【現代ファンタジー/コメディ・恋愛】都市伝説・小さいおっさんは○○だった
「ちっさいおっさんてのは、守銭奴なんだよ」
大介は一口だけ飲むと、コップを置いた。
「驚いたね。昔から噂では聞いたことがあったけどさ。ほら、小さいおっさんがいるっていう。見るといいことがあるって聞いたけど、守銭奴とは知らなかったよ」
「おっさんにもよるんじゃない」
メニューに目を走らせていた私は、ちらとだけ彼に視線を向ける。
「妖精にだって個性はあるでしょう。例えば、大介の言うようにお金が好きなのもいれば、宵越しのお金は持たねぇって奴もいるかもしれない」
「まぁね」と大介は素直にうなずく。
「でも、俺が見たのは守銭奴だったよ」
自販機で小銭を落としたんだ。
そうしたらだよ。
拾おうと身を屈めて自販機の下を見れば、小人がいるじゃないか。
「おっさんだったね。これくらいの――」親指と人差し指を開く。
「十センチ程かな。頭は剥げてたよ」
「そう。目が合ったの?」
「うん、合ったんだ、二秒ほどね。そいつ、俺が落とした百円玉を抱えてたんだ」
こうして、と大介は大きなぬいぐるみを抱く子供のような仕草をする。
「絶対離さんぞって決意に満ちた顔して。手を伸ばしたら噛みつかれそうだった」
「それで、どうしたの」
「どうもしないさ。百円だしね、そいつにあげたよ」
「ふうん」
私はまたメニューに目を戻した。それから、すました顔をしてアイスティーを注文したが、頭の中はぐるぐると慌ただしく回転していた。
大介とは三年ぶりに駅で再会した。ばったり出くわしたのだ。特別仲がよかったわけではないが、お互い時間があるというので、お茶でもしようとなった。
と、ここまではいい。それが、どうしたことか。
私は彼の話についていけないのだが。
大介は学生時代から真面目で有名、今だって立派な会社で重要な仕事を任されているときく。醸し出す雰囲気はスマートで頼りになりそう。まだ独身のようだが、その気になれば相手はいつだって調達できるだろう。
それなのに。
なぜ、ちっさいおっさんの話なんかを、私に始めたのか。
馬鹿にして、からかっているんだろうか。
話に食いついたところで、「お前、こんな話信じるのかよ」と笑いだす計略か。
もし、そうだとしても、彼の会話術は唐突すぎだ。
さらっと野良猫でも見かけたように話し出すなんて、どういうつもりだ。
だいたい、真剣な顔をして話すものだから、冗談だと笑い飛ばすのも躊躇する。
「それで」と私が先をうながすと、大介は、「それでって?」と聞き返してきた。
「そのおっさんの話。もしかして終わり?」
「うん」
マジかっ。
ちょっと、ちょっと。思わず、体が前のめりになる。
「自販機の下で見つけて、百円取られたってだけの話?」
「そうだよ」
疲れているんだ、大介は。
よく見れば、やつれて見えなくもない。
髪だって、ちょっと薄くなってやしないか。
まだ若いのに……、しんみりするぜ。
「何か食べる? おごってあげようか」
私はメニューを開くと、大介に見えるように向きを変えた。
「ほら、肉なんてどうよ。がっつり食べなさいよ」
「マジかっ。じゃ、ステーキでも食うかな」
「サラダもつけな。遠慮すんなよ」
にぱっと笑う大介。少し若返る。
ほっとした私だったが、財布の残金を思い出して、ヒヤッとした。
◇
ギリセーフだった。財布の話のことだが。
「じゃあ、今度は俺がおごるよ」
大介は店を出ると、すぐにそう言った。今度、という言葉に反応してしまう。
「連絡先なんて、お互い知らないでしょ」
「そうだっけ」
驚いた顔。わざとらしいほどのぱちくり目。
「いいよ、見舞いみたいなもんだから」
あんた、おっさん妖精の話なんてするもんじゃないよ。
頭がおかしいと思われるよ。
……なんて、いってやる義理もないので、私は「じゃっ」と手をあげる。
「待て待て」
ぐいと二の腕を引かれた。
「ちょっと、なにっ」
ああ、顔が赤いかもしれない。
腕を掴まれたくらいでみっともないが、免疫が薄いのだから仕方がない。
「連絡先。ほら、教えてよ。デートしよう」
「いきなりだなっ。そういう冗談、嫌いなんだけど」
「冗談じゃないって」
「しつこいっ」
手を振りほどいて逃げたけれど……、ふり向けば、奴がいる。
「うざいな。ストーカーかっ。もうおごらないよ、それ目当てならさ」
「違う、違う」手をぶんぶん振る。
「怒らせたんなら、謝るよ。ごめん」
パチッと両手を合わせて頭を下げる大介。
周りに目をやると、通行人がちらほらと。
……はぁ。
「いいよ、怒ってないから。で、まだ何か用?」
「……だから」と言いかけて、彼の視線が私から外れた。
「ジュース、おごったげる」
振り向けば、自販機。
「何がいいですかな、お嬢さん。お好きなのをどうぞ」
「いらないって」
まぁ、そう言わずに、と彼はポケットから財布を取り出す。
「二本でも三本でも、買って進ぜよう」
いつからだろう。真面目だと思っていたのに、この物言い。
ずっと会わないうちに、キャラがおかしくなったらしい。
過労だろうか。きっと、それが原因だ。
「ひとつでいいよ」
わたしは彼に手の平をつきだした。
「お金、ちょーだい」
はいよ、と渡された小銭。手が触れた瞬間、チャリンと落ちる。
「ああ、もう」
文句を言いつつ、顔を伏せた。小銭は自販機の下に入ったらしい。
しゃがんでのぞいた瞬間。あああああっ!
「……守銭奴だよ」
顔をあげると、笑う大介の顔があった。
「信じてなかったな。いるんだよ」
わしのもんじゃ、と百円玉にしがみつく小さいおっさん。
いたよ、いた、いた。あんたが正しいよ。
「ジュース、いいよ。いらない」
「そうか。じゃ、デートな」
「なんでそうなる……」
どこまでが冗談なんだろう。
分からない。きっと、私も疲れてるんだ。
だって、おっさん、見ちゃったもんな。
(おしまい)
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