【現代ファンタジー/シリアス・恋愛】アイタイ。…1
企画『小説×音楽×動画 新進気鋭のアーティスト「X→LIST+」新曲ストーリー原作者募集! 』参加作です。 ↓
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◇
メル。君と出会ったのは僕がまだ十歳のときだった。
夏休み、蝉がうるさい神社の境内で遊んでいたあの日。
微かに空気を震わせる細い歌声に気づいた僕は、それに導かれるようにして、森の奥へと入って行ったんだ。
まだ午後になったばかりの時間帯で、太陽は盛んに燃えていたのに、木々が覆いかぶさるように生える森の中は、進めば進むほど薄暗く、汗で肌にはりついたTシャツが、ひんやりとしめって体がぶるりと震えそうなほどだった。
歌声は相変わらず細く微かで、メロディーも途切れがちだったけれど、僕はそれをたよりに茂みを抜け、やがて開けた場所にたどり着いた。
そこに君はいた。ほっそりとして背が高い女性の姿。真っ白なワンピースを着て、腰まである長い髪は銀色に輝き、眩しいほどに森の穏やかな日差しを反射させていた。僕が草木をかき分けた音に気付いたのだろう。君は、こちらを振り向き……そう、ブルーの瞳と目があったと思った瞬間、ふっと揺らいで霞むようにして姿を消してしまったんだ。
僕は君が立っていた場所までいき、何が起こったのか確かめようとした。
でも、見上げた先では常緑樹の分厚い葉が生い茂り、枝葉の隙間からは夏の青空が色濃く鮮やかに目に飛び込んでくるばかり。
地面も、生い茂った雑草とごつごつと盛り上がっている木の根に、足をとられそうになるだけで、別段、変わった様子のない普通の場所だった。
それから、数日間。毎日のように神社に行き、毎日のように歌声を聞いた。
そして、毎日のように君に会いに行った。
でも、君はいつも消えてしまう。幽霊だろうか。そう僕は思ったけれど、怖いという感情は芽生えなかった。
ある日、僕はその頃親しく遊んでいた友人たち数名と、神社に遊びに行った。
神社に行こうと誘ったのは僕だった。自分以外にも君が、それに君のあの細い歌声が聞こえるのか、確かめたかったんだ。
昼間近、歌声は聴こえてきた。
森から運ばれてくる風に乗って、その声はいつものように僕の耳にまで届いた。
「ほら、聴こえるだろ」
僕の言葉に、その場にいた全員が同じように間抜けな、ぽかんとした表情をする。「何のことだ」と、その内のひとりが僕につめよった。
「歌だよ。ほら、聴こえる」
美しい音だ。声というよりも音なのだ。
高く透き通り、水の上を歩くような繊細さで紡がれていく。
でも、僕は彼らの様子を見て、思い知った。
誰もこの歌が聴こえていないのだ。
「本当に? 本当に聴こえないのか」
鼻歌でマネしてみせる。
似ても似つかない音だが、それでも訴えるような気持ちで再現しようとした。
けれど、皆の顔が怪訝になり、中には怒り出したり、不気味がる者が出始めた。
「お前、おかしいぞ」
この言葉が決定的だった。
計画では歌声を辿り、皆で君に会いに行こうと思っていた。
そして、君の正体を突き止めようと。
でも、手にしたのは冷たい彼らの視線のみだ。
「ごめん。風の音だった」
僕が肩を落とすと、ひとりだけは愛想笑いを浮かべて、気づかわしげな視線を向けてくれた。でも、それ以外は「どうしようもない目立ちたがり屋」とでも言いたげな、そんな軽蔑した眼差しをしたのだった。
それからは、君に会いに行こうとは思わなくなった。
あの歌声も二度と耳にしたくないと思った。
僕にとって、あれは苦い思い出となり、変なヤツというレッテルを張られる前にと、必死になって友達の機嫌をとって、何とかイメージを回復させようとした。
そんな日が続いて、いつしか君のことは忘れてしまった。
なのに。
また思い出したのは、やはり、あの歌声を再度、耳にしたからだ。
それはあの神社ではなく、中学校からの下校中に立ち寄った公園でだった。公園は敷地面積は狭く、入り口から全体が見通せるほどの広さだったが、木々が点在し、花壇や植木はいつも手入れがされ整っていて、地域住民に人気の場所だ。
そのベンチで、僕は初めてできた彼女と一緒に座り、何気ない会話をしていた。
先生の悪口やテストのこと、今度の休みにデートに行こうかという予定。
彼女とは正直、恋をしているとは言えない気持ちで接していた。
告白され、断る理由も見当たらず、彼女ができることに悪い気がしないこともあって、なんとなく付き合うようになった。それだけだった。
ショートカットの小柄な子で、運動部の練習で全身が日に焼けて茶色くなっていた。小動物を思わせるようなつぶらな瞳に、いつも笑顔で明るい好感の持てる良い子だ。心から好きになるまでに、そう時間はかからないと思っていた。
あの瞬間までは。
微かに鼓膜を震わせた懐かしい歌声に、僕は背中を撫でられるような、ぞわりとした感覚でいっぱいになった。腕に鳥肌が立ち、首の後ろを掴まれたような不気味さが全身に走る。全ての感覚が一瞬にして研ぎ澄まされていった。
「聴こえる?」
ほら、歌声だ。
聴こえる。僕には聴こえる。
でも。
「何のこと?」
彼女は眉をひそめ、少しだけ笑った。
冗談か何かだと思ったのだろう。小首をかしげ、僕の顔をのぞきこむ。
それに笑顔で答えてあげるだけの余裕が当時の僕にはなかった。
彼女を無視するように勢いよくベンチから立ち上がると、耳を澄ます。
はっきりと聴こえるのに、どこから届いて来るのか判断できない。
「どうしたの?」
彼女の声に不安が混じる。
それでも、僕は気遣いも見せず、ベンチに座ったままの相手を見下ろすと、煩わしげに、「しっ」と鋭く言い放った。
一瞬、黙りこむ彼女。
次の瞬間にはふっと息を短く吐きだして、
「なに?」と不機嫌な声音でにらんできた。
「どうしたの、何なの?」
「いる」
声を発するのも嫌だった。とにかく耳をそばだてる。
あの歌声はどこから来るんだ。それを探し出すのに必死だった。
「いるって?」
「黙って」
しばらくの間。
そして、歌声が止んだ。
僕はがっかりして、ため息をついた。
それから、彼女のことを思い出して、ふり向いた。
気まずげに微笑み、冗談めかそうとした……けれど。
ベンチには誰の姿もなかった。いつの間にか帰ってしまったらしい。
僕はまったく、そのことに気づかないでいた。
翌日、僕はあっさりと彼女に振られた。変な噂でも立てられるかと思った。
頭がおかしい。幻聴が聴こえている。変な妄想に憑りつかれている奴。
でも、特に騒がれることもなく、二週間経った頃には、新しい彼氏と下校する彼女の嬉しそうな顔があった。
その後も僕は公園に通いつめていた。けれど、どれだけ耳を澄ませようと、あの歌声が戻ってくることはなかった。再び歌声を失ってしまった僕は、ひどくがっかりして落ち込んでしまった。
あの頃は、君のことは幽霊だと確信していた。
でも、実際には違っていたんだよな、メル。
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