短編集オンリー

【恋愛/シリアス】初雪が積もる街

 雪だ。この町に雪が降るなんて珍しい。

 吉兆? それとも悪い予感の前兆だろうか。


「あのさ」


 石畳の古道。重厚で歴史ある街並みが続く。

 美しいが見慣れている景色の中、前を歩いていたエリーが俺の声に振り向いた。

 

「なに? やっぱりジェイも食べたいわけ?」


 彼女が「どうぞ」と差し出すのは、さっき屋台で買ったばかりのホットドッグだ。唇の端にケチャップがついているのを、エリー本人は気づいてるんだろうか。


「じゃ……なくて」


 学校の帰り道。俺はクラスメイトのエリーに告白しようと思っていた。

 はつらつとしたスポーツ少女で、ポニーテールに黒リボンを巻いた彼女は、男子に異常までにモテる。自分も惚れているのだから文句は言うまいとは思うけど、頭痛がするほどエリーはモテるんだ。


「あ、吹雪いてきた?」


 悶々として言葉が継げないでいると、ふいにエリーが空を見上げた。

 まつ毛に雪の粒がつき、彼女は目を閉じて笑う。


「あー、寒い。ね?」


 眩しすぎる笑顔。愛おしいと思う。

 ああ、上手いことが言えりゃいいのに。

 でも、俺は肩をすくめて、エリーの横を追い越すことしかできない。


 その間際、


「ついてる」


 エリーの口元をつつく。照れ隠しを含む、ぶっきらぼうな行為だったけど、パッと赤く染まった彼女の頬に、俺は告白の成功を見た気がした。


「早く帰ろうぜ。このままだと、積もるかもしんねーな」

「じゃ、雪だるま作ろうよ」

「やだよ。ガキじゃあるまいし。寒いっての」


 はあと吐きだす息は、次々と舞い落ちてくる雪よりも白い。

 肩にあたる手の感触に、俺は気だるげに振り返る。本当は、痛いほど激しく心臓が早打ちして、どうにかなりそうなほど息苦しいのに。


「なんだよ……」


 俺の住む町。石造りの建物が並ぶ光景。

 そこに、誰の姿もない。


 立ちすくむ俺に、声だけが鼓膜を震わせた。そいつが俺のすり減った心に忍び寄って来るかと思えば、ガンガンと視界を揺さぶって滲ませるんだ。


「明日も迎えに来てね」


 最後、彼女はそう言って微笑んだ。

 わかってる。わかってるよ、エリー。


 エリーはあの日、俺の世界から去って行った。

 まるで、翌日にあっさり溶けてしまった、あの初雪のように。


 俺は空を見上げ、長々と白く煙る息を吐きだして天に登らせた。

 あの日、告白していたら、何かが変わっただろうか。

 珍しい雪道にスリップした車にはねられて、エリーは死んでしまった。

 俺の目の前で。

 もう、六十年も昔の話だ。


「もうすぐ、行くよ」


 エリー。君は気づいていただろうか。

 この痛みを、知っていたか。


「ずっと、好きだ」


 雪が降る。

 この町には珍しい、雪景色だ。



(終わり)

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