【現代ドラマ・ほのぼの】世界で二番目に美しい女性
鏡よ、鏡。
この世で一番、美しいのは誰?
――それは、
「白雪姫でしょう?」
私が答えると、近所に住むサチコばーちゃんはニンマリして、
「それじゃあ、二番目は?」
と言った。私は少し考えたあと、
「白雪姫のお母さんかな。毒リンゴの人」
すると、サチコばーちゃんはしわしわの顔をさらにクシャクシャにして、自分の顔を指さした。
「その毒リンゴ魔女はあたしだよ、あたし」
当時、まだ五歳になりたての私は驚いて膝が震えた。
数日前に、白雪姫の映画を見たばかりだったのだ。
「じゃ、毒リンゴ作れるの?」
「まあ、余裕だね」
サチコばーちゃんは腕組みをすると、つんとあごを上げた。
「悪い子には食べさせるね。王子様のキッスでも目覚めないやつをさ」
「こわい」
「ひひひ」
私はブルブル怯えながらも、サチコばーちゃんがおやつに出してくれた乾き気味のまんじゅうを口に運んだ。あんこが甘すぎる。でも毒入りじゃない。
サチコばーちゃんの重大告白をすっかり信じた私だが、自分は悪い子ではないし、それに白雪姫のように『この世で一番美しい』わけでもない。幼稚園では下から数えて二番目にかわいいレベル(女の子は基本、全員かわいいものだ)。だから安心してまんじゅうを食べたのだ。
サチコばーちゃんは何歳かわからないくらいの年寄りだった。
ぺしゃんこになっている白い髪は縮れていて短く、目は小豆みたいに小さい。
腰はしゃんと伸びていたけれど、首は亀みたいにしわしわだ。
それでも、サチコばーちゃんは魔女だから、本当はすごい美女なのだという。
魔法で姿を変えているだけ。だって、世界で二番目に美しいのだから。
そんなサチコばーちゃんが亡くなったのは、私が中学生の頃だ。
もうすぐギネスを狙えるほどの長生きだった。
お棺に横たわるサチコばーちゃんはほっぺがリンゴのように赤かった。
化粧した人が下手だったのだろうか。それとも、サチコばーちゃんの遺言だろうか。滑稽だったけど、悲しい気持ちにはならなかった。
この頃のはさすがに魔女説は信じていなかったけれど、それでも、もしかしたら……と思うくらいには、サチコばーちゃんはパワフルで最後まで個性的だった。
それから、私は高校に行き、大学に行き、就職して……と月日は流れた。
やがて鏡に映る自分を見て、そこにサチコばーちゃんがいることに気づいた。
ぺしゃんこの白髪に小豆のような小さい目。サチコばーちゃんよりも若いけれど、それでも十分なおばあさんになった。
どうやら、私も魔女になったらしい。まだまだ新米だけれど。
「かな子ちゃん、かな子ちゃん」
私は近所に住む可愛らしい少女に声をかけた。
いつも公園で一緒になる、五歳になったばかりの女の子だ。
かな子ちゃんは、ニコニコ顔で私を見上げる。
「なーに? おやつくれるの?」
私はポケットからぬるくなったおまんじゅうを取り出すと、「ひひひ」と笑いながら、彼女に渡した。かな子ちゃんはぴょんと跳びあがって、一口でおまんじゅうを食べてしまった。
「おいひぃですねー」
「そうかい。よかった、よかった」
私はご機嫌なかな子ちゃんに、白雪姫の話をした。
かな子ちゃんは絵本では知っているようだったが、映画はまだ見ていないらしい。目を輝かせて話を聞いてくれる姿はなんとも愛らしく素直な子だ。
「かな子ちゃんは世界で二番目に美しい人が誰か知ってる?」
「いちばんは白雪姫でしょ。にばんめはねー」
うーんと彼女はしばらく眉間にしわを寄せたあと、
「にばんめは魔女さんです。毒リンゴの魔女さんにします。わるい人だけど、きれいな人です」
私はその答えに満足して、自分の顔を指さした。
「あたしだよ、あたし。その魔女はあたしだよ」
世界で一番美しいのは白雪姫。
二番目は――、私だ。魔法で老婆に化けているだけなのだから。
かな子ちゃんは怖がるどころか、「うわーお」と感激している。
「ひひひ。かな子も魔女さんになりたいなー」
わたしたちはおでこを近づけて笑った。
みんなみんな、魔女になれる。ひひひ、ひひひ。
(おしまい)
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