【現代ファンタジー/妖怪コメディ】さいわいなことり座敷童バージョン
日帰り旅行のつもりだった。紅葉が素晴らしいと聞いたので、近場だったこともあり、ひとりでドライブして来たのだ。
確かに素晴らしい景色だ。赤や黄色に染まる木々に吸い込まれそうになる。
感激しながら細い道をカメラ片手に進む。
と。
レンズ越しに古民家風の宿を見つけた。
味わい深いその風情に惹かれ近づいていくと、宿からひとりの老婆が出てきた。 この時期にはもう寒いだろうに、薄い布地の着物を着ている。
「おや、お客さんですか。どうぞ、どうぞ」
こちらが戸惑っているのもかまわず、老婆はぐいぐいと宿の中へと誘導する。
「お泊りですか。お風呂は大したことないんですがね、うちは料理自慢でして」
ニコニコに気圧されて、断ることができなかった。
他に予定があるわけじゃない。
ゆっくりすることにして、荷物を置き、また外へ写真を撮りに出た。
そして、夜。
本人が話したように、風呂は首を傾げたくなるようなみすぼらしさだったが、料理は抜群で、ゆっくりと堪能することが出来た。満腹すぎて破裂しそうな腹をさすってゴロゴロしていると、女将である老婆が、「お布団を」と言って顔をのぞかせた。
「いやいや、自分でやりますから」
客とはいえ、老体に無理はさせられない。
断ると、彼女はホッとしたように微笑み、そのまま出ていくかと思えば、
「お客さん、うちの最大のうりをご存じで?」
そう、言った。
「うり?」と、一瞬考えたがすぐに、「ああ、ごちそうさまでした」と料理のことだろうと思い、応じた。
しかし違ったようで、老婆はフフフと笑って首を振る。
「違いますよ、お客さん。あれが目的でいらっしゃったのかと思いましたのに」
「あれ、とはなんです?」
話にのってきた様子をみて、老婆は身を乗り出すと声をひそめた。
「出るんですよ」
「出る?」
「はい」
フフフ。老婆はまた笑うと、立ち上がり「それでは、ごゆっくり」と、去ろうとする。慌てて、「出るって何が出るんです」と問うと、
「わらしですよ。わらし。うちではトリちゃんと呼んでます」
「トリ?」
「はい」
まだ分からない顔をしていると、老婆はよっこらせとその場に座した。
「座敷わらしだろうと思うんですがね。いるんですよ」
「いる?」
「はい」
「トリちゃんと、言いましたか?」
「はい。幸いの子、トリちゃんと呼んでいます。わらしは幸福を運びますんで」
しばし、考えをまとめた。
「では、今夜も?」
出るのか。最後まで言わず老婆に目を向ければ、相手はうなずいて、
「お客さんは、トリちゃんに好かれそうです。どうぞ、遊んでやってください」
そんなことを言う。
「いやいや、遠慮するよ。こなくていいって」
手を振っているのに、
「まあまあ。かわいいもんですから」と相手にしてくれない。
「じゃあ、本当だって言うんだね。冗談ではなくて」
「さぁさ、どうでしょう」
老婆はフフフと口元を押さえながら、
そして、深夜。
ことり。ことり。……こと、ことり。
何かが転がるような音に目が覚めた。暗闇に耳を澄ませると、
ことり。ことり。……こと、ことり。
やっぱり音がする。不気味だが、紅葉美しい山村にある宿だ。獣が天井裏や壁の隙間で動いた音かもしれない。頭には老婆が話した座敷わらしのことが浮かんではいたが、早とちりで寝不足になるのもバカらしい。
目を閉じて、音を無視することにした。
それでも。
ことり。ことり。……こと、ことり。
うるさいのだ。耳について離れない。
今度は目を閉じたままで耳を澄ませる。どこから聞こえてくるのだろうか。
ことり。ことり。……こと、ことり。
天井からにしては、すぐ側で聞こえる。壁だろうか。
さらに耳を澄ませていると、
ころろん。
ハッとするほど耳の側で音がして、跳び起きてしまった。
息をつめて、じっと音がした方を見る。
それは襖の向こうから聞こえたように思えた。
ネズミでも走ったのだろうか。軽いものが転がるような音だった。
身動きせずにいたのだが、音はそれきり。しんと静まり返っている。
気のせいか。そう思い始めたとき。
こと、こと、こと。こと、ころりん。
音だ。
襖の向こう側は廊下だ。板の上を、何かが転がっているのか。
不気味さはあったものの、どうせネズミが何かだろうという気がして、襖に手をかけ、ゆっくりと動かした。
と。
ぴゅっ。
わずかにあけた隙間から、何かが投げ込まれた。のけぞったあと、落ちた物に目をやると、それは小さな丸いものだ。
はて。
しげしげと手にとり、暗闇でよくよく見ようとしていると、
「おい」
子供の声。幼い甲高い声がした。
「おい」
また声がしたかと思うと、ぴゅっと隙間から物が投げ込まれる。
手に取れば、どうやらドングリらしい。
さっきから、これがぴゅんぴゅん飛んできていたのだ。
「おい、おい、おい」
甲高い声。
まさか本当に座敷わらしか、と身構えていると、
スパーンっ。
「遊ぼうぜ」
立っていたのは五歳児くらいの女の子だ。おかっぱ頭に、つんつるてんの着物姿。ぼうっと青白い光を放っていて、幼女の周囲まで少し明るくなっている。
「あたい、トリちゃん。遊ぼうぜ」
「い、いや。そのっ」
言葉が上手く出てこないでいると、トリちゃんと名乗った幼女は、ぶんっとこちらに何かを投げつけてきた。見れば、これまたドングリだ。
「遊ぶぜ。あたいが投げる。お前は拾う。投げる、拾う。な?」
な? と言われても。
どうしたらいいのだろうと戸惑っていると、
「ほっ、ほっ、ほっ。ほほいの、ほぉぉいっ」
ドングリがマシンガンのように投げ込まれた。
痛い痛いと布団でガードする。
しばらく、ビシバシとドングリを投げつけられていたのだが。
「おい、弾切れだ。拾え」
「え?」
「ひ・ろ・え!」
ふんぞり返りながら命令する幼女。普通の子供なら親のところに帰るよう勧めるのだが、相手は青白く光っている。これは……座敷わらしだ。
そうとなれば逆らうのが恐ろしくなり、せっせとドングリを拾って渡した。
次はどうなるのかと思えば、
「ほっ、ほっ、ほっ。ほほいの、ほぉぉいっ」
やっぱりドングリを投げてくる。
それを布団でガードすると、座敷わらしは、気に入らないらしい。
むんずと布団をひっぺがし、顔めがけてドングリをぶつけてくる。
「や、やめてくれ」
「ほっ、ほっ、ほほいっ」
「い、痛いよぉぉぉっ」
がばっと目が覚めた。
朝だ。
とっても清々しい早朝だった。
「お客さん、トリちゃんとは遊べましたか」
食事を運んできた老婆がフフフと笑いながら言った。
出された味噌汁を飲みながら、あいまいに答える。
「まぁ。不思議な夢を見ました」
「夢でしたか」
「ええ」
フフフ笑いを顔に貼りつけたまま、老婆は部屋を出ようと背を向ける。
と。
かがんで何かを拾い上げた。
「お客さん、お土産にどうぞ」
手渡されたのはドングリだった。
不思議な感覚のままポケットに入れると、早く宿を出たいと思い、急いで朝食をたいらげた。
そして。
帰宅後の夜。
ことり。ことり。……こと、ことり。
フローリングの床を、何かが転がる音がする。
寝ぼけたまま体を起こそうとした、その瞬間。
「おい」
腹の上に重みが。
見れば、幼女が乗っている。
「あたい、トリちゃん。お前、気に入ったから、ついて来たぜ」
「え?」
「あーそーぼー」
翌日。何かドングリ以外に遊ぶものがないかと、近所のおもちゃ屋に駆け込んだのは言うまでもない。
ドングリは痛いのだ。
(おしまい)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます