【SFすこしふしぎ/コメディ】もふもふモンスター 後編

 はい、結論から言いますと。

 我が家、絶賛品薄中でして。


 牛乳・バター・薄力粉。全滅です。

 ありません。すみません。在庫切れです。


 これをきいたモンスターの反応ったらない。

 がががーんとショックを受けたらしく、鮮やかな緑色の毛並みがくすみ、モフモフもパッサパサになってしまいました。すまぬー。マジ、すまぬー。


「や、ええんよ。高価なもんじゃったんかな。うん、そじゃろ?」


 えーと。それは牛乳類が高価で一般家庭の我が家にはない。

 と、言いたいわけでしょうか。遠慮がちにもじもじしているモンスターが我が家の台所に存在する姿はなかなかシュールです。


「いえ。そういうわけじゃ」


 セレブ家庭ではありませんが、さすがに牛乳は買えます。

 なんて事情はともかく。


 悲しみに打ちひしがれるモンスターが不憫になってきたので、わたしは代用を提案しました。だってバカンスに行こうとして燃料切れでしょ。気の毒すぎる。どこに行こうとしてたのかは不明ですけど。楽しみにしてたんでしょうからね。


「豆乳ならあるけど? あと片栗粉とマーガリン」


「とうにゅう? どれ、見せてくれ」


 豆乳をモフモフに渡します。モフモフは、スマホのような器械を豆乳にかざすと、首を傾げた……ように体を曲げて。器械からはピピッと電子音。それから、パシャっと赤いライトが光った。


「ふむぅ、少し違うようじゃが……」


 ぶつぶつ言うモフモフに、

「これがマーガリン、これが片栗粉」とテーブルに並べます。


 それをモフモフはひとつずつ器械でチェック。

 ピピッパシャ。ピピッパシャ。にぎやかです。


 それから、「ぬぬぬ」とモフモフ。ぼわんと毛が膨らんでプルプル。

 どうやら、どれも微妙に違うらしく。でも「惜しい」とも言えそうで。

「これは?」とわたしはホットケーキミックスも追加します。


「ふむぅ、そうじゃなぁ」モフモフ、しばらくの沈黙。

「とりあえず混ぜてみるか……」とのこと。


 緑のモフモフは不満げながら、また腹のあたりに手を突っ込むとゴソゴソし、縦長のガラス瓶のようなものを出した。どうやら燃料タンクらしく、底に青い液体が少しだけ残っている。


「全部混ぜてみたいんじゃが、よいかの?」


 わたしはうなずき、ボウルと泡だて器を用意した。するとモフモフは感心したようにしげしげと泡だて器を観察です。ひくひくと鼻がありそうな部分の毛が揺れていて。ちょっと注目しすぎなので、わたし、勇気をもってせっつきます。


「早く混ぜないと」

「おう、そうじゃった!」


 モフモフは、ボウルにホットケーキミックスの小袋一つ分と片栗粉スプーン二杯分を入れて軽く混ぜ、それから豆乳を投入。丁寧な手つきが好印象です。


 ナゾの生物だけど、いい奴かも。

 黙々と作業するモフモフは、とってもキュート。


「まーがりん? とやらは溶かしてもらえるかの」

「もちろん」


 わたし、優秀な助手になることにしました。すぐにマーガリンをレンジでチン。モフモフは泡だて器をリズミカルに動かしながら、興味津々で電子レンジをガン見。で、温め終了の音に、ぴくんと反応して目を真ん丸にして手を止める。


「ほらほら。手を動かす! 急いでるんでしょ」

「おう、そうじゃった!」


 溶かしたマーガリンを入れたら、しばらく混ぜ混ぜタイム。

 ねっとりとしたところで、モフモフが器械をかざして確認です。


「うむむ……。すまんが、砂糖とハチミツとやらはあるかの?」

「黒砂糖とメープルシロップならあるけど?」


 わたしたちは、この二つを入れてみた。わたしがボウルを支え、モフモフが腕をぐりぐり回して混ぜる。混ぜれば混ぜるほど、粘り気が出て大変そうなんだけど、緑のモフモフは腰に力を入れる格好で、せっせと混ぜる。


 途中、わたしは交代を申し出たけど、モフモフはぶるんと首を振り、「押さえとってくれ」とぜいぜい息を吐くわけで。私は彼の熱意に感動して、ボウルを支える手にも力が入ります。


「チョコとアーモンドはあるかの?」


 ふたたび器械で確認したモフモフが言った。


「ココアとピーナッツならあるけど?」

「よし、ぶち込むんじゃっ」


 ぐるぐると材料を混ぜ合わせていると、ボウルの中身は次第に青く光りはじめた。モフモフは嬉しそうに目を輝かせる。


「あと少しじゃ。いける、いけるぞ!」


 器械で確認すると、あと必要なのは卵だけとのこと。

 私は急いで冷蔵庫へGO。


「よかった。ラストワン!」


 卵を割りいれると変化はすぐに起きた。ボウルの中身は青い光を放ち、モフモフの緑の顔を照らす。ショックでくすんでいた毛色も、いまでは鮮やかな緑色でツヤツヤも復活。すっごい嬉しそうなモフモフ。


「完成じゃ~。パ~フェクトッ!」


 モフモフは仕上げた燃料を慎重にボトルに注ぎ、しっかりとふたを閉めた。それから、大事そうにぎゅっと抱きかかえると目を潤ませて。


「なんと礼をゆうたら、ええんじゃろう。ほんとに助かった。感激じゃ」

「いえいえ。困ったときはお互いさまってことですよ」


 わたしたち、軽く抱擁します。別れを惜しむように見つめ合って。


「別れじゃな」

「また燃料切れしたら、来なよね。今度はちゃんと牛乳も買っとくからさ」


 緑のモフモフはニコリ。それから、ぶるるっと体を震わせて。

 パチッと弾けるような音がしたかと思うと――


 わたしはハッとして目を覚ました。


 あ、寝てた? 

 変わった夢を見た気がする。でも思い出せない。


 ぼんやりしたまま時計に目をやり、慌ててとび起きます。

 今日の夕飯すら作れないほど、冷蔵庫は空っぽなんだ。

 早く買ってこなくっちゃ。


 急いで準備しながら、ふと部屋の匂いの変化に気づいた。

 なんとなく、空気が甘い。お菓子を焼いたときの匂いに近いかな。


 首を傾げながら、買い忘れがないようにと冷蔵庫に最終チェックに行ったところ。あいや? 流し台に目がいく。おかしいな、洗いものはなかったはずなのに。


 でも、汚れたボウルと泡だて器があるわけで。

 それに緑の長い毛が落ちている。なんじゃこりゃ。


 不思議に思いながら服に目をやると。

 なんと、そこにもびっしりと緑の毛が付いているじゃないか。


 げげっ、コロコロかけないと。

 粘着ローラーを探しに走る。ああもう、時間がないのに!



(おわり)

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