三 製本

「ほお…これはまたオシャレというか、スタイリッシュというか……」


 すると、そこはこれまでと一転、壁も床も天井も、すべてが真っ白なだだっ広い部屋に、これまた白いソファが一つ置かれているという奇妙な空間だった。


 そして、ソファの上には次のような伝言の書かれた紙が置かれている。


「ありがとうございました。それでは、もうすぐあなたにぴったりな本の用意が整います。十五分とお待たせはいたしません。もう一度、これまで歩んできた自分の人生を思い起こしながら、ここに腰かけてお待ちください」


 そうか。これまでのアンケートはそのお客にぴったりな本をチョイスするためのものだったのか!


「なかなかやるな、店主。道に迷ったおかげで、なんておもしろい店に巡り会えたんだろう!」


 こんな滅多に客も来そうにない住宅街で、道楽でやってるのかなんなのかは知らないが、この奇抜でアートな店の作りに、なんとも粋で凝った演出……。


 僕はそのサービスへの満足感と、道に迷ったことへの感謝の念を抱きつつ、ふかふかのソファにゆったりと腰かけ、僕にぴったりな本の到着を待つことにした。


「………………え?」


 だが、数分が経った時のこと。その真っ白い部屋に奇妙な現象が起き始める。


 何も…そういえば、照明すらもない白い天井が不意にガタガタと揺れ出したかと思うと、驚くことにもパカリと蓋が開くように開いたのだ!


 その上、開いたその四角い穴からは、大きな二つの目が部屋の中をジロジロ覗き込んでいる。


「ひっ…! お、おば、おばけ……」


 僕はビックリ仰天して、ソファの上で仰け反りながらその眼玉を見上げる。


「ほうほう。今度の客はなかなかロマンチックな感性の持ち主のようだ。題名もシャレが利いているし、各章のタイトルも興味をそそる。どれどれ……」


 驚きと恐怖の感情に囚われながら石のように固まって見上げていると、二つの眼玉はそう言って、なんだか愉しそうにその眼を細める。


「うわっ…!」


 と思っている内にもまたしても奇妙な現象が起こる。


 またガタガタ…否。なぜかパラパラと紙を捲るような音を響かせながら部屋が揺れたかと思うと、僕の手がどんどんと縮んでこどもように小さくなってしまったのだ。


「な、なんだこりゃ?」


 いや、手だけではない……下に目を向ければ脚も縮み、どうやら全身が小学生くらいのサイズに小さくなってしまったようだ。


 その上、服装も、それまで着ていたものとは明らかに違う子供用のものへと変わり……ほんとに小学生みたいというか、なんかこの短パンとTシャツには見憶えが……。


「これは、確か小学校ん時に着ていた……うわっ!」


 不思議な現象に驚くよりも、その懐かしさを覚える衣服に気を取られていると、またしてもパラパラと真っ白い部屋が揺れ、今度は少し身体が大きくなると、高校時代の制服に着ているものが変化する。


「なんだろう? この胸のドキドキする、ずっと忘れていたような感覚は……」


 いや、変化は身体だけに留まらず、僕の心はそんな青臭く、甘酸っぱい感情でいっぱいになってしまう。


「なんだ? 何が起きてるっていうんだ……って、また?」


 そんなことがさらに二度ほど続く。


 パラパラと音を立てて白い部屋が揺れる度に、僕はまるで大学生のような格好になってなぜだか感動を覚えたり、次にはパリっとした下ろしたてのスーツ姿になって、強いストレスを感じたりする。


「なるほどねえ。平凡ではあるが、そのありふれた生活の中にもそれなりにおもしろい経験を積んできたようだね。今回はまあまあ良い本ができあがったよ」


 奇怪極まりないその現象に僕が為す術もなく振り回されていると、僕の方をじっと見つめる眼玉は、そんな台詞を独り言のように呟いてみせる。


「そうか。〝妖書〟ってのはそういうことだったのか……あのアンケートも、記憶を思い出させたのも……つまり、僕は……」


 眼玉の言葉に、ようやくにして僕はそのことを悟った。


 僕にぴったりな本の用意が整ったんじゃない……〝僕が本として用意された〟のだ。


 この真っ白い部屋――〝紙面〟という空間に閉じ込められて、僕自身が本になってしまったのである。


「……ん? おや、次のお客が迷い込んで来たようだね。さあて、今度はどんな人生という名の物語を見せてくれるんだろうねえ」


 その驚愕の事実に唖然とする間も与えず、二つの眼玉はそう言って、バタンと白い天井を覆い被せる。


 すると、それまで明るかった白い部屋は暗転し、僕も眠るように意識を失った……。


                          (注文の多い書店 了)

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