ。
私は何度目かの抵抗をしてまぶたを持ち上げようとしたが、やっぱりムダ。
もう、映画の終わりを待つしかないみたい。
そうして、恥を忍んで先輩に訴えましょう。
「まぶたが開きません」
うん。もう、これしかない。
目が開くならば遠い目をして、私は苦笑した。唇がニヒルに吊り上がる。
さて。
もうエンドロールかな。
ふふふ……、我が恋よ、さらばじゃ。
「終わったよ」
パチッと目が覚めたとき、先輩のドアップがあって驚いた。
「ひっ」
「ひっ、って」
クスッと笑う先輩。
館内は灯りが付き、客席はまばら。
「眠ってたみたいだね。疲れてたの?」
「ああ…と?」
夢か。まぶたをパチパチする。うん、動く。
ぱーっと笑顔になっちゃう。感動した。泣ける。動く、まぶた。嬉しい。
「あの、大丈夫?」
いきなり涙ぐんだ私に当惑する先輩。慌てて手を振る。
「い、いえ、なんでもないです。すみません、寝ちゃって」
「いや、いいんだけど」
先輩はすぐに優しい笑みを浮かべて返す。
穏やかでいい人だ。カッコいい。キラッキラしている。肌もつやつや。
でも。
「このあとは」
「すみません、先輩」
私はがばりと頭を下げた。
「ちょっと用事を思い出したので。今日はありがとうございました」
では、とバッグを引っつかみダッシュ。
ポカンとしている先輩には悪いけれど、あの人なら相手はいくらでもいる。
晴れやかな気持ちで外に出ると、目に映るすべてに熱いものが込み上げてくる。
まぶたが開くって、なんて素敵なんでしょう。
この喜びを、ぜひとも山田くんに伝えたい!
私はスマホを取り出すと、笑顔いっぱいで彼を思い浮かべた。
(おしまい)
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