【ホラー/高校生】怪談「メリーゴーラウンドの黒馬」…2
麻衣は消えた。行方不明ではない。存在そのものが消えてしまった。
クラスでは席どころか、靴箱もロッカーも、名簿もクラスメイトや先生の記憶からも消えてしまったのだ。
麻衣には弟がいるのだが、彼には「姉なんていない」と真顔で言われてしまった。さらには、変なことを言い出す怪しい奴という目で見られるおまけつき。
麻衣の家に訪ねて行って、部屋の確認もした。消えたなんて、そう簡単に信じられるはずがない。でも、彼女の部屋だった場所は母親が使っていて、麻衣らしい花柄のベッドカバーやフリルのカーテンは、まったく別のつまらない無地のものに変ってしまっていた。
アルバムの写真やプリクラ、小学生時代にやった交換日記や誕生日にもらったプレゼントも、麻衣がいたと証明するものが、すべてなくなった。世の中から、麻衣という人間がすっかり消え失せてしまった。
わずかな望みをかけた広田くんすら、麻衣のことを全く覚えていなかった。
「前から好きだったんだ。よかったら、付き合って」
放課後。彼は私にそう告白した。
前から? 前からっていつからだ。
あんなにも仲が良くて、将来も誓い合って、誰も入り込む隙間がないほど愛し合っていると思っていた麻衣と広田くん。それなのに、麻衣のことを全く覚えていないなんて、薄情で最低な男だ。なんだったのだろうか、あの日々は。
彼は本当に麻衣を好いていたのか。
全部うわべだけの遊びでしかなかったのか。
あの言葉は。あの笑顔は。全部全部、嘘だったのか。
それを近くで見ていた私の気持ちまで侮辱されたようだった。
あの噂を試したのは、ちょっとしたイタズラ心だった。
麻衣が消えてしまえばいいと本気で思ったわけじゃない。
だいたい、噂なんて信じてなかった。ただ、何にも疑いもせずに騙されて、素直に願い事を叶えようとしている麻衣をみて、ほくそ笑み、自己満足してストレス発散したいだけだった。
それが、どうしたことだろう。
噂は本当だった。麻衣が消えてしまった。
でも、不思議なことはひとつある。
どうして、私だけが麻衣を覚えているのだろう。
あの噂を教えてくれた張本人である広田くんに、私はその疑問をぶつけた。
告白の返事は保留にしていたのだが、それでも本当に、いまの彼は私に気があるのだろう。噂のこと、麻衣が消えたこと。私だけが彼女を覚えていて、彼氏だったあなたは忘れてしまったことをなじるように訴えても、嫌がるどころか興味深そうに耳を傾けてくれた。
「麻衣って子は、本当に覚えてないんだけど」
まだ言うか、と腹が立つのを押さえて、彼の言葉を黙って聞いた。
脳裏には麻衣と彼が寄り添い合い笑っていた場面がちらつく。
麻衣のことを忘れてしまった彼に、私はなんの魅力も感じなくなっていた。
「もし、その話が本当で、俺は覚えてなくて、君だけが覚えているとしたら」
少し悩むようにしながら、広田くんは説明した。
彼が考えるには、私と麻衣とのつながりが濃いから、麻衣の思念が私に残っているのかもしれないということだった。
「絆が強いからってこと? でも、あなたと麻衣は運命で結ばれていたはずなのに。っていうか、本当に仲が良かったの。私と麻衣よりも、ずっと」
「でも、実際は違ったんじゃないかな。少なくとも、俺の方では違ったんだよ。だって、覚えてないんだから。まったくね」
ははっと彼は軽く笑った。全部、冗談だと思っているのだろう。
最低。信じられない。不快さに目をそらす私に、広田くんは何を思ったのか、抱くように腕をのばしてきた。いやらしい。腕を振り払い、彼をにらみつける。
「触らないで。あんたと付き合うとか、絶対ない。大嫌い」
ぴくっと怒ったように彼の顔が引きつる。なにか言おうとしたのだろうか、口が開いたところまでは目に入ったが、あとは背を向けて走り出したのでわからない。
私は、まっすぐにあの遊園地まで向かった。息苦しくて、涙がぼろぼろ頬を伝った。麻衣、麻衣。小さい頃からの思い出が、体から溢れそうになる。
麻衣に彼氏が出来たことが悔しかった。
取り残されたようで寂しくて、惨めだった。
広田くんはいい人だ。他のどんな男子より、麻衣には相応しいはずだ。
でも、でも。
あんなに仲良くするなんて。
私の目の前で、将来を語らないで。
二人の未来に、私はいないのだろうか。
嫉妬していた。漠然とした不安でいっぱいで、孤独で仕方がなかった。
メリーゴーラウンドは、この日も無人だった。
誰の姿もない。黒馬を見つけると、私はすぐにまたがった。
ごとりと音がして、ゆっくりと木馬が動き出す。
軽快で陽気な音楽のなか、遊具は回転する。
六周目、私は呪文を唱えた。
「レモネード、レモネード。私の願いを叶えて下さい」
懺悔か、後悔なのか。それとも、麻衣に会いたい一心なのか。
様々な感情がおしよせて、衝動に任せて行動していた。
どうか、どうか。
「レモネード、レモネード。私の願いを叶えて下さい」
◇
声をかけられたとき、俺は下駄箱でちょうど靴を手に取ったところだった。
「ひとりか、広田。めずらしい。いつも女連れなのに」
「どんなキャラだよ。俺はチャラ男じゃねーし」
自分は一途で誠実だと思う。
それに結構ロマンチストで、運命の相手とかを信じている節がある。
かわいい恋人が出来たら、絶対溺愛するはずだ。
ただ、理想が高すぎるのか、まだ、誰とも付き合ったことがないけれど。
「なぁ、あの噂、知ってるか?」
「噂?」
なんだろうかと思えば、あのメリーゴーラウンドの噂だった。
「ああ、知ってる。でも、あの遊園地は閉園するらしいじゃん。来月だっけ?」
「いや、なんかもう閉園してるって話だった。取り壊しが来月だっけかな」
「ふーん」
それなら噂を試そうと思っていた奴は、がっかりすることだろう。
動かないメリーゴーラウンドに乗っても意味がない。
たしか、噂では六周目に呪文を唱えないといけないんだから。
「でも、異世界に転移するなんて、誰が考えたんだろうな。ラノベ好きかな。最近流行ってんだろ、チートでハーレム?」
「ああ、あれね」と彼は言って、
「でも、実は違うってオチだろ?」
「違うって?」
何が違うのだろう。そう思っていると。
「幸せになれる世界じゃなくて、地獄に行くんだって。願い事を叶えてくれるのは、実は悪魔の設定らしい。幸せになるって騙して、人間の魂を奪うんだ」
「へぇ」
なんだ。恐ろしい噂だな。うっかり試した奴はとんでもない目にあうかもしれない。まぁ、噂は噂にすぎないけど。だいたい、閉園してるんだし。
「誰か試した奴、いるのかな?」
俺の問いに、彼はニヤリと笑った。
「いるさ。たくさんね」
(了)
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