【現代ドラマ・恋愛/七夕コメディ】コップの中の漣 達彦side
達彦は自傷気味に笑った。短冊に『織姫の恋人がほしい』と書いたのだ。普段、人影に隠れがちで、発言も少ない彼にしては大胆な行動である。たとえ、最寄りのスーパーの七夕行事であったとしても。
彼には一年越しの片想いの相手がいた。というか、未練がましく想い続けている相手がいる。彼女とは電車の中で会い、というか見つけ、ひと月ほど彼はただ眺めているだけで満足していた、というか、じろじろ鑑賞していた。
なんとなく七月という季節がらもあって、彼女のことを織姫ちゃんと心うちで呼んでいた。黒い髪が印象的で、和の雰囲気の顔立ちが好ましかった。
寒がりなのか薄手の時期なのに、いつも長袖を着ていて、車内の冷房に二の腕をさすって温めるような仕草をよくしていた。毎回一人で乗っていて、達彦はそんな彼女と二駅だけ一緒に過ごすのだ。というか、本当は一駅だったが、二駅に伸ばしていた。
彼女が乗り込んでくるのを待ち、降りるのを見届ける日々。我ながら気持ちが悪いと思い始めたので、達彦もいよいよ決心して声をかけようきめた。そんな翌日。織姫ちゃんは車内に現れなかった。そうして、以来、彼女は姿を見せず、一年が経過した現在だが、未だ達彦は織姫ちゃんを忘れられないでいる。
だからスーパーの短冊なんかにまで願ってしまった。
自分で自分にあきれる。未練がましいというか、煮え切らないというか。
名前だって知らない相手なのに。
と、自分に苦笑したわけだが。
なんと、その彼女を見つけた。織姫ちゃんと呼んでいた女性。
在庫が切れた麦茶を買おうとやってきたお茶コーナー。
その向こう端に降臨したのだ。
一瞬、達彦は妄想の果てに幻覚を見たのかと思った。が、何度瞬きをしても彼女は消えることなく、棚の端からちゃんと顔がのぞいている。
なにやら真剣な顔だ。どうやら中央でさっきからお茶パックを棚に戻しては手に取ったりを繰り返しているおばさんが気になるらしい。たしかに挙動不審で、きょろきょろと視線をさ迷わせる様は不審者のそれだった。
(もしかして……、万引き?)
最近は主婦の万引きも多いらしいからな。達彦がそう思い、視線をおばさんから織姫ちゃん(と勝手に呼んでいる)に移したところで、ぱちっと彼女と目が合って、達彦は腰を抜かしそうになった。
(み、み、見てた。目があった!)
きゃーと言いたいほどの動揺で慌てる達彦。おばさんよりよほど挙動不審な不審者野郎になるが、胸を押さえ、深く深く深呼吸をする。
(願い事がさっそく叶ったんだ!)
たかがスーパーの七夕だと侮るなかれ。達彦は有頂天になった。そう言えば今度の土曜日に近所で七夕まつりがあったはずだ。屋台もあって、そこそこ盛り上がる。友達といくのも寂しいというので、ここ数年は無視していた催しものだったが、彼女を誘ってみよう。うん、そうしよう! 達彦は大胆な野望を抱いて高鳴る胸に手を添えると、顔をぴっかぴかと星のように輝かせた。
そろり、そろり、と棚陰から頭を突き出す。
心臓はバクバクして吐きそうだった。
(よ、よし。何気なくを装って声をかけて……)
達彦が脳内リハーサルを開始しようとした刹那、中央おばさんが「うっ」と声を上げた。なんだなんだ、と達彦が混乱しているうちに、織姫ちゃんは「大丈夫ですか!」と声をかけながら、おばさんに駆け寄る。
それを見て、はっとした達彦も、急いで同じようにおばさんに駆け寄った。
――天子sideにつづく。
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