【ホラー/高校生】怪談「メリーゴーラウンドの黒馬」…1

 噂なんてあてにならない。

 それでも、信じてみたくなる。そんなときが誰にでもあるはずだ。


 近所にある小さな遊園地は寂れかけていて、観覧車やジェットコースターなんて花形遊具はない。あるのはゴーカートに二人乗りや三人乗りが出来る変わり種の自転車や古い機種ばかりのゲームセンター、ちゃちなお化け屋敷。あとは、二十人ほどが乗れるメリーゴーラウンド。


 噂は、そのメリーゴーラウンドに関するものだった。


「一頭だけ、黒い馬がいるだろ? そいつに乗るんだよ」


 教えてくれたのは広田くん。親友の麻衣と付き合ってる、優しいイケメンくんだ。運動神経もいいし、頭もいい。女子なら皆、憧れると思う。だから、麻衣をうらやましがる人は多い。私もその一人だ。もちろん、この気持ちはずっと隠しているけど。


 二人は本当に仲のいいカップルだ。まだ高校生なのに、新婚旅行はどこに行くだ、子供の名前はどうするかなんてことを、割と本気で話しているほどに。


 バカップルなんだろうか。たぶん、そうに違いない。別れるなんて考えたことがなさそうで、幸せでピンクのふにゃふにゃしたオーラをいつもまき散らしている。


 羨ましいというより、私は少しだけあきれながら、そんな二人と毎日一緒にいた。私も、たぶんバカなのかもしれない。普通、好きな人が親友といちゃついている所なんて、見たくないだろうから。


「黒馬に乗る。んで、あそこのメリーゴーラウンドは全部で十周するらしいんだけど、六周目のときに、決まった呪文を唱えるんだ」


「呪文?」


「たしか、『レモネード、レモネード。私の願いを叶えて下さい』って、心の中でつぶやくんだよ。そうしたら」


「願いが叶う?」


 私の問いに、広田くんは、面白がるようにニヤリと笑った。

 こういう笑い方もかっこいい。


 でも、そう思っても顔には出さないように気を付けないといけない。私は数少ない「彼には興味のない女子」だから。親友の彼氏とは、程よく仲がいいだけ。彼はタイプではない。もっと大人な人が好き。そういう設定を貫く。


「願いというか」広田くんは言って、肩をすくめる。

「何でも願いが叶う世界に、行くことができるんだって」


「世界に行く?」


「異世界転移とか、そんな感じじゃないかな。男だったら美女ハーレムで俺最強みたいな」


「広田くんも、そういうの好きなんだ」


「まさか」


 ははっと短く笑って、さりげなく前髪を跳ねのける。


「俺は麻衣と末永く幸せにが良いね」

「はいはい。ごちそーさま」


 おどけて目をクルりと回す、私。

 ちくっとした胸の痛みは微塵も見せない。


「でも、なんで『レモネード』なの?」

「さぁ。好きなんじゃない、そいつが」

「そいつ?」

「願いを叶えてくれる人、というか神さま?」


 神さま、か。ずいぶん爽やかな神さまだな。

 そうして談笑しているうちに、トイレに行っていた麻衣が戻ってきた。


「あー、浮気してるぅ」

「ごめーん」


 わざとらしいすねた顔をする麻衣に、広田くんはくしゃっとした笑顔向ける。

 他愛ないじゃれ合い。私もくすりと笑う。これが定石。いつものパターン。


 麻衣とは幼稚園からの付き合いだ。腐れ縁みたいなものだが、高校生になったいま、友達と呼べるのは彼女くらいしかいない。私は社交的ではないのだ。狭く、深く、執着するみたいにべったりとした関係を望む。自分でも気味悪いと思うが、願望が枯れることはない。


 麻衣には幸せになってもらいたい。

 小柄で、まるで小動物のような愛くるしさを持つ少女。それが麻衣だ。

 彼女は保護欲を誘う。広田くんもそうなのだろう。


 お似合いの二人だ。パズルのピースがはまるみたいに、お似合い。

 運命って言葉を信じそうになる。赤い糸とか、そういう話を。

 二人は運命で結ばれている。

 とりわけ、本人たちがそう思っているのだからおめでたい。


「麻衣はメリーゴーラウンドの噂、知ってる?」


 帰り道。広田くんとは別れたあと、私は麻衣に訊いた。

 麻衣はきょとんとした顔をして、小首をかしげる。


「なーに、それ。メリーって、近くの遊園地のこと?」

「そうそう。なんだ、噂、知らないんだ」

「なによぉ」


 ぷくっと頬を膨らませる。かわいい。私には到底できない芸当だ。


「あのね。なんでも願い事が叶うらしいんだよ」

「なんでも?」


 話に食いついてきた。そうだと思った。麻衣は占いやおまじないなんていう、くだらないことが大好きだ。この噂も気に入るだろうと踏んでいた。広田くんから聞いた話を私は彼女に説明する。


 ただし、広田くんに教えてもらったこと、願いが叶うといっても、それは異世界に飛ばされるということなのだ、という肝心な部分は話さなかった。あくまで、願いが叶うとだけ教えた。


「すごい! 面白そう。今から行って、試してみようよ」

「いまから?」


 もう日が陰り始めていた。小さな遊園地だ。閉園時間までわずかだろう。それでも麻衣は、「ギリギリ間に合うって」と、やる気満々で、くるりと体を反転させると、行先変更、遊園地へと走り出してしまった。


「うそ。ほんとに今日行くの?」

「行く! ゴーゴー」


 遊園地に着いたときには、閉園まであと十分程になっていた。


「いそげー。黒だよね、黒い馬」

「そ、そうだけど」


 ずっと走りっぱなしで呼吸が苦しい。無邪気な麻衣がうらやましい。

 苦笑する。私とは違う女の子。彼女は親友。私の親友。


「ジャンケンしよ」


 メリーゴーラウンドの前で立ち止まったかと思うと、麻衣は、そう言ってこぶしを突き出した。


「順番、決めよう。黒い馬は一頭しかないんだから」

「ああ、なるほど。でも、麻衣が乗ればいいんだよ。私は興味ないから」

「ダメダメ。やろうよ。願い事、叶えようよ」


 私は首を振り、麻衣の背を押す。それでも納得いかないのか、駄々をこねるように躊躇している彼女に、「じゃ、麻衣の次にする」と口先だけの約束をした。


「わかった。じゃ、写メ撮ってくれる?」

「広田くんに送るの?」

「うん。ピースしてるとこ、見せるんだ」


 へへっと照れたように笑う。黒馬を見つけて、よいしょとまたがる麻衣に、私はわかりきっていることを訊ねた。


「願い事は何にするの?」

「ひ・み・つ」


 人差し指を口に当て、にこりと笑う。秘密ね。広田くんとずっと一緒にいられますように、とか、きっとそんなところだろう。


 メリーゴーラウンドには、他に客は誰もいなかった。この時間、まして寂れた遊園地だ。貸し切り状態が常なので、特に珍しいことではない。麻衣が手すりの棒につかまると、タイミングに合わせるように、ごとりと遊具が動き始めた。


「おぉ、なんか久しぶりだけど、面白いね」


 上下にゆっくり動きながら回転する木馬に麻衣が感想を漏らす。

 私はスマホ片手に、そんな彼女を眺めていた。


「よー、バイバーイ」


 陽気に手を振る麻衣。こちらも軽く手を振り返す。

 木馬は反対側に回り、姿が見えなるが、すぐにまた目の前に現れる。


「いま、何周目?」

「まだ二周目だよ。自分で数えなって」


 くすくす笑う。私も、麻衣も。


「呪文、覚えてる?」

「レモネード、でしょ。バッチリ。これで、四周目?」

「あたり。あと二周だからね」

「りょーかい」


 麻衣には伝えていない。願いが叶う=別の世界に行くということを。

 彼女はただ、願い事が叶うだけだと思っている。

 疑いもなく、楽しそうに笑いながら。


 あと、一周。上下に動きながら手を振る麻衣。振り返す私。

 スマホを掲げて、撮影ボタンを押す。

 麻衣を乗せた黒馬が、反対側へと消えていく。

 六周目。今頃、彼女は願い事をつぶやいているはずだ。


 レモネード、レモネード。私の願いを叶えて下さい。


 ごとごと動くメリーゴーラウンド。私は笑顔を作って、麻衣を愛想よく迎えようと待っていた。「願い事した?」と声をかけよう。それに「オッケー、ばっちし」なんて返事があるだろう。


 そう思って、見つめていたのだ。ずっと。

 でも、誰も乗せていない黒馬だけが戻ってきた時、すっと体温が下がった。


 嘘だ。もしかして、私を驚かせようと、麻衣はべつの馬に乗り換えたのかもしれない。いや、違う。彼女は知らないはずだ。異世界に行くなんて、知らないはずなのだ。ただ、願い事が叶うとだけ教えているのだから。


 悪い冗談はよしてほしい。胸が激しく脈打つ中、ぎりぎりとした機械音をさせて、メリーゴーラウンドは停車した。きょろきょろと見回して、どこかに麻衣がいないかと探す。


「麻衣、麻衣!」


 静まり返った遊園地。いきなりスピーカーから、調子外れなメロディが流れた。


「閉園時間になりました。皆さん、ご来園、ありがとうございました」



 ――2につづく。

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