【現代ドラマ・恋愛/七夕コメディ】コップの中の漣 天子side
(お、お腹が痛い!)
ぴっきーんと急激にやってきた腹痛の波。原因は分かっている。効きすぎた冷房だ。この店はいつもそうだ。だから天子は通常、別のスーパーで買っている。でも、さんまが安いとの知らせを無視できなかった。
(サンダルはダメだったか)
外は暑いのでサンダル履きできたが、失策だったようだ。ずんどこずんどこ腹の太鼓が連打する。便秘症だったので、好都合っちゃ好都合だが、店内でやらかすわけにはいかない。天子はしぶしぶお茶パックを手放そうとした。
(はうっ)
青ざめる天子。腹痛がこれほどまでに痛かったのかと、妙に悟りそうになる。寒いくらいなのに汗が噴き出でくる。なんとか波を穏やかにしようと腹をさするが効果なし。トイレはどっちだったかと考えるが、ここのトイレは外だったことを思い出し、余計に腹痛が高まった気がした。
(いったん外へ出る。それからお茶を買う。あとさんまも忘れずに)
天子は計画を練りながら、視線をさ迷わせた。痛さのあまり、周囲は霞んで見える。お茶パックは売り切れ続出商品。手放すのが惜しかった。このまま手にもってトイレに行きたいくらいだが、現場は外だ。万引きしたと思われたらたまらない。泣く泣く手放すお茶パック。しかし、くぅ、惜しい。
覚悟が決まらない天子は、何度もお茶を棚に戻しては手に取るを繰り返した。そうしているうちにも、これを狙う客が来るかもしれないと不安になるばかりか、さらに腹痛は鋭さを増して天子を苦しめる。
きょろきょろと周囲を確認する天子。どうやら、いまはお茶コーナーに若い女性がひとりいるだけで、彼女は棚の端にある商品に関心を寄せているらしい。それならば。天子は大きく息を吐いた。茶の無事を願い、ここはひとまずトイレへ行こう。さぁ、ちゃっちゃと済ませてこなくっちゃ。本来の目的の特売さんまだって買わないといけないのだから。
天子が決意した、その時だ。
「ちゃんらら、ちゃらららら。特売、特売、さんまが安いよ」
はっとする天子。店内放送と同時に騒がしくなる店内。入り乱れる足音。瞬時にした完璧なシミュレーションの結果、いますぐ向かわねばならぬことが判明する。まずい。いざ、ゆかん。鮮魚コーナーへ! すっと背筋を伸ばす天子。と、なんてこったい、彼女の腹痛が頂点に達したのである。
その場でうずくまる天子。いったん脳内を無にして、痛みそのものを忘れようとした。ひっひっふー、ひっひっふー。それでも激しく連打する腹痛。ねじりあげるように波打ったかと思えば、吐き気がするほどの寒気を呼び、痙攣しながらあざ笑うさまは悪の所業。
ああ、人生とは酷である。
たださんまとお茶がほしいだけなのに。天子は悔しくて涙が出た。
さまざまな覚悟をした天子。中年になって久しい年ごろ。覚悟した女は強いのである。しかしその瞬間、痛みが不思議なほどすっと消えた。ゾーンに入ったのだろうか。清流の漣が聴こえる。天子は、今だっとお茶パックを手にした。お腹の様子を確認するが、行けそうだ。ピークは過ぎた。我の勝利なり。
思わず笑みがこぼれる。さんまもお茶も手に入る。便秘も解消。さぁ、急ごう。草原を書ける駿馬のように天子が駆け出そうと足を踏み出した、その時。ぴしゃーんと天子の脳天から腹にかけて痛みの稲光がおちる。天子は自分の体が裂けたかと思うほどの痛みに「うっ」と呻いた。
「大丈夫ですか!」
そんな声がしたと思う。
でも、痛みの激しさで、息も絶え絶え。
砂浜に打ちあがったクジラのように瀕死な天子であった。
――最終話につづく。
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