3000-7000文字 短編
【SFすこしふしぎ/コメディ】もふもふモンスター 前編
午後です。三時がちょいと過ぎた頃です。
わたしはソファにどかりと腰を下ろしました。つっかれたー。
なぜって、掃除機をかけていたから。リビングだけですけどね。
さて、一休み。ということでテレビをつけたけど。
ぜーんぜん、面白くない。つまんなーい。
朝からずっと同じネタの情報か、見飽きたドラマの再放送ばかり。
あぁあ。なんかパッとしないなー。
毎日毎日、おんなじことばっかり。
そりゃあ、平凡が幸せってのはわかりますよ。
でもねぇ。つまんないと心がしんどくなってくるっていうか。
はぁ、何か面白いこと起こらないかなぁ。
……なぁんて、ため息をついて目を閉じて。
それから、ウトウト……
「ちょいと奥さん、奥さん」
ん?
「おーい。こりゃ、死んどるんか? え、おーい。奥さ~ん、マダ~ムっ」
死んでませんけど。
と、目を開けますと…… !!
「あ、起こして、すまぬー。ちょっと頼みたいことがあっての。なに、簡単なことじゃて心配いらんよ。ちょちょっと手を貸してくれたらハッピーなんじゃけど?」
……、モンスターがいた。嘘だろ。これは夢よ。
まばたき。パチパチ。
……まだいる。めっちゃ目が合っとる。近い。五十センチも離れてない。
相手は一メートルほどの大きさで、全身がツヤツヤした緑の毛でいっぱいのモフモフ。ずんどう体型にクリクリした黒い目と割れ目のような口だけが目立ってる。
なんじゃこりゃぁぁ。く、食われるー。ひえええ。
「奥さん、奥さ~ん。ジタバタせんと話を聞いとくれ」
モンスターは短い手みたいなものを振っている。それに何だか甘い匂いが漂ってきて。こいつの体臭? それとも、わたしを惑わし痺れさせてから捕獲するつもりかも。平凡な日常に異常事態発生です。モンスターの襲撃だ!
ぶったまげて声も出ないわたし。
でも、緑のモンスターはぺらぺらとしゃべり続ける。
「バカンスに行こう思うてな。久しぶりで、超楽しみにしとったの。でもな、きいてくれる? なんと燃料切れしてしもたん。信じられる? 準備万端、抜かりなしと安心しとったら、マシンがピーピーいうてな。マジ、びびったわ。うっかりじゃすまんぞ、燃行切れなんても~、ピンチじゃ。大量にムダなもんばかり持ち込んでおいて、ほんと何を考えとったんじゃろ、ワシ」
ぶはぁ、と息を吐きだすモンスター。それが私の顔にかかる。甘い匂いだから臭くはないけど、なんか気分悪い。思わず顔をしかめたんだけど、それに気づいたのか、気づかなかったのか。相手はブルブルっと毛を震わせると、さらに語り出します。長いです。ずっとしゃべってます。そして近いんです。
「ほんとに、まいってな。絶望じゃ。もうここで死ぬんじゃと思うた。うきうき旅行気分が、一気にしぼんでしもうたわ。しかし、しか~し、じゃな、奥さん!」
緑の生物は、ずいっと身を乗り出すと、勢いづく。
もう鼻先にモフモフのドアップです。
「なんと調べるにこの星にも燃料になる材料があるらしいんじゃ。最高じゃろ? ワシ、超ラッキー・ボーイじゃ。で、奥さん。急ぎ用意してくれんか」
で、緑のモンスター。
やや離れたかと思うと、ゴソゴソとお腹のあたりを探り始めます。
ツヤツヤの毛はけっこう長いらしく、ずいぶん深くまで手がもぐりこんでいて。
これってシャンプーしたら、きっと体は驚くほどガリガリかもしれないな……なんて、いつぞやテレビで見た長毛猫の入浴後を思い出していると。
「ててれてっててー♪ 燃料調合診断機ぃ」
ゴソゴソしていたモンスター。やっとふさふさした毛の間からスマホのような長方形の器械を取り出します。それを指のない丸い手で器用にピコピコと電子音を鳴らしながら操作。
そして、ニコリとした……のでしょうか。口の形が横に伸び、小さな米粒のような白い歯がちらりと見えました……先がとがっていて、のこぎりの刃みたい。かまれたら、致命傷決定です。救急車呼んでください。
わたしは身構えると、何か武器のようなものでも見つからないかと、目だけ動かして部屋中を探す。でも、残念ながら使えそうなものは手近にあるテレビのリモコンしかないわけで。
あのモフモフした毛は防御力高めで、なかなか本体への攻撃は難しいに決まってる。こんなリモコンなんぞ、あの毛むくじゃらにうずまって終わりだ。そして、わたしも終わるのです。ちーん。
じりじりとお尻を動かして、こっそり移動しようとしていると。緑のモフモフは手元の器機を見ながら、ハキハキとした口調で指示を出し始めた。
「よいか、今から言うぞ。牛乳、バター、薄力粉――」
声を出すたびに、全身の毛がふるふると小刻みに震えている。きっと腹の底から声を出してるんだ。ああ見えて腹筋バキバキのムキムキ。瞬発力もあるかも。わたしはびよーんびよーんとゴムボールのように弾む姿を想像して、ゾッ。
「ま、待って、待って!」両手を突き出す。必死です。
「あの、急にぺらぺら話されても困るんだけど」
緑のモフモフは口を閉じ、眉根を寄せた……ように目の形が変化。
「おぉ、すまぬー。じゃが、突然で悪いんじゃども、こっちも急いでおるでなぁ。頼む、助けてくれんか。燃料が必要なんじゃっ。たのむ! このと~り」
モンスターは両手を合わせて頭をペコペコ……ただ体をムズがっただけかもしれないけど、身をくねらせる。どうやら本当に困ってるみたい。
でも、油断は禁物。頭を下げるふりをして、こちらに頭突きしようとタイミングを計っているのやも。緑でモフモフした後頭部は思わずナデナデしたくなるけど、それすら罠って可能性ありありで。
だって、相手はモンスター。
いきなり後頭部がぱっくり割れて、長い舌がとび出てペロリもありうるでしょ。
どうしようか、と悩みつつ。「材料、なんだっけ?」とソファから腰をあげる。それから、台所に移動です。心臓バクバクだけど、あれこれ考えるより、さっさと言うこときいて追っ払ったほうが安全だと判断です。
緑のモンスターは「ありがたい!」と叫ぶと、ぶるんと体を弾ませて、喜びを表現した。周囲に毛がふぁさ~っ。さっき掃除機をかけたばかりなんですけど。……とはいえず。苦情を言い立てる勇気がないわたしは、無言で廊下を進みます。
――後編につづく。
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